05. プロフィールカードを書こう!
婚活ギルドに訪れて早々、こんなピンチになるとはね……。
私は、暗黒の時代から百代続くグランヴァージュ魔侯爵家の当主ベルファ様よ。
何かに遠慮して、身分を偽るなんて情けない真似できないわ。
かと言って、この場で身バレすれば婚活パーティーへの参加が果たせないばかりか、討伐軍や冒険者を相手にすることになる。
家出までしてやって来たのに、そんな事態はごめんだわ。
「どうかされました?」
「いえ、別に」
職員が、私の一挙手一投足を監視しているように感じる。
『お嬢、お困りのようっスね』
『困ってるわよ! こんな時に何なの!?』
『ボクに秘策があるっス!』
『秘策ぅ!?』
『ボクが代わりにお嬢の手を動かすっス! ボクがサインをするなら、偽りの名前であっても羽ペンは反応しないはずっス!』
『……本当に大丈夫なんでしょうね?』
『大丈夫っス!』
『失敗して登録拒否られたら、あんたのこと燃やすわよ』
『そ、それは責任重大っスね……』
ここはマフに頼るしかなさそうね。
私がその気になれば羽ペンにかかっている魔法を解くのは造作もないけど、目の前で職員に監視されていてはさすがに無理だわ。
『お願いするわ、マフ』
『かしこま!』
マフの心の声が消えるなり、羽ペンを持つ私の右手が勝手に動きだした。
いわゆる自動書記ってやつだけど、当人以外にその事実がわかるはずもない。
マフがサインを書き終えるまで、羽ペンは何事もなかった。
サインに使われた名前はと言うと――
『……ベル・グラン? 私の名前を略したのね』
『そうっス! 愛称みたいで可愛いからこうしてみたっスよ!』
『ベルファ・ルーシュ・ヴァッファ・グランヴァージュが、ベル・グランに短縮か。まぁ、悪くないわね』
――人間界でも普通にありそうな名前だから、良しとしましょう。
私は、サインを終えた書類を職員へと渡した。
サインを見入る職員には、特に疑う様子もないわね。
『よくやったわ、マフ』
『お嬢のお役に立てて光栄っス!』
職員は視線を書類から私に戻すと、話を続けた。
「ベル・グラン様。あなた様には適正もございますし、婚活ギルドの登録を承ります」
「ありがと」
魔力測定紙の検査もパスってことね。
当然だけれど。
「では、次にプロフィールカードを埋めていきましょう」
「プロフィールカード?」
「私どもの婚活パーティーでは、参加者がお互いに直接会話をして、自己アピールする場が設けられます。その際、プロフィールカードが交流の肝となります」
「はぁ」
「できるだけ細かく書いていただいた方が良いですよ」
「どうして?」
「初対面の相手と会話をはずませるきっかけとなりますから」
なるほどね。
初対面の人間同士、よほどの陽キャでもない限り会話を膨らませるのは大変。
プロフィールカードを見て、互いの共通項でもあれば、会話を盛り上げやすいというわけか。
「こちらがプロフィールカードの項目となります」
職員が、新しい書類を取り出して私の前に置いた。
私はその書類を見て、表情に出すことはなくとも内心穏やかではなかった。
プロフィールカードの記載項目は――
①名前
②年齢
③出身地
④身長
⑤職能
⑥職務
⑦勤務地
⑧性格
⑨休日の過ごし方
⑩好きなタイプ
⑪尊敬する人物
⑫趣味・特技
⑬家族構成
⑭年収
⑮その他 酒や煙草の有無など
――これだけある。
「個人情報をこんなに開示しないといけないの?」
「はい。身元のたしかな方でないと、婚活パーティーへの参加は許可できないので」
冒険者を相手に、身元がたしかとかよく言えるわね。
冒険者なんて、脛に傷がある連中も多いでしょうに。
やっぱり婚活ギルドってのは建前で、不穏分子の洗い出しが目的っていう私の推測は当たってるんじゃないの?
『ここもボクの出番っスね!』
『ええ。頼んだわ、マフ』
マフの自動書記があれば、嘘を書いてもバレはしない。
と言うか、私の素性なんて馬鹿正直に書けるわけないから、マフに頼らざる得ない。
『①名前はベル・グランで良いとして、②年齢は正直に書くっスか?』
『まぁ、年齢くらいわね』
『サバ読んでも見た目でバレますしね。……29歳、と』
スラスラと指先が勝手に動き、記載項目を埋めていく。
特に羽ペンには異常ないし、このまま進めて問題ないわね。
『③出身地って、どうするっスか?』
『そうね。……メリーガルドの炭坑街にしておきましょう。あそこの炭鉱組合は大叔母様の息のかかった貴族が仕切っているから、私も事情を察しているし』
『りょ!』
『④身長は正しいものを書いていいっスよね?』
『ええ』
『159cm、と。スリーサイズも書いときます?』
『それはやめとくわ』
『こういうのって、良いアピールポイントじゃないんスか?』
『いいのっ』
『⑤職能は、魔法使いっスかね? 大魔導士とかがいいっスか?』
『わざわざ目立たせないでいいわよ』
『⑥職務と⑦勤務地は、一緒に考えた方が良さそうっスね』
『炭鉱街には、モンスターの駆除に魔法師団が雇われてる。その一員てことにするわ』
『③出身地とも結びついて、真実味が増すっスね。了解っス!』
『⑧性格は――』
『⑧~⑫は、私が自分で書くわ』
『⑬家族構成はどうするっスか?』
『裏を取られた時のために、大叔母様と同じ家族構成にしておきましょう』
『次は⑭年収っス。一般的な冒険者の稼ぎは、55000ギルトくらいっスよ』
『一般と同じだと下に見られそうね。10万ギルトにしておいて』
『そんな見栄を張らなくても……』
『言う通りになさい!』
『最後は、⑮その他っスね』
『これは自分で書くわ』
……よし。こんなもんでしょう。
「はい、どうぞ」
私はすべての項目を埋めた書類を、職員に返した。
「……」
「何か不備でも?」
「あ、いえ。ご回答ありがとうございます」
書類に目を通して、職員が動揺したのがわかる。
まさかデタラメに書いた項目を怪しまれたってことはないわよね?
「メリーガルド地方の出身でありながら、年収10万ギルトはすごいですね。あそこは今、異常気象で農作も炭鉱も大打撃を受けてると聞いてますのに……」
なんですって!?
そんなこと初耳だわ!
『ちょっとマフ! どうしてその情報を教えてくれないの!?』
『そんなこと言われても……。辺境の細かい情報までは、さすがに入ってこないっスよ』
『……仕方ないわね。ここは私がなんとかするわ』
私は適当に思いついたことでお茶を濁すことにした。
「副業も込みよ。本業だけじゃ、さすがに良い暮らしができないものだから」
「なるほど。ちなみに、副業には何を?」
「私、魔法薬学も得意なの。美容効果のある香草を売り歩いて稼がせてもらってるわ」
「納得しました」
これで面倒なやり取りも終わりでしょう。
さっさと婚活パーティーの日取りを教えてほしいわ。
「では、この書類はいったんお預かりして、パーティー当日にカード化してお渡ししますね」
「肝心のパーティーはいつなの?」
「二日後、王都の東――エスタ高原のある場所で開催されます。それまではギルド指定の宿に泊まっていただき、当日の朝八時に迎えの馬車にお乗りください」
「わかったわ」
エスタ高原というと、ずいぶん王都から遠いわね。
あんなところにパーティーするような施設があるのかしら?
「宿はこちらへ。宿泊料はギルド持ちとなりますので、このバッジを宿の従業員にお渡しください」
職員から地図と銀色のバッジを渡された。
ふぅん。なかなかの高級ホテルじゃないの。
「それじゃ、失礼するわ」
私が席を立つと同時に、入れ替わりでその席へと向かう人物がいた。
その時――
「!?」
――彼の顔を目にした私に、ビビッと電撃が走った。
金髪碧眼のイケメン。
長身細身で凛々しい雰囲気。
白銀の鎧をまとった、まさに騎士の中の騎士といった出で立ち。
「失礼。婚活ギルドの受付は、こちらでよろしかったでしょうか?」
しかも、声もイケボだわ。
「俺の名は、ディラン・マグナ・パラディナイトと申します。婚活ギルドに参加したく、馳せ参じました!」
……ディラン様、とおっしゃるのね。
『マフ。運命の出会いって、本当にあるものなのね』
『お嬢?』
この胸の高鳴り、間違いないわ。
きっとこの殿方が、私の未来の夫――
「も、もしや、聖騎士ディラン様ですか!?」
「恥ずかしながら、世間では聖騎士の一族と呼ばれております!」
――ん?
せ、い、き、し、ですって……?