新ジャンル「素直ヒート」
――――群れる人間は弱い人間。それが3年前に死んだ父の口癖だった。
派閥抗争で敗れ、地方に飛ばされた医者の負け惜しみだったのかもしれないが、
その意見に俺は、ある程度の共感を覚えた。
そもそも人が群れるという行為の理由は、弱点の補填に他ならない。
喧嘩が弱いから、成績が悪いから、自己の意見が不安だから、孤独が怖いから、だから群れる。
弱ければ弱いほど他者の力を頼り、摺り寄りあい、群れる。
成程単純だ。そして、ならば弱くない人間は群れる必要が無い。
つまり、成績も体力も自我同一性も普通以上に獲得していると自負している俺は、
誰にも関わらずに生きていけるだろうし、誰にも関わらせないと、そう決定していた。
その筈だった。
「山田ぁァァ!!!!私製作の愛妻弁当を食いやがれえぇぇぇぇ!!!!!!」
そう、この妙な女が現れるまでは。
入学式の行われた四月はとうに過ぎ去り、カレンダーの暦は六月を指している。
梅雨入り宣言が行われてから一週間と四日。その間降り続いている雨で
グラウンドは機能停止状態を続け、昼休みの教室には多くの生徒が滞在していた。
外に出られないせいでフラストレーションが蓄積しているのか、彼らはそれぞれに
凄まじいテンションで栄養摂取(大食い勝負)やカードゲーム(掛け金有)、雑談(猥談)や邪気眼開放(影羅型)に勤しんでいる。
そして俺はといえば、その教室の中でくじ引きで引き当てた窓側一番後ろという
優良なポジションに座り、イヤホンで音楽を聞いていた。
「山田ぁァァ!!!!私製作の愛妻弁当を食いやがれえぇぇぇぇ!!!!!!」
そんな教室の中を、学生達の喧騒をも上回る馬鹿のような先の大声を出し、
扉を破砕しそうな勢いで教室に入ってきたその女は、俺の席に一直線に辿り着くなり
机の上に ドン と勢い良く弁当箱を置いた。
「よう山田!!待たせたなッッ!!!!!」
浮かべているであろう満面の笑顔に俺は内心で舌打ちをする。
女が入ってきた瞬間からニヤニヤとやたらと生暖かい視線で事こちらを見ている周囲の人間の視線が鬱陶しいことこの上ない。
仕方なく顔を挙げ、イヤホンの越しでも聞こえるという音声的主張にジト目を送りながら、
入ってきた女に答える。
「心配するな、待ってない。さあ帰れ」
「な、何ぃ!!?まさか山田にそんな気遣いが貰えるとは……私は嬉しいぞっ!!!!」
「後半は無視か低脳容量女」
赤のツインテールが犬の尻尾のように上下にピコピコと動いているのはこの際どうでもいい。
この暑苦しい女は隣のクラスの生徒で、名前を素直ひーとというらしい。
毎度迷惑にも行われる成績の張り出しで大抵俺の下、即ち二位にランクインしてる為に名前は覚えていたが本来俺とは何の接点も無いはずの人間だ。
それなのに何故こんな事になっているかと言えば
―――― 一ヶ月前、二限の授業中
ガラララッ!!
ひーと「このクラスに、山田という奴はいるかあぁぁァァァ!!!!?」
教師「な、ナンだね君は!?今は授業中d」
ひーと「うるさい!!!!」
教師「ひぃ!?」
ひーと「……いたっ!!おい山田っッッ!!!!」
俺「はい」
ひーと「私はお前に惚れた!私は!お前が!!大好きだあぁぁァァァ!!!!!!」
ざわ・・・ざわ・・・
「あれ、隣のクラスのひーとさんだよな……?」
「え?告白?いやいや……え?」
「こ、これはスイーツ(笑)な展開だわ!山田君はどう答えるのかしら!?」
俺「うるさい。授業の邪魔だから帰れ」
ヒート「応っ!!」
ざわ・・・ざわ・・・
「即断で拒否した!?」
「ひーとさんもそのまま帰ってったし」
「この混沌、私が鎮めないと!」
「っふ……邪気眼を持たぬ者には解るまい……」
回想終了
……正直何を言っているのか解らないと思う。俺も理解出来ていない。
とにかく、その唐突な告白からこの素直ひーとという女はやたらと俺に構って来るようになった。
出会い頭に求愛行為は序の口で、今のように昼休みに入り弁当をもってきたり、登校途中にどう見ても不自然に遭遇……具体的に言うならばトーストを口に咥えぶつかって来ようとしたり、昨日に至っては、「ここに判を押せえぇぇェェェ!!!!!」と言いながら、自分の名前を書いた婚姻届にサインを要求してきた。無言で破ったが。
初めはありがちな釣りかと考え放置していたのだが、これが実に一ヶ月も続いている。
最初に放置を決め込んでしまったばかりに下手に動けない俺は、何の嫌がらせだと頭を痛めていた。
……それにしても、これだけの間あの様に拒否し続ければ、普通は諦めるか逆上でもしそうなものだが、余程強い精神力なのか鈍いのか、あるいはなにか重要な目的でもあるのか……まあ、どうでもいい。
例えこの女がどんな目的で俺に言い寄っているのであろうと、俺は付き合う気は一切無いのだ。
親友だの恋人だのは弱い人間の慰め合いの典型だ。
「さあ、私の至高の弁当を受け取れっッッ!!!!」
そんな思索をしている中突如放たれた刺激臭と大声によって、我に帰る。
どうやら、回想している間に勝手に前の席に座ったらしいこの女は梱包のハンカチを解き、俺の目の前に弁当箱を突き出していた。
俺は反射的に弁当を受け取ってしまい、ソレを机に置いてしまった、が、その中身を確認して無表情に睨む。
「……毎回言っているが、俺は生ゴミを食う習慣は持ち合わせていない」
「ははは、山田は冗談が上手いなぁ!!!さあ、あーんしてやるから喰え!!!!!」
「人の話を聞け。それからお前の思考回路が一番の冗談だ。どう頑張れば銀と赤の微弱に発光しているマーブル模様の、しかも明らかに調味料とは違う強烈な刺激臭のする物体を食べ物と主張できる」
「何をぅ!?どこからどう見ても上手そうなカレーを指して失礼だろうが!!!」
「だかr…………カレー?」
そもそも弁当にカレーを入れるという発想も十二分に変なのだが、それ以上に見下ろす物体はどう見ても『固形』である。確かカレーとは水分をかなり含んだ食べ物の筈だが。
「これが、カレーか?」
念のためもう一度女のほうに顔を向けて確認する。
「応!!隠し味はお前への愛だっ!!!」
「調理方法は?」
「勘だッッ!!!!!」
「……味見は、したのか?」
「あじ……み……?」
……頭が痛い。この女は料理と言うものを新薬製造実験か何かだと思っているのだろうか。
こんなのにいつまでも休憩時間を割いていられるか。そう思い、俺は席を立つ。
「……な!?ど、何処へ行くちょっと待てえぇぇェェェ!!!!」
「学食だ。それから待てと言われて待つ馬鹿はいない」
「何ぃ!!?それじゃあ私の愛妻弁当はどうなるんだっ!!!!!」
「NASAに郵送しろ。生物兵器在中と記載してな」
「ちくしょ――っ!!次は山田が唸るほど旨い弁当作ってやるぞおぉぉォォォ!!!!!」
本当に鬱陶しい。背後から聞こえた声に、俺はイライラを強くした。
我が校に存在する唯一の学食。この学校の学食は遅い、高い、マズイの三拍子で有名であり、ここの利用者はパンを買い損ねた購買派の生徒か、或いはよっぽどの物好きに限られている。その為、昼休みでも全く混んでおらず、ゆっくりと食事できるのでよく利用しているのだが
「……で、何故またお前がいる?」
「もごむご……プハァ!うん!山田は学食行くっていっただろ!?だからだッッ!!!!」
俺が食券を買い、戻った席の前でこの女が実に旨そうにカレーラーメンを食べていた。
教室からの移動時間その他所要時間を考えればこの女が俺より先に学食にいるには明らかにおかしいのだが、この一ヶ月の間に似たような事は何度もあり、悩むだけ無駄なのでもう気にしない事にしている。
「……そうか、じゃあな」
「待てえぇぇェェェ!!!!!?」
さわやかに挨拶をして席を移ろうとした俺の腕が、恐るべき速さで素直ヒートに掴まれた。
振りほどこうかとも考えたが、手に持っている月見うどんをぶちまけてしまう可能性がそれを妨害している。
「なんだ」
「なんだじゃないっ!!何故移動しようとしてるんだぁァァ!!!!?」
「ああ、それはお前と一緒に昼飯を食べたくないからだ」
「な!?ひどいぞ山田ぁァァ!!?……だが、そんな素直なお前も大好きだあぁぁァァァ!!!!!」
これだから始末に終えない。
拒否をしても諦めない、この素直ひーとという女の精神力だけは本当に驚嘆に値する。
とりあえず、感極まって握力が強まった素直ひーとから昼飯を守るため、月見うどんをテーブルの上におく。
「おお!!一緒に食べてくれるのかぁぁ!!!!?」
そんな俺の行動を勘違いしたのか、素直ひーとは目を輝かせている。
「違う、それから机を揺らすな、うどんがこぼれる」
「大丈夫だっ!!こぼれても私の弁当をやる!!!!!」
「全く大丈夫じゃないないな。それは。」
「むう……!!?」
「……ハァ」
俺は軽くため息をつき、時計を見る。
「……まあいい。もうすぐ昼休みも終わるから此処で食べてやる。だが話しかけるなよ」
「本当か!!?――――愛してるぞおぉぉォォォ!!!!!!!」
「俺は愛してない。抱きつくな鬱陶しい」
全く、この素直ひーとという女といるとイライラする。
俺は誰とも群れる気はないし関わる気も無いというのに、この女は俺にズカズカと踏み込んで来る。
ああ、不快だ。この女も、この女に『嫌い』と断言して関係を完全に断絶しない自分自身も。
始業ベルが鳴る前にと急いで出た廊下。その窓から見えた外はまだ曇っているが、雨は止んでいた。
ずっと以前に書いたものを少し修正して、初投稿。
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