02. 魔女の憂鬱……
「お嬢様! ベルファお嬢様! もうお昼でございますよ、お目覚めをっ」
婆やの声で、私は目を覚ました。
「……はぁ。またあの夢か」
私はベッドから身を起こすと、ふらつく足取りで食堂へと向かった。
「まぁ! またそのようなはしたないお姿で!」
「婆やはうるさいなぁ。私達だけなんだから、恰好なんてどうでもいいじゃないの」
「どうでもよくはありませんっ! ベルファ様はグランヴァージュ魔侯爵家ご当主。一族の模範となるべき御身なのですよ!?」
「まぁた始まった……。婆やの説教は聞き飽きたわよ」
私は、ガミガミ言う婆やの説教を右から左に聞き流しつつ、眠気覚ましのコーヒーを口に含んだ。
しばらくすると、食器類が空中を飛んできて、テーブルへと並べられていく。
「本日の朝食は、リンドヴルム肉とマタンゴダケのリゾットに、コカトリス卵の目玉焼き、ケルピーの魚肉入り野菜スープでございます」
食器によそわれた毒々しい食事を見て、私は顔に出さずともゲンナリした。
たまには普通の食材で料理を出してほしいんだけど、婆やにそれを言うと泣くからなぁ……。
「美容にようございます。残さずお食べくださいまし」
都から離れた魔女の隠れ里では、牛肉やら豚肉やらは手に入らない。
そのため、モンスターの類を食材に使って作られた料理しか味わえないのだ。
癖のある食感と味だけど、慣れればそう不味いものでもない。
「今朝、またあの夢を見たわよ」
「憎き聖騎士の小僧と痛み分けとなった戦いの、でございますか?」
「そうそう。もう少しで仕留められたのに、あと一歩、力が足りなかったわ」
「あの戦いは惜しゅうございました。相手の聖剣を折ったものの、せっかく契約に成功した旧支配者を三柱も失うとは……」
「まぁ、いつものことだけどね。どんなに準備してあいつらと戦り合っても、結局は引き分けに終わるんだもの」
「次こそは、聖騎士どもの命を刈り取る好機が訪れますわ。時が来るまでは、お力を蓄えるのがよろしゅうございます」
「わかってるけどさぁ……」
……私も、もう29歳。
いつまでも聖騎士との殺し合いなんか続けて、行き遅れたくないのよ。
母様も、お婆様も、みんな晩婚だったそうじゃないの。
私は結婚で苦労するの嫌よ。
「本日はしっかりとご静養くださいまし。明日はガープ悪魔神官様と会食。午後には大魔導士ザガン様との鍛錬、明後日には――」
……ああ、嫌だ嫌だ。
どうして毎日毎日、眉間にしわを寄せた強面のオッサン達と顔を合わせなきゃならないのよ。
私だって都の女の子達みたいにキラキラした服着たり、パーティーでイケメン達に囲まれてチヤホヤされたいってのに!
「婆や。少しくらい私の自由に――」
「なりませぬ! 憎き聖騎士どもを一日も早く根絶やしにするため、魔王様のご厚意でわざわざ闇社会の上役にお越しいただいているのですよ! すべては一族の悲願を果たすためでございまする!!」
せめて最後まで言わせてよ。
それに、その一族の悲願のせいで私の人生が犠牲になってんのよ。
とっくに結婚も子育ても旦那の看取りも終わった婆さまにはわからないでしょうけど!
「とりあえずそういう話はあとにして! 私はちょっと気分転換に散歩してくるわ」
「お外に出るなら、ちゃんとドレスをお召ください! いついかなる時も、グランヴァージュ魔侯爵家当主の心持ちをお忘れなきよう!」
「はいはい」
その後、私は胸元が開いた漆黒のフレアドレスを身にまとい、息苦しい城からようやく出ることができた。
私の髪が黒いこともあって、全身黒ずくめの姿だと太陽の光がいっそう熱く感じる。
でも、やっぱり外の空気は素晴らしいわね。
城は魔素が濃すぎて、気持ちがどんよりしてくるもの。
少しばかり解放された気持ちで里を歩いていると、畑を耕しているトロールや、小柄なヒポグリフに騎乗した赤帽子のゴブリン、井戸の傍で洗い物をしているバンシー達の姿を目にした。
「おおっ! ベルファ様、ご機嫌麗しゅう!」
「我らがグランヴァージュ魔侯爵様に敬礼!!」
「あら。ベルファ様、今日もお綺麗で」
はぁ。顔を合わせるたび、どいつもこいつも……。
私の暮らす魔女の里は、人間の踏み入れない秘境の地に魔法で隠されている。
数百年も魔女一族が統治しているものの、里は小さく、住人は魔族かモンスターばかりで、そのほとんどが家臣。
誰に会っても持ち上げられまくるので、この里に私の気が休まる場所はない。
「……家出してやろうかしら」
ニガヨモギの庭園のベンチで嘆いていると、新聞配りのマンティコアが道すがら私に話しかけてきた。
「ベルファ様、今日の新聞です」
「どうも」
「今、人間どもの都では、先日のゴルゴダの丘での決戦が話題のようですよ」
「その話やめてよ。気分転換が台無しじゃないの」
「こりゃ失礼。それでは、良き一日を」
そう言って、マンティコアは去って行った。
どうしてマンティコアの顔はオッサンばかりなのかしら。
たまにはイケメンの顔をしたマンティコアに、イケボで話しかけられたいもんだわ。
「ん?」
私は受け取った新聞に視線を落として早々、目を丸くした。
「王都で婚活ギルド結成……? 冒険者向けの婚活パーティー開催……!? 皇太子殿下ご参加の噂……!!」
信じられない見出しに驚きを隠せない。
婚活なんて、冒険者のような危険の大きい職業に就いていると、死にやすいって理由から申し込みの時点ではねられるのが普通。
だけど、まさかそれを救済するようなパーティーが催されるなんて。
冒険者が対象なら、魔法使い系の職能を持つ私もその枠に収まるわ。
婚活ギルド――なんて素晴らしいギルドなのかしら!
しかも、一国の皇太子とお近づきになれたら、政治的に聖騎士一族を封殺することだって不可能じゃないわ。
不毛な殺し合いからも、独身の恐怖からも、めでたく解放されるチャンスだわ!
「これは僥倖! 天が私に婚活しろと言っている!!」
……その日の夜。
私はこっそりと魔女の里を出て、王都へと向かった。