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102. 記憶と記録

 よっしゃ。


 塔に登るぜ!


 塔に登る理由、それはそこに塔があるから。


 ふははははっ。


 名言を生み出してしまったな!


 やはり、オレは天才のようだ!


 99階まで登れるが、いざ99階まで登るのはさすがに時間がかかった。


 だが、頑張って登ったかいがある。


 一番上から下を見下ろすことができる。


 ふははは!


 人が豆粒のように小さい。


 オレの偉大さがわかる!


 このために、オレは99階まで登ったのさ!


 ふははは!


 とりあえず、適当に本でも見てみるか。


 解呪の本でも探してやろう。


 すると奇妙な本を見つけた。


「アーク・ノーヤダーマ?」


 なぜオレの名前がある?


 まあいいか。


 とりあえず読んでみよう。


「読んでも無駄ですよ」


「誰だ?」


「マギです」


 ああ、マギか。


「偽物のほうですか」


「失礼ですね。どちらもホンモノですよ?」


 そうか、マギも来てるって行ってからな。


 それにしても、マギも99階まで登れるのか?


 さすがだな。


 まあ、オレほどではないがな。


「それではマギ様、なぜここに?」


「あなたに会いに来たのです」


「ご冗談を」


「ふふっ。半分は本音なのですけどね。いつも楽しくおしゃべりさせていただいておりますので」


 マギが口を隠しながら笑う。


「アーク様の方は……って、決まってますね。

ルサールカに囚われた者たちをお救いになるのでしょう?」


 は?


 何言ってるかさっぱりわからん。


 ていうか、ルサールカってだれ?


「はて、なんのことだからさっぱり」


「とぼけるのがお上手ですね」


 とぼけてなどいないがな。


 まあいい。


「それで、マギ様はなぜここに来られたのですか?」


 まあ、どうせ観光だろうけど。


「本当にとぼけるのがお上手ですね。アーク様が呼んだのでしょう?」


 いや、オレは呼んでないが……。


「アーク様が私を呼ぶのはヴェニス以来。また、私の力が必要になったということでしょう? 違いますか?」


 え?


 なに言ってるのか、まったくわからないんだが。


「わざわざこのように、誰もいない場所に誘うなんて。私を誘っているのですか?」


「ははっ。誘いに乗るほど軽い女性ではないでしょうに」


「あら? そうかしら? うふふっ」


 やはり、どっからどうみてもマギサに似ている。


 双子ではないらしいし、なんなんだ?


「それにしても、ここは悪趣味な部屋ですね」


「そうですか?」


 普通の部屋のようにしか見えないが。


「こんなに高い塔を立てて、まるで人間を見下しているみたいじゃない?」


「極論ですね」


 それだったら、前世の人間たちは人を見下すために高層ビルを作っていたことになる。


「ええ、極論です。

ちなみに、この部屋には人間の記憶がすべて保管されております」


「すべて? こんな小さな部屋に?」


「ええ。とても信じられないでしょう?

ふふ。それはあなたが認知できないからですよ。

ここには他の人の記憶も保管されていますが、私たちはそれを認知できません。

認知できないものはないものと同じです」


 認知の魔法か。


 それも神の魔法とやらか?


「あなたの認知している人の記憶は見つけることができます」


 他人の記憶になど興味ない。


 人の記憶を覗くほど暇じゃない。


「そんな記憶だけ集めて何がしたいのか……」


 記憶コレクターにでもなるつもりなのか?


「さあ? 人間を管理でもしたいのでしょうね」


 と、マギが言った瞬間。


 突如、視界が揺れ、空間が大きく捻り曲がった。


 そして真っ白な空間が広がっていた。


「君は、何か勘違いしていないか?」


 そこには、少年のような姿をした隻眼の(・・)がいた。


◇ ◇ ◇


 記憶というのはなんだろう?


 記録と記憶の違いはなんだろう?


 どちらも、ある時点のモノ、つまり過去を保存している。


 記憶が曖昧なのに対し、記録は明瞭だ。


 鮮明な記憶など存在しないが、記録は鮮明だ。


 それなら、記憶の価値はどこにあるのだろうか?


 憶えていることにどれだけの価値があるのだろうか?


 憶えられていることに何の価値があるのだろう?


 マギは、この世界では異分子だ。


 本来であれば、存在しないはずの少女だ。


 この世界にも、マギサ・サクリ・オーディンは存在する。


 だがそれは、マギとは別人。


 彼女に本当の居場所などない。


 誰にも記憶されないことに意味などあるのだろうか?


 果たしてマギの存在意義はあるのだろうか?


 マギは孤独を恐れた。


 孤独の中では、自分の存在価値を見いだせない気がした。


 だからマギは創った。


 人間というものを。


 昔、流木を使って人形を作ったように、今度は本物の人間を創った。


 そうして創り出されたのがエムブラだ。


 マギは、エムブラととともに暮らしてきた。


 マギにとって唯一の心を許せる相手だった。


 だが、エムブラがいたとしても、彼女はこの世界で異分子ということに変わりはない。


 孤独は癒やされたが、本当の意味で孤独からは抜け出せなかった。


 世界がマギを排除しにかかった。


 受け入れられない存在を消そうとしてきた。


 消そうとしたのは存在だけではない。


 彼女の記憶すらも奪い去っていった。


 存在と記憶、外側からも内側からも彼女は消されようとしていた。


 だからマギは見つけたかった。


 自分という存在を証明するための記録を、記憶を。


 自分が消えてしまう前に……。


 自分を忘れてしまう前に……。


 この世界でマギを憶えている人はいない。


 簡単に言ってしまえば、マギは平行世界の人間だ。


 とある事情から、平行世界を渡ってこちら世界にやってきた。


 しかし、その世界を渡る手段が問題だった。


 そもそも世界を渡ろうなんてのは、相応のリスクがあって当然だ。


 世界を渡ったことで、マギの体はボロボロになっていた。


 本来なら死んでいる。


 それでもマギが生きているのは、彼女の扱える魔法のおかげである。


 マギサは人形魔法の使い手である。


 人形魔法の、最終的な行き着く先は創生魔法である。


 常に世界から拒まれる体を創生魔法によって生かしている。


 失われていく体を魔法によって創り出している。


 それがマギなのである。


 しかし、彼女は異分子である。


 創生魔法の再生を上回る速度で体が蝕まれていた。


 そしてここ数年、体が失われていくスピードが急速に上がった。


 世界が本気でマギを排除しにかかっているのだ。


 そこでマギには、クリスタルエーテルが必要になったのだ。


 クリスタルエーテルがあれば、彼女は少しだけ長生きができた。


 長生きしたとして、意味があるとは思えなかったが……。


 しかし、長生きして良かったこともある。


「アーク・ノーヤダーマ」


 今話題の人物、アーク・ノーヤダーマとの出会いだ。


 最初は興味本位だった。


 この世界のマギサがアークと関わっていた。


 自分(・・・)が関わる人物がどういう人物なのか気になった。


 前の世界では、アーク・ノーヤダーマは大した人物ではなかった。


 マギの記憶にもほとんど残ってないような人物だった。


 取るに足らないような存在だった。


 しかし、この世界のアークは違った。


 皆の希望だった。


 だからマギはアークと接触しようと思った。


 そしてアークと会話をしていくことで、少しずつマギはアークに心を許すようになった。


 エムブラ以外で、まともに話すことができる貴重な存在だった。


 ヴェニス以降は、マギがこの世界に来てから一番楽しい時間でもあった。


 だが、もう時間がない。


 クリスタルエーテルをもってしても、マギの寿命はもう長くなかった。


 自分が消えてしまう、マギにはやらなければならないことがあった。


 2つの願いがあった。


 1つ目は、記憶を取り戻すことだ。


 知識は残っている。


 しかし、自分自身のことを少しずつ思い出せなくなってきている。


 とくに前の世界での記憶だ。


 忘れてはならないものがたくさんある。


 思い出せなくてはならない。


 そうしなければ、マギが殺した(・・・・)者たちが浮かばれない。


 彼らのためにも、マギは記憶しておかなければならなかった。


 その記憶がどれほどつらいものであっても……。


 そしてもう一つの願い。


 それは……マギサ(・・・・)の殺害だ。


 マギがこの世界から消えてしまう前に、マギサを殺す必要があった。

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