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第六話 止まらぬ流れ、劫火の如し

目を見開いた佐々島は、リックを見つめる。

その眼差しは昨日同様、獲物を狙い喰らおうとする虎の様な目付きだった。

しかしその後、リックは愚か訓練場にいた全員を恐れさせた。

それを一番に、感じたのは紛れもなくリックであった。


(これが…この人の本気なのか?昨日のは…本気じゃ無かったのか…?)


リックの目に映ったものは、想像を絶する物だった。

佐々島の背後に見える虎は、時間と共にドロドロと溶け始め液体となっていく。

その液体は辺り一帯へと広がり、次第に形を変え水となる。

この時、リック以外の人達はこの水に触れ実感するのだった。

彼が相手をするのはリック一人ではない、この場所にいる全員であり、すでに彼の間合いなのだと瞬時に感じ取った。


(集中しろ…焰帝騎士団団長として負けられない!)


覚悟を決めたリックに対し、佐々島は真っ直ぐと前を見つめていた。

張り詰めた空気に、アリスの合図が入る。


「始め!」


その声に、初めに動き出したのはリックの方だった。

真っ直ぐ佐々島の方へと目にも止まらぬ速さ突っ込んでいく。


(構えは昨日と同じ。なら…剣を押さえ体制を崩す!)


リックは、佐々島の2メートル程前で方向転換し右に回り込むと木刀を上から押さえつける為に、剣を振り下ろす。

しかしその剣は、勢い良くリックの頭上へと飛んでいく。

そして、そして同時に彼は佐々島の足元に腹を押えて倒れ込んだ。

一体何があったのか団員達は、あまりにも早すぎる剣技に言葉も出なかった。


(速すぎる…昨日の私の時よりも数段……)


先程の一戦を一番近くで見ていたアリスは、目の前の一連の流れの速さに驚いた。

佐々島は、木刀を押さえようとするリックの剣を割剣かつけんでいなし、右足をリックの左側へ運び手首を返して抜き胴で打ったのだ。

想定外の返しに対し、リックは理解が追いつかなかった。

しかし佐々島は、リックに手を差し伸べるどころが彼の目は冷徹な眼差しをしていた。


「どうした?立て。吾に決闘を申し込んだ以上、ここで終わりではなかろう。」


その言葉に、静かな怒りを覚えるリックはふらふらとしながらも立ち上がる。


「当たり…前です…。はぁ…はぁ…こんなところで終われませんよ。」


リックは、3メートル程佐々島から離れ再び剣を構えると、深呼吸をし腹の痛みを和らげていた。

そして、先程の速さをどう攻略するかを考えていた。


(この国の為にも…一騎士団員として…騎士団長として…負けられないッ!)


リックは、呼吸を整えすぐさま佐々島方へと突っ込んでいく。

今度は、反撃の隙を与えぬように連撃を繰り出す。

それに対し、佐々島は軽い足運びと重心の移動を駆使し躱していく。

しかしその剣速は、先程の佐々島のいなしとほぼ同等の速さにまで加速した。


劫火天焦ごうかてんしょう


まるで絶え間なく燃え盛る烈火の様な連撃に、流石の佐々島もその剣速に躱しきれず、いなすので精一杯になっていく。


「でた!団長の高速の連撃!」


盛り上がる団員達とは裏腹に、副団長の二人は唖然としていた。

団長の剣速もさることながら、それを全ていなしている佐々島にも驚いていた。

収まることを知らないリックの連撃に、後方へと押される佐々島だったが彼の目は冷静そのものだった。

リックは連撃の最中、剣を止めまいと息継ぎをしたその時であった。

佐々島は、剣速が緩んだその一瞬を逃すまいと右足を前方に踏み込み“折敷おりしき”で体制を低くしたのだ。

これにより、佐々島の身体はリックの視界から外れ虚をついて再び抜き胴で打っていった。

自身の前進する勢いと佐々島の抜き胴の威力によってリックの身体は後方へと飛んでいく。

一方の佐々島は、何事も無かったかのように構え直し、リックを睨みつける。


「実力差を分かっておきながら、剣一本で抑えられると。吾に敵うと思っておったのか?甘く見られたものだな。」


静かな怒りを顕にする佐々島は、少しずつリックの方へと歩き出す。


「それとも、本気で立合うと言っておきながら、その実生半可な気持ちで立合うていたのか?」


リックは四つん這いの状態で腹を押え、剣を強く握りしめ佐々島の言葉に悔しい表現を浮かべる。


「何故、二刀を抜かぬ。」


その言葉にリックは驚きを隠せなかった。

それは、二刀流である事を佐々島には話していなかったからだ。

リックは基本的に、片手もしくは両手持ちで訓練をしている。

唯一、副団長達との打ち合いと戦場でのみ二刀流を使用する彼は、佐々島にその事を話していなかったのだ。

だが、それを何故知ったのかリックにとっては疑問でしかなかった。


「気付かぬと思っておったのか?両手のタコと先程の連撃を見ればを見れば十分に分かる。」


佐々島は昨日よりリックを観察し、些細な物まで見落としていなかった。

長く戦いに身を置いていた佐々島にとって、相手を観察する事は立合う際の重要な情報であった。

見下ろす佐々島に対し、リックは脚を狙う為低い体勢のまま斬り払う。

咄嗟の反撃に後方へと回避すると、その隙を狙ってリックは立ち上がりもう一本の剣を団員から受け取る。


「はぁ…はぁ…これで満足ですか?今度こそ本気で行きますよ…」

「無論…端からそうすればよかろうに…」


リックは二刀を構え、佐々島は下段の構えで応える。

二人は呼吸を整え、再び目を合わせその時を待っていた。

リックの額から流れる汗は頬を伝わり、顎から滴り落ちる。

まるでその瞬間が、第二幕の合図かのように二人は同時に息を吐き動き出す。

しかし、少し出遅れた佐々島はリックの二刀が放つ連撃を捌く形になっていた。


“劫火天焦”


再び襲い掛かる連撃は、先程の手数と剣速を遥かに凌駕していた。

辛うじて剣捌きと足運びで躱していくも、先程よりも多く強く速い連撃に為す術が無かった。

この時、佐々島は自身の過ちを知る事となった。

それは、この世界エクラガルで誰もが持つ潜在する特殊な能力“固有能力ユニークスキル”の存在である。無限にも思えるその連撃に、佐々島は不信感を抱く。


(こやつ…これ程までに動けるのか!?否、有り得ぬ…)


佐々島の攻撃を2回も腹に食らっていたのにも関わらず、ダメージが無い様にも思える動きに驚きを隠せなかった。

これが焰帝騎士団団長リックの固有能力“不屈の闘神(ヘラクレス)”。

有する能力は、自身が追い込まれる度に身体能力が向上する。

それにより加速した連撃は、佐々島を追い詰めていく。

それを見ていたルヴィーがコルトに話しかける。


「お主らの団長も不遇な男じゃな。」

「と言いますと?」


コルトは目の前の試合に対し、発する言葉ではないルヴィーの一言に疑問を抱いた。

明らかに優勢であるリックが、不遇だと言える根拠はなかったのだ。


「この試合、どちらが勝とうと負けようと結果は変わらぬというのに…。全力を出しておるからじゃ。」


ルヴィーは呆れた表情でコルトの疑問に答える。

コルトは直ぐには理解出来ずにいたが、しばらく考えてその言葉の真意を理解した。


ドンッ


鈍い音と共に団員達の歓声が聞こえる。

リックの連撃が、遂に佐々島を追い詰めたのだ。

リックは佐々島の上に跨り、その二刀は今にも斬り伏せようとしていた。

辛うじて諸手もろて受けにより直撃は免れた佐々島だが、力の差で少しずつ抑え込まれていた。

形勢が逆転し、誰もが決まったと勝負有りと確信していた、ただ一人を除いては。


「二刀で抑え込み、勝負有りと言いたいのだろうが…そう甘くは…………ない!」


佐々島は諸手で押さえていた片手の力を抜き、木刀を傾けることで二刀を滑らせ、自身に加わる力を流した。

これにより、リックの体勢を崩し佐々島はそこから脱出したのだ。

その後直ぐに、ある程度の距離を取り構える。

自分に何が起こったのか理解ができないリックは、そのまま地面に剣を叩きつけてしまう。

目の前に居たはずの男がいないと理解し、直ぐ様立ち上がると今までの疲労からか、少しばかり息が上がっていた。


(この人は…一体どれだけ強いんだ…刃が通る気がしない…)


自身との圧倒的な力の差に焦りを見せるリックとは裏腹に佐々島は感心し懐かしんでいた。

佐々島は、リックの背景にとある人物が浮かんでいたのだ。

その人物とは、新選組局長近藤勇である。

新選組の中でも大柄の彼は、天然理心流の使い手で、三段突きで有名な沖田総司を育てたとされる剣豪の一人である。

彼は、江戸時代に佐々島と幾度か立合いをしていたのだ。


(懐かしいなぁ…近藤殿…)


何故、佐々島が近藤勇とリックを重ね合わせたのか。

それは、リックの連撃一振り一振りの力強さを感じ取ったからである。

佐々島の手を何度か手を握り直し、自身の握力を確認していた。


(少しばかり、手に痺れがあるか…懐かしい感覚だ。)


その感覚に微笑みを浮かべる佐々島に対し、リックはなるべく息を整え構え直す。

一方の佐々島は、息は上がっておらず冷静な眼差しを向けた。

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