03. 初めての家出!
魔女の里を発ってから七日。
私はようやくギルティ王国の領地へと入ることができた。
ギルティ王国は世界でも屈指の大国。
仇敵である聖騎士一族を擁立し、魔王征伐などとのたまって、魔女一族の主である魔王様の領土へ幾度となく侵攻を繰り返している愚かな国だ。
本来、魔女である私が平時に訪れることは許されない場所なんだけど、ぶっちゃけ一族の立場など、私の行き遅れにはかえられない。
「戦う理由以外で王国に向かうなんて、なんだか変な感じ……」
乗合馬車に揺られながら、私は婚活パーティーで出会う殿方を妄想する。
腕利きの剣士や、高尚な魔導士。
雷名を轟かせた勇者の関係者に、賢者家系のご子息なんかもいるかもね。
皇太子が参加するって噂もあるし、やっぱり望みは高い方がいいわよねぇ。
『マジで婚活に参加するんスか、お嬢?』
突然、私の首に巻かれているマフラーが動き出した。
隣に座っていた人間がそれに驚いてこちらを向いたので、私はとっさにマフラーを掴み、顔を扇ぐふりをした。
『ちょっと! 人前で突然動き出さないでよっ』
『だって、じっとしてるのも暇なんスよ!』
これは、私の使い魔のマフ。
トネリコの葉に魔力を込めて編まれた、世界でただひとつの魔フラー。
黒い無地に、ワンポイントで白猫の顔が描かれている。
そんなデザインだから、私はこの子と話す時にいつもこの白猫を見てしまう。
なぜか博識なので、私が里の外に出る時はいつも着用している。
ただ、空気を読まずに私の心に話しかけてくるのが、ちょっとね。
『お嬢もついに婿探しっスか』
『悪いの』
『婆やに言えば、有能な魔族の殿方を紹介してくれるっスよ?』
『それが嫌なのよ。魔族の男は私の好みに合わないんだもの』
『お嬢の好みってどんなのスか?』
『すらりとした長身細身のイケメンよ。それでいて筋肉質でナヨナヨしてない、身を挺して私を守ってくれる頼れる人がいいわね。それと金髪。家柄は高貴でお金持ちだと話が合うわ。年齢は同い年か少し年上でもいいかな。だからって偉そうにせず、私に気を使ってくれて、魔女の事情のことも受け入れてくれる器量の持ち主がベストね』
『……』
『何よ?』
『婚活するより、錬金術で人造人間を作るのはどうっスかね?』
『どういう意味よ!?』
私がマフと話しているうちに、乗合馬車が停留所へと到着した。
馬車を降りると、石畳で整備された街道が地平線まで伸びている。
街道の先に見えるのが、ギルティ王国の王都ね。
停留所には他にも乗合馬車がいくつも停車し、たくさんの人が降りてくる。
商人、職人、冒険者……さすが王都だけあって、里では見ない連中ばかりだわ。
『この中にも婚活ギルドへ向かう人がいるんスかねぇ』
『かもね。でも、私の眼鏡にかなう男はいないわね』
王都へ向かう連中に混じって、私も停留所から歩き始めた。
街道を行く際、男達がチラチラと私を見てくるのはなぜかしら?
『何よ、こいつら? 私の美貌がそんなに気になるのかしら』
『いやぁ、それもあるでしょうけど、お嬢の服装の問題ですよ』
『どういうこと?』
『魔女の家系は代々、露出度過剰な装束が礼装とされてますけど、王都の魔法使いはもっと慎ましい服装なんスよ』
『慎ましい服装って何よ?』
『胸や太ももを大胆に露出しないってことっスよ。王都の殿方は、そういうところ厳しいって話っス』
『……自分を否定された気分だわ』
たしかに周りを歩いている女性を見ると、露出は控えめね。
魔法使いっぽい女の子なんて、めっちゃ地味なローブに古風なとんがり帽子までかぶっちゃって……。
もしかして、それが人間界のトレンドなのかしら?
『王都に着いたら、最初に行く場所は衣装屋ね』
『ボクにお任せっス! 王都風地味地味魔法使いにコーディネートしてあげるっスよ!』
『地味なのは嫌……』
華の王都って聞いていたのに、なんだかガッカリだわ。
でも、婚活パーティーの殿方に少しでも好印象を抱かれるためなら、それも致し方なしね。
◇
王都の衣装屋に入ってすぐ、私はマフに地味目な服に着替えさせられた。
丈の長いワンピースに、肩から胸元まで隠すケープを羽織り、さらにその上からはマフラーをぐるぐる巻き。
黒一色で統一されているのは私の趣味に合うけど、どうも動きにくいわね。
『ケープの上からマフラーって……どうなの?』
『ボクが常にお嬢のお傍にいるためには、ファッションの一部になるのが最善っス!』
『だからって……まぁいいわ』
『ボクもいちマフラーとしては、巻いてほしいんスよ!』
『それはいいけど、せめてスリットのあるスカートにしましょうよ」
『ダメっス! 王都の流行じゃないっス!』
『胸元も、もうちょっと開いたワンピースに……』
『王都の殿方は、そういう破廉恥な女性を避ける傾向があるっス!』
『むむ。そう言われると……仕方ないわね』
とりあえずマフの言うことに納得して、私はこの格好で街へと出た。
グランヴァージュ魔侯爵家伝統の大魔女礼装を着ていた時に比べて、周りの人間からの視線がほとんど無くなったわ。
『……人の視線て、服装だけでこんなにも変わるものなのね』
『それがお嬢の素の魅力っス!』
『ちょっと。それ、私の魅力がドレス頼りだったように聞こえるんだけど』
『気のせいっス! お嬢はとびっきりの美人っスよ!』
マフってば、たまに毒を吐くのが玉に瑕よね……。