09. 運命の出会い!?
肩幅がやたら広くて、筋肉質な緑色の巨躯。
背中にはドラゴンですら斬り伏せられそうな巨大な剣を背負い、とても高価そうな鎧を装備している。
顔には傷痕がいくつも残っていて、いかにも歴戦の強者と言う風情ね。
……まぁ、ぜんっぜん好みじゃないんだけど。
「……」
「お嬢さん?」
うわっ。
周囲を見渡すふりをして無視しようとしたら、オークが正面に回り込んできた!
「エスタ高原は初めてで? 拙者もですぞ!」
拙者ってどこの国の言葉よ。
……オークの国か。
「よもやよもやですな。エスタ高原とやらが、こんな美しい場所だとは思いもしませんでしたぞ。しかも、こんな見目麗しい乙女との運命の出会いがあるとは、拙者、感動を禁じ得ませんぞ!」
ウザッ!
セリフもそうだけど、さりげなく距離を詰めてくる姿勢がキモイ!
悪いんだけど、オークの無骨なお顔は好みじゃないの。
イケメン目当てだってのに、マンティコア並みのオッサン顔に迫られるなんて、どんな罰ゲームよ!
「お嬢さん。この出会いを祝して、あちらで一緒に飲みましょうぞ!」
「……」
「ふっ。かような場所は初めてとお見受けしますぞ! 拙者がリードいたしましょう!!」
「!?」
オークが唐突に私の腰へと腕を回してきた。
しかも、いやらしい手つきで脇腹を撫でてくる。
ああ、殺意が……溢れる……。
『お嬢! お気をたしかにっ』
『もう我慢の限界だわ! こいつ、ぶち殺すっ!!』
『我慢の限界って、会話を始めてから一分も経ってないっスけど』
『オークなんて一瞬でも無理よっ!』
『嫌なら離れればいいじゃないっスか。婚活の席で、いきなり全力魔法ぶっぱはまずいですって!』
『うぐぐっ。わ、わかったわよ……』
マフがいなかったら、本気の大魔法でオークを吹っ飛ばしていたところだわ。
とりあえず冷静に。
気を落ち着かせて対応しないと。
「会って間もない女の体に触れるなんて、失礼ではなくて?」
不快な気持ちを精一杯押し殺しながら、私は口を動かした。
もちろんオークに視線など向けない。
こんな奴、私の視界に入れたくないもの。
「おや、申し訳ない。お嬢さんと拙者の国では、アプローチの作法が異なるようですな!」
「どういった作法なのかしら?」
「オーク社会では強きオスが美しいメスを総取りする一夫多妻制ゆえ、普段はこのくらい強引に行くのが習わしですからな!」
「……目が曇っているようだから教えてあげますけど、私は人間です。オークのメスにするようなやり方が合うか合わないか、考えてから話しかけてほしかったわ」
そう言う間も、オークは無遠慮に私の体を撫でている。
「はっはっは。可愛いお方ですな。オークのメスならば、お断りは言葉ではなく暴力でしたぞ!」
「……っ」
私がその気なら、あんたとっくにこの世から消滅してるのよ!?
それを、薄ら笑い浮かべながら人の体をまさぐって……!
『オークのメスは気性が荒いから、オス側もそれを御せるくらい強引で豪快なパワー系じゃないと返り討ちにされるらしいっスよ』
『こんな時にオーク族の講釈なんていらないから! どうすりゃいいのよ!?』
『彼らの習わしに従うなら、実力行使で拒絶するのが妥当っスけど』
『婚活パーティーの最中よ!? 力ずくってありなの!?』
『さっき殺そうとしてたじゃないっスか……』
冷静になれば、この会場で力ずくはまずいと私にだってわかるわ。
でも、こいつ人の話は聞かないし……!
「ぐへへへへ。人間もなかなか肉付きの良い体型の女性がいるのですなぁ!」
「……っ!!」
あー。
殺したい。今すぐぶち殺したい。
骨まで残さずに焼き尽くしたい。
『お嬢、顔が引きつってるっス! せめてクールに澄まし顔で!』
『無茶言うなっ』
気安く体に触れられて、今にもブチ切れそうなのを理性で抑え込んでるのよ。
澄まし顔する余裕なんてないわ!
「はっはっは。これは失礼! 拙者、希代の勇者と呼ばれながらもオーク社会しかよう知らず、人間社会には疎いもので。とりあえず、あちらのテーブルに参りましょうぞ! ああ、これは拙者のプロフィールカードですぞ!」
この状況で、よくもまぁそんなものを私に渡せたものね?
何々? そんなに死にたいの?
『マフ、残念だけど私の婚活はもうお終いだわ』
『ちょちょちょ、お嬢!?』
正体がバレても知ったことか。
高潔なるグランヴァージュ魔侯爵家の当主に汚らわしい手で触れた大罪、その身に刻んで来世へ旅立て!
私が魔力を集中し始めた矢先――
「やめないかっ!」
――まさかの助け船があった。
「ぐわっ! な、何をするのですかな!?」
「嫌がる女性に無理強いするなど、恥を知れ!!」
私とオークの間に割り込み、その腕を捻り上げた男がいた。
……それは、聖騎士ディランだった。