108. 決着と結末
マギは、おぼろげな記憶しか残っていない。
しかし、スルトとの戦いだけはしっかりと憶えていた。
当然、その結末も。
魔女マギサが英雄スルトに押されている。
魔女と言われる魔女マギサの実力だが、実のところそこまで高くはない。
もちろん、普通の魔法使い相手であれば、魔女マギサが圧倒できる。
しかし、英雄スルトのような一流の戦士には敵わない。
英雄スルトの闘志に押し負けるように、魔女マギサが後退していく。
ドン――。
スルトが体重を前に傾け、地面を蹴る。
「――――」
神速。
まさにそう表現するほどのすさまじい速度で、スルトが魔女マギサに迫る。
「はあ――!」
スルトが炎の剣――レーヴァテインを振り下ろす。
「……」
魔女マギサの腕が、溶けるように肩から切り落とされた。
だが、魔女マギサは笑みを浮かべている。
次の瞬間――。
「――――」
魔女マギサの腕が一人でに動き出し、スルトに襲いかかってきた。
「ち……ッ」
とっさに、スルトが後ろに飛ぶ。
直後、魔女マギサの腕が変異し、もうひとりの魔女マギサが誕生した。
さらにオリジナルの魔女マギサの腕が、にゅるりと生えてくる。
「魔女め……」
魔女は人形魔法を得意とする。
人形魔法の最終形態は創生魔法。
人を生み出すことができるなら、自身の腕を再生させるのも容易いことだ。
そして、腕からもう一人の自分を作り出すのも可能だ。
それを一瞬のうちに行う。
正しく、怪物。
これだけの能力がありながら、
「近接戦闘は苦手なんだがな」
魔女マギサがため息気味につぶやいた。
「……っ」
スルトは静かに戦慄した。
しかし、スルトも立ち止まることは許されていない。
スルトは多くの仲間を失った。
一人、また一人と仲間が欠けていき、最後にたどり着いたのはスルトだけであった。
残ったのは、スルト一人だった。
スルトは歯を食いしばる。
「――――」
神速。
神に届きうる速さ。
神と神の戦いに、人はついていけない。
これらは神の代理戦争であるが、決着をつけるのは神の子孫だ。
一進一退の攻防が繰り広げられる。
スルトが魔女を斬るたびに、魔女が増えていく。
まるで、無限に増殖しているようだ。
しかし、スルトも負けていない。
神のごとき速さで肉体を限界まで使いながら、魔女を斬り続ける。
いつしか、魔女の増殖に限界が来る。
「ムスペルヘイム――!」
スルトの炎の剣――レーヴァテインが魔女マギサの胸を、心臓を貫いた。
「が……はっ」
決着がつく。
魔女マギサが仰向けになって倒れた。
英雄スルトによって殺される。
それが魔女マギサの、マギの最期である。
これですべて終わり――とはなれたなら、どれだけ良かっただろうか。
「くっ……ッ」
スルトが苦悶の声を上げる。
魔女マギサはあくまでも器。
死者の世界、ヘルがこの世界に存在するための箱でしかない。
「ぐ……アァァァァァ!!!」
ヘルは新たな体としてスルトを選んだ。
神の子、スルト。
器としては十分であった。
神の子を倒せるのが神の子であるのに、神の子であるからこそヘルの器になってしまう。
魔女マギサの体を離れたヘルがスルトの乗り移ったのだった。
◇ ◇ ◇
マギがいた世界線での結末、それは……。
魔女マギサが最後の力を振り絞って、ヘルに乗っ取られた英雄スルトを道連れにする。
そうして、この世界線では魔女が討伐され、世界に平和がもたされるのだ。
しかし、この話には続きがある。
ヘルは英雄スルトの体を乗っ取った状態で、死者の世界を経由し、再びミズガルズに戻ってきてしまう。
そしてマギはヘルに巻き込まれる形で復活を果たすのだ。
死者の世界は、あらゆる平行世界と繋がっている。
そのせいで、マギたちは異なる世界で蘇ってしまうのだ。
マギはこの記憶の中の世界でも、当然、同じような結末をたどると考えていた。
しかし、そうはならなかった。
ヘルに乗っ取られたスルトが、魔女マギサにあっさりととどめを刺した。
そして、
「――覗き見は満足か?」
スルトが不自然なほどに首を回し、マギたちのほうを向いたのだった。