第四話 揺るがぬ静焰の意思
夕食を兼ねた歓迎会は、大いに盛り上がり各々が料理や酒を楽しむ中、騎士団長のリックが突如真面目な顔で立ち上がり叫ぶ。
「ササジマさん!」
彼の些細な言動で、楽しんでいた今までの雰囲気は一気に静寂へと変わる。
何事だと疑問に思う一同に対し、呼ばれた佐々島は先程まで食べていた料理を皿に置き、リックの方へと向く。
皆が互いに目を合わせながら佐々島に続きリックの方を向く。
「ん、いかがした?」
何か無礼を働いたのかと、思った佐々島は首をかしげ自分の言動を思い出そうとしていた。
しかし、リックはが次に取った行動は誰もが疑うものだった。
「御願いします!どうか、我々騎士団の指南役になっては頂けないでしょうか!」
彼は頭を下げ、自身の頼みを佐々島に伝えた。その言動に、一同は驚きを隠せなかった。
たった一人を除いては。
「…………………………。吾が、御主等の剣の指南役になれと?騎士団の皆を育てろと?そういう事か?」
「はい。」
佐々島は、無言のまま頭を下げたままのリックを見つめ徐々に眉間にシワが寄っていく。
徐々に張り詰めた空気となっていくせいなのか、皆の酔いが冷めていく。
「……………………断る!」
たった一言ではあるが、一帯の空気を重くするには十分な言葉だった。
まずい、やばいと思いつつも一同は固唾を飲んで、リックの言動を見てる事しか出来なかった。
「何故でしょ……」
「御主等と吾は、まず住む世界が違う!ましてや、扱う武具も違う!それに…見たところ、御主等の騎士団には剣の流派すら存在しないのだろう!吾等侍や武士は、武芸において基礎中の基礎“守破離”を元に己の剣を高めあった。それが出来ぬ今、何を教えればよいというのだ?」
コトンッ
佐々島の座っていた椅子が、勢い良く倒れる。すると、リックに怒りと苛立ちを含んだ声で怒鳴り始めた。
それをみかねたアリスが仲裁の為、立ち上がろうとするがコルトに肩を捕まれ抑えられる。
コルトは横に首を振り、アリスは何故なんだとルヴィーの方を向く。
ルヴィーは、手を出すべきでは無いとアリスとコルトのやり取りに軽く頷いた。
佐々島がキレるのも無理は無かったのだ。
一人の侍が何も分かららず友さえいない異界の土地で、出会って間もない人達に剣を教える。
それがどれ程困難なことか。
そして、彼自身の寂しさや苛立ちを理解する者はこの世界には一人も存在しないのである。
その真意をルヴィーとコルトは分かっていたのだ。
だが、リックは酔っているせいなのかしかし、本気だと言うことは彼の目が語っていた。
「確かに貴方の言う通りかも知れません。ですが!今、この国には貴方の様な強い剣士が必要なん…」
「ふざけるのも大概にしろッ!吾が強いだと?剣客5人に囲まれ、呆気なく海に身を投げる吾が強いと!?そもそも、吾が強ければこんな場所には来ておらぬ!たとえ、御主等が吾の命の恩人とはいえそれ以上の戯言は許さぬぞ!」
佐々島は刀の柄に手をかけ、いつ斬りかかってもおかしくはなかった。
そんな佐々島に怯えることなくリックは、真剣な眼差しで彼を見つめる。
互いに一歩も引かぬ論争が続くかと思ったその時であった。
「分かりました。なら、こうしましょう。明日、私と一騎打ちをして下さい。もし、私が勝てば私の願い通り貴方は指南役になってもらいます。私が負ければ、貴方の好きにして下さい。」
「その言葉、二言はないな?決闘を申し込まれたからには、吾も全力で御相手致す。」
リックが出した提案に、佐々島は文句を言わずに勝負を受諾する形で収まろうとしていた。
しかし、緊迫した空気に痺れを切らしたのか、アリスは立ち上がり二人の間に入って止めようとする。
「ちょ、ちょっと待って下さい!二人とも落ち着いて下さい。いくら何でも唐突過ぎます。一旦ここは、冷静に話し合いを…」
「話し合いなんぞ無用!明日の正午に訓練場で御相手致す!飯は、誠に世話になった!悪いが吾は、これにて失礼致す!」
アリスの仲裁も虚しく怒りを抑えることの無い佐々島は、そそくさと店を出ていった。
引き止めることもできず、傍観者となってしまったアリスたちは俯くことしか出来なかった。
「全く世話が焼けるのう。お主ら、ここは任せるぞ。妾はあやつの所に行く。」
するとルヴィーは、ポケットから金貨数枚を取りだりテーブルに置くと佐々島を追いかける。
一方、リック達は何とも言えぬ雰囲気に座り込んでしまう。
呆れたコルトは深い溜め息を吐く。
「どうしたもんかねぇ…なぁ、団長。お前さんの気持ちは分からなくないが、流石に無理がある。確かにササジマさんは強い、恐らく歴代の団長と肩を並べる程の実力者かも知れん、だが…。」
「分かっています。無理強いをしてしまった事…反省しなければなりません。ですが、どうしても今のこの世界の情勢を見るに、このままでは焰帝騎士団はこれ以上強くなれない。それどころか、このアルンブルクさえ守れやしない!」
リックは大声でそう言うと、ビールを飲み干しラスタに頭を下げ金貨を置いて店を出ていった。
「い、行っちまった…。」
「仕方ありません。ラスタさん、御迷惑御掛けして申し訳ありません。」
「い、いや、店を荒らされなくて…よ、良かったよ…ははは…」
ラスタは、張り詰めた空気に腰を抜かし苦笑いで答えるも彼の足はしばらく小刻みに震えていた。
残った一同は、テーブルの料理や酒を処理する。
───────一方その頃、首都アルミランの北部。
空は随分と暗く、酒屋か宿屋ぐらいしか店はやっていない。
そんな灯だけが辺り一帯を照らす夜の街だが、首都というだけあってやけに人けは多かった。
ルヴィーは出ていった佐々島を探す為、箒で空を飛んでいた。
「あやつ、何処に行ったのじゃ?それ程遠くに行ってはいないはずじゃが…ん?あれは…」
するとルヴィーは、ぶらぶらと彷徨っていた佐々島を見つけた。
「さて、どうしたものか…宿を探さねば…。だが、金もないとなると野宿しかあるまいな。」
「お〜い!お〜い!ササジマ!」
ルヴィーは佐々島の目の前に急降下し、箒から降り立つ。
急に呼び止められ空から降りてくる彼女を見て目を丸くする。
空を飛ぶモノは、鳥か虫ぐらいしかいない世界にいた侍にとっては当然びっくりする程の事実だった。
「おぉ!ルヴィー殿!これは驚いた!木の棒に乗って飛んでくるとは!して何故、ここに?」
佐々島は、しばらくルヴィーの移動方法に驚きを隠せずにいるが、それよりも何故自分を追いかけてきたのかの方が気になっていた。
毎度毎度の行動に、ルヴィーは呆れも通り越し少し厳しく話す。
「それは、お主が異世界人だからじゃ!ったく…、宿もなく一体どうするつもりだったんじゃ!」
「そうそう、その宿なのだが野宿することにしようかと思っておる。」
佐々島のその言葉にルヴィーは、空いた口が塞がらない状態になっていた。
それもそのはず、異世界から来た男が初日から野宿をするなど他のどの世界を探してもこの男一人だけであろう。
それを見た佐々島は、ハッハッハッと笑うとそこから歩きだそうとする。
「いやいやいや!待て!待つのじゃ!野宿じゃと?お主本当に言っておるのか?」
「うむ、そのつもりだが?」
佐々島の発言の数々に再び唖然とするルヴィーはこのままではまずいと佐々島の腕を引き必死に止める。
「あ〜!もう!付いて来るのじゃ!妾が案内する!」
そう言うと、腕を引っ張り都市の外れの方まで連れて行かれる。
しばらく二人は、人々がごった返す街中を縫うように進んで行くと、青い三角屋根と他の建物よりも奇妙な形をした家に辿り着く。
酔っていたせいで、少し疲れが見える二人はそのまま家に入って行くのだった。