第三話 未知なる異なり
佐々島は、説明を終えると少しばかり困った顔をし始めた。
グゥゥゥゥウウウウ………
突如、佐々島の腹が鳴り出した。
それもそのはず、1日寝ていたのにも関わらず先の試合で空腹が限界を迎えていたのだ。
佐々島は、その場で大の字に倒れ込む。
「腹が減ってしもうた!リック殿、済まぬが立ち合いはまたの機会にしてもらるかの?」
「はい、構いませんよ。時刻的に夕食も近い頃ですし、本日の訓練は終了にしましょう。少しお話したい事もありますので…。コルトさん、佐々島に肩を貸していただけますか?」
「了解団員殿!よっこらせと、大丈夫か?お前さん。」
「忝ない。恩に着る。」
リックはコルトに佐々島に肩を貸すよう指示をするとアリスに視線を送る。
アリスは、何かを察したのか団員達に集合の合図をだす。
「本日の訓練は終了になります!お疲れ様でした!」
「「お疲れ様でした!」」
団員達は散開し、佐々島を含めたリックやアリス、コルト、ルヴィ達は夕食の為訓練場をあとにする。
────アルンブルク王国の首都“アルミラン”。
5人は、夕食の為街を歩いていた。
「ところで、ここは何処でどこに向かっておるのだ?」
「ここはアルンブルク王国の首都アルミランです。ここで夕食を取ろうと思っております。」
既に、空腹な佐々島の腹は何回もなり続け限界も近かった。
アリスが街を見渡しているととある酒場を見つける。
「あちらにいたしましょう。」
そこは、酒場の中でも少し値段が高くプラナム級の冒険者や限られた騎士団しか出入りしない酒場であった。
カランコロンッ
「いらっしゃい!あら!リック騎士団長にアリスちゃんじゃない!コルトさんまで!」
「おぉ!団長とコルトじゃねぇか!アリスちゃんも!それに…えぇ!?ルヴィー様!?」
店主とその妻であろうか気前のいい男女が挨拶をするとルヴィーがいる事に驚く。
「妾が来てはならぬのか?」
「い、いえ、そういうわけではありません!ど、どうぞ…。」
店主はあたふたしながら、店の中に案内すると周りには一人もいなかった。5人は、中央の大きい円形のテーブルに案内されそれぞれ席につく。
「だいぶ空いておるな。まるで貸し切りではなかろうか?」
「はは…えぇ、そうですね。えぇと取り敢えずお酒を…トージローさんはお酒は飲まれますか?」
「酒とな?うむ、吾も呑むとしようかのう!」
「妾はこの店オススメのワインで頼むぞ」
「分かりました。ラスタさん、ビールを4つとフルコースを御願いします。」
「はいよ!リッちゃんビール4とワイン、フルコースだってよ!」
「はいはい!さぁて、可愛い可愛い団長さんたちの為にも、腕をふるっちゃうんだから!」
注文を受ける店主ラスタの呼びかけに満面の笑顔で答えるリムは厨房で料理を始める。
店主は、木製のビールジョッキを持ち樽からビールを注ぐ。
軽く雑談をしていると、店の中は次第に芳ばしい香りが漂い始め、5人を包み込む。
「うむ、肉の芳ばしい良い香りだ!さぞ豪華な御馳走なのだろうな!」
「はいよ!まずはビールとワインだ!料理はもう少し待っていてくれ!」
「ありがとう御座います!」
「有り難い!」
「にしても、あんた見ない顔だな!新人の団員か?」
ビールとワインを持ってきたラスタは、佐々島を見てリックに話しかける。
「いえ、この方は、ニッポンという国から来た方で…」
「団長、話してよろしいのですか?いくらなんでも…。」
リックが何の躊躇もなく佐々島の説明をした事に驚くアリスだった。
それもそのはず、いくら誰もいないからと言って安易に話していい内容ではないのだ。
一般市民である店主達が、もしこの事を街中の人達に話せば瞬く間に広まってしまう。
しかし、この店主は違った。
「安心しなアリスちゃん!俺達夫婦は、そうゆう秘密はバラさない!それに店はさっき閉めておいたからな!誰も来ないさ!それに、俺は元々冒険者だ!秘密の一つや二つぐらい慣れてる!」
ラスタは、親指を立て笑顔でアリスの心配に答える。
「ところで、お前さんは旅人なのか?身なりでもちょっと変わってるとは思ったが…」
佐々島が気になるのか余った椅子に座り話を聞こうとする。
「旅人?否、吾は流浪人ではあれど侍だ。この世界には昨日来たばかりらしいが、リック殿達の騎士団とやらに助けて頂いた次第。」
佐々島はラスタに対し自身の職業を話し始めた。
横にいたアリスは頭を抱え呆れていたが、そんな事をお構い無しに佐々島はべらべらと話してしまった。それをみかねたリックはビールジョッキをもって腕を前に伸ばす。
「取り敢えず、乾杯しましょう!ササジマさんの無事とこのアルンブルクに来た歓迎の意味を込めて!」
リックは乾杯という掛け声と共に、佐々島いがいの4人はジョッキを合わせビールを飲む。
(な、何をしておるのだ?)
ぽかんとした佐々島は何が起きたのか分からずに目が右往左往していた。
それもそのはず、江戸時代から明治初期まで乾杯の音頭を取る習慣が無かった日本では、あまりも珍しい光景だったのだ。
「お主、何をしておる!ほれ、乾杯じゃ!」
「はっ?お、おお…おう…」
戸惑いながらも見様見真似で乾杯をし、酒を飲もうとするがその手は止まってしまう。
(これは、一体なんぞ?この泡は飲み物なのか?皆が飲んでおると言うことは…)
「どうしました?お口に合いませんでしたか?」
佐々島の行動を不思議に思ったのかアリスは心配になってしまった。
「いや、そうゆう訳ではないのだが…これは、どう呑むのだ?」
その言葉に、一同は驚きを隠せなかった。
「び、ビールは、は、初めてなのですか?」
「ビイルというのか?分からぬがこの泡を呑むのかの?」
「仕方ありません。私が、見本を見せましょう。ビールは、こう飲めばよいのです。」
となりにいたアリスが見本を見せる。
佐々島は、見様見真似でアリスと同じように呑み始める。
「如何でしたか?初めてのビールは?」
「ん〜…。日本の酒とはまた違ってなんと言えばよいのか…う〜ん。決して不味いわけではないのだが… 不思議な感じがしたのでな。」
少し首を傾げるも何度かビールを呑む佐々島にクスクスと笑う一同のテーブルに料理が運ばれてきた。
「はいお待ち!うちの店のフルコースメニューの定番!チーズフォンデュと突豚の串焼きだよ!あとこれはサービスね!」
「有難う御座います!お気遣いすみません!」
運ばれてきた料理は、大きな器に溶けたチーズと大皿にこれでもかと言わんばかりの串焼きが乗っていた。その中には、様々な野菜を串に刺したものもあった。
「ほほう!これはなんと御馳走か!だが、これはなんぞ?」
佐々島は大量の料理に目を輝かせるも、大きな器に入った物を指差し眉をひそめる。
「これは、チーズと言って老牛の乳を発酵させて塊にした物を加熱し融かしたものです。この串肉に付けると美味しいですよ!」
リックは、佐々島の質問に答え実際に肉にチーズを付けて食べ始める。
他の3人も次々と食べ始めた。
「これがこの世界の食文化ということか…では、吾も頂くとしよう。」
そう言うと佐々島は、両手を合わせ軽く会釈をする。
「いただきます。」
今度は先に食べ始めた4人が、佐々島の行動に疑問を抱いた。
「何をしておるのじゃ?」
「ん?これは日本の食事の作法だ。馳走を作ってくれた者や食材等に感謝する礼儀作法だ。気にせず食べてくれて構わぬ!」
佐々島は、空腹もあってか串肉を取り口いっぱいに頬張る。
他の4人は、佐々島の言われた通りに気にせず再び食べ始める。
少しすると、テーブルに次々と大量の料理が運ばれてきた。
突豚の肉厚ステーキに、先程の串肉が追加される。
「じゃんじゃん食べな!お代は、コルトさんに払ってもらうから!」
「カホッ!ケホ…ケホ…。」
コルトは、その言葉にむせりだし。一方、ラスタの奥さんは料理をテーブルに置き終わると冗談まじりに笑いながら厨房へと戻っていった。
周りが笑って盛り上がっていた中、佐々島はよほど腹が空いていた為か気にせず次々と肉を頬張り続ける。
「うむ、美味い。これも美味い。これも、確かに美味い!」
「おいおい、お前さん。がっつくのはいいが…。」
コルトが心配になりながら佐々島に声をかけると彼の頬に涙が流れ落ちた。
急に流れた涙を拭う佐々島に周りが一気に青ざめる。
「お、おい?だ、大丈夫か?」
「何処か痛むのか?」
皆が心配になる中、佐々島は少し震えた声で喋りだす。
「否、吾はこんな御馳走が初めてで…。あまりに美味くて…、吾は…吾は…。涙が止まらぬ…。済まぬ…。」
「び、びっくりしました…」
「妾も焦ったわ!脅かせおって!」
その言葉にホッとしたが彼の世界の貧しさを知る事になった。
一口一口を味わいつつ『忝ない』と礼を言いながら食べ続けた佐々島に、それぞれ思う事がありながらも彼を歓迎する食事は盛り上がっていた。
次々と運ばれてくる料理と酒、他愛もない会話に笑いながら楽しんでいた。
特に、日本の文化とアルンブルクの文化の違いに互いに興味を示し一同は有意義な時間を過ごす。