20. 最悪のレッドゾーン!!
私がカタリナを始末した頃、エスタ高原の状況に変化があった。
モンスター達の多くは姿を消し、冒険者優勢に戦況が傾いていたのだ。
『さすがは選りすぐりの冒険者の皆さんっスね』
『ええ。一時は押され気味だったけど、いつの間にかグループごとに協力してモンスターを撃退してるわ』
……そう、グループ。
見れば、どこもかしこもが二人以上でモンスターの処理に当たっている。
男女のコンビや、意中の相手を囲っているであろう数人。
『私としては非常にもにょもにょするわね』
『お嬢の傍にはオークさんが――』
『さて、私も皇太子のところに馳せ参じますか!』
遠目に見て、皇太子に随行する四匹の人外はずいぶん活躍している様子。
今さら私が加わっても不利なことは否めないけど、最後の投票のために少しでも評価を挽回しないと……。
『お嬢! 正面を警戒するっス!!』
人の恋路を邪魔する輩がまた現れたわ。
ドラゴンが四匹、皇太子のもとへ向かおうとする私の道を阻んでいる。
「一匹につき15秒――1分といったところね」
ドラゴン達が地面を蹴って、一斉に私へと向かってきた。
悪いけど、これだけ距離があれば先制攻撃は余裕よ。
「大地の精霊に命じる。向かい来る四つの愚者に石壁の洗礼をもって応えよ――即席変化の防護壁!!」
ドラゴン達の進行方向にある地面が変化して、分厚い石壁が形成される。
勢いに乗って走る奴らに、突如出現した壁に対応する暇などなく、大きな音と共に壁に亀裂が走った。
「四匹まとめて15秒で済んだわ。さすが私!」
『油断禁物っス!』
壁の向こう側から、ズルズルと何かが壁面を滑り落ちていく音が聞こえる。
どうやら四匹ともダウンしたみたいね。
『ほら。私に間違いなんてないの』
『全力アピールタイムは15分ほど残ってるんスから、くれぐれもご用心を!』
残り15分か。
空に映し出された時計を見上げると、たしかに開始から45分ほど経過している。
実に四分の一もの時間を、本命以外の対応に割くことになるなんて。
『急いで皇太子にアピールしないとっ』
『この期に及んでま~だ皇太子っスかぁ』
『黙ってなさいっ』
その時、エスタ高原を赤い光が照らしだした。
光源は空――ひときわ大きな魔法陣から発せられているわ。
『あの魔法陣から凄まじい魔力を感じるっスよ!?』
『なんて禍々しい気配。今度の相手は、今までのモンスターよりも格上みたいね』
ギルド長もつくづく仕事熱心な人ね。
最後の最後までサービス心旺盛なんだから……。
「あれは……ドラゴン?」
魔法陣から姿を現したのは、七つ頭の赤い竜だった。
さっき私が倒したドラゴンとは比較にならないほどの大きさ。
そして、不気味にうごめく七つの首、その先で冒険者を見下ろす七対の双眸。
極めつけは、全身から漏れ出す凄まじい魔力……!
『どう見ても真っ当なドラゴンじゃないわね』
『そ、それどころか、お嬢! あれは黙示録の竜っスよ!!』
『黙示録の竜? それって人間達の聖典にある預言書に書かれてるっていう?』
『近い未来に必ず現れ、世界に災厄を招く悪の権化と揶揄される存在っス! 凄絶災害級どころか、終末凄惨災厄級のモンスターっスよ!!』
『SSS級ね……。Sを重ねれば良いってもんじゃないでしょうに』
黙示録の竜は巨大な翼をはためかせ、空中に留まっている。
眼下の獲物を見定めているつもり?
私にとっては良い的だわ!
「風の精霊よ、我が交渉に応じたまえ。天と地の狭間に滞留せし無貌なる力の衝動を、無慈悲なる断罪でもって彼の者へ顕現せよ。その血と肉をもって返礼とする――」
詠唱によって高まる私の魔力に標的が気がついたけど、もう遅い。
このまま地べたへと叩き落としてやるわ!
「――天翔ける千刃の鎌風!!」
刹那、大空に舞う面見える無数の刃。
それらは一斉に標的へと狙いを定めて切り刻む……はずだった。
「!?」
私の魔法は間違いなく黙示録の竜に命中した。
なのに、その皮膚にはかすり傷ひとつ残せていない。
「嘘ぉ……」
『あのレベルの相手には、もはや金等級大魔法では不足っスよ……』
しばらく空中に留まっていた黙示録の竜が、七つの頭の咆哮と共に動き出した。
耳をつんざくほどの声が七つも重なり、私は堪らず身が竦んでしまった。
それは他の冒険者達も同じみたい。
奴は、七つの口からそれぞれ光線のように束ねられた火炎を吐き出し、地上にいる冒険者を狙い定めて攻撃してきた。
遥か上空からの攻撃なので、反撃できるような冒険者はいない。
私を含めて、みんな必死に炎を躱すだけで精一杯だわ。
「吠えろ雷鳴剣!!」
あら?
この声は……。
少し離れた場所に突き立っている石柱から、雷鳴と共に空へ雷撃が放たれるのが見えた。
ディランが黙示録の竜へ攻撃を仕掛けたんだわ。
でも、その雷撃すらも弾かれて、さしたる効果はない模様。
『やっぱり生きてたんスね、聖騎士さん』
『タフだこと。まぁ、当然だけど』
……?
このホッとしたような感覚は何かしら。
もしかして私、ディランが無事でいて安堵しているの?
『ボク、お嬢に巻き付いてるからわかるんスけど……また胸が――』
『いつもいつもうるさいわねっ』
魔女の私が聖騎士に……だなんて。
そんなこと認めるわけにはいかないのよっ。
『黙示録の竜が聖騎士さんの方に降りてくっス』
『あいつを最初の標的に選んだということ?』
『放置すると厄介だと判断したんスかね』
『それ、私の魔法よりもあの男の方が脅威に感じたってことよね……』
気に入らないわ!
皇太子へのアピールも大事だけど、今はあの赤トカゲに私の恐ろしさを知らしめる方が重要なようね!!
居ても立ってもいられず、私はディランのいる石柱へと向かって走り出した。
黙示録の竜が大口を開けて、ディランへとトドメの一撃を放とうとしている。
そうはさせるものですか。
あんたが率先して倒さなきゃならない存在は、この私なんだから!
「魔神ルドラの名の下に命じる。空でふんぞり返った赤トカゲの火を吹き返せ――」
『お嬢、詠唱雑っ!』
「――神風吹き荒ぶ咆哮!!」
炎がディランに届く寸前、彼の周囲に突風が巻き起こる。
それは炎を押し返し、自らの炎に顔面を焼かれた黙示録の竜は、体勢を崩して地上へと降下していった。
ディラン以外に目もくれなかったことで、足元をすくわれたわね。
「風の精霊よ、我が魔力と引き換えに束の間の翼を与えたまえ――飛翔戯遊!!」
私は飛行魔法を唱えて、ディランのいる石柱の上まで飛び上がった。
「ベル!」
ディランのもとへ到着すると、彼は見るからに疲弊していた。
痣だらけの顔に、肩で息を切らせて、立っているのもやっとの様子。
「なんて無様。いい男が台無しね」
「……面目ない。おかげで命拾いしたよ」
「べ、別にあなたを助けたわけじゃないしっ」
んんっ!?
私、何を言っているのかしら。
『お嬢、このタイミングでそれを言うっスか?』
『ち、違うの。本当は、このドラゴンはあなたには荷が重いから下がってなさい、って言うつもりだったの!』
『??? ……女心は理解し難いっス』
『ああもうっ! そんなことより、私を甘く見た赤トカゲをやっつけるわよ!!』




