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1話 幻を見せる部屋 中編

 「ここはね、一言で言うなら『もしも』を見せる場所なんだよ。」

そうポツリといった。全くどういうことか分からないので、

「もしも、ですか。」

と聞き返すと、多山さんはまたもや穏やかな笑顔を浮かべた。

「そうだね。それだけ言っても分かんないよね。もっとちゃんと説明しよう。私たちがやってるこの事務所はね、人々にあったかもしれない『もしも』の世界を見せるんだ。人間なら誰しも、あの時こうしていれば、もしもこうだったらって思ってしまうものだ。だから、そういう『もしも』のひとかけらをあげるのさ。」


 よく聞いてもピンとこない。つまりはどういうことなのか。多山さんはそのまま続ける。

「具体的に言うとね、そこに機械がたくさんあるでしょう。それで幻を見せるのさ、脳内に直接ね。」

そんなことできるものなのか。聞いたことないぞ。でも多山さんはいたって真剣な様子である。僕が無学なだけだろうか。しかしまた幻を見せるとは。

「おや?君、疑ってるね?」

「いや、そういうわけじゃないすけどね......」

「何か引っかかるのかい?」

「引っかかるってほどじゃないんすけどね。結局幻なんすよね?それって見ても空しいだけじゃないのかなって。」

多山さんは目を少し見開き、興味ありげに僕の顔を覗き込んだ。

「幻、確かにそうだ。そこが大事なんだよ、晃介くん。いいところを突くね。所詮運命は変えられない。私たちは人間なんだから。でもね、幻も捨てたもんじゃないよ。空しいだけじゃないのさ。」

こう力説されても掴みどころのない話だ。怪しい宗教の勧誘にも思えてきた。考えれば考えるほど、この人の爛々とした瞳の輝きが正気のものと思えなくなってきてしまう。

「身構えないでおくれよ。そうだ、百聞は一見にしかずだ。君も試してみるかね。」


 試す?僕が幻を見るってことなのか。イマイチ要領を得ない。やってみれば何か分かるのかしら。ちょっと、いやかなり怖いな。でもすでに断れない雰囲気だ。

「ルール説明をしよう。」

「ルール、ですか?」

「そう、ルール。さっきも言ったとおり、私たちは所詮人間なわけだから何でもできるわけじゃないんだ。何ができて、何ができないのかを今から教えるよ。」

そこが妙に現実的というかなんというか。幻を見せると言われてこんなこと言うのはおかしいけれど、不思議な信憑性がある。ルールは主に次のようなものだった。


一、大局的な運命(例えば人の死など)は変更不可能。


一、変えられる選択は一つだけ。


一、変えられるのは自分の行動だけ。(ただし補助ならして

  もらえるとのこと)


一、幻の世界といえ、不道徳な行いは慎むこと。(確認され

  た場合は現実へ強制送還)


「随分と限定的なんですね。」

「そりゃあそうとも。これは別に何かを成し遂げるためにあるわけじゃあないんだ。まして悪事に使われるなんてことはもってのほかさ。それなりの規範が必要なんだよ。」


 説明が一段落したところで多山さんは椅子に深く座り直した。脇の方ではいつの間にか紗良さんが戻ってきており、何やら機械と思われるものをガサゴソと用意している。多山さんは机に右手をかけ

「さて、いよいよ始めようか。君の後悔を教えてくれ。」


 後悔。思えば、不運なら数え切れないような人生だった。その延長線上に今この状況があるのだから。でも後悔と言われると、よくわからない。そもそも自分のことを人より不幸だと思ったことはない。なるべくして今があるのだと思っているわけだし、僕にはたして後悔はあるのだろうか?

「分かりません。後悔なんて......僕にはあるんでしょうか?」

僕の答えが予想外だったのか、多山さんは眼鏡の奥で目を丸くした。

「そうか、そうならちょいと待っておくれ。」

そう言って彼は数ある機械の一つを紗良さんに手伝ってもらいながら持ち上げてきて机の上にガシャンと置いた。


 機械は鈍い銀色のメタリックだ。ざらざらした表面のヘルメットのようなものから大量のコードがのびており、コンピュータにつながっている。こんな見た目の機械を、脳を調べるために使っているのをテレビで見たことがある。あれよりちょっとポンコツそうな見た目をしているので心配になってくるのだが。


 多山さんはそのコンピュータを起動した。わざとらしい起動音が鳴って画面が光りだした。こちらから画面を見ることはできないが、多山さんの頰が青白く染まり、メガネの隅にも画面光が反射しているのを確認できた。

「これはね、簡単に言えば君の後悔を探してくれるマシンなのさ。本来なら自分の後悔が分からないような人間がここに来ることはないんだがね。一応念のために用意しておいたんだよ。このヘルメットを被るだけでいいんだ。」

後悔が分からないならそれをわざわざ明らかにする必要なんてないじゃないかとも思ったが、僕は促されるままにコードだらけのヘルメットを被った。


 そのまましばらくの間、多山さんはカチカチとコンピュータをいじっていたが、作業が一段落したところで僕の方に向き直った。

「君の頭の中を見せてもらったけどね、記憶に残らない程度の小さい後悔はたくさんあるようだね。でもその中で、一つ。どうして君が忘れてしまっているのか分からないくらいの大きなやつがある。無意識に忘れようとしてたんじゃないかな。」

「へえ、全然記憶にないですけど。」

「そうだろうね。無意識の奥底に閉じ込めてるんだ。僕の方にはどんなのか見えてるんだけどね。まあ自分で見たほうが早いだろう。」

そう言って多山さんはまた違う機械を持ち出してきた。こちらはヘッドホンの形をしている。多山さんはヘッドホンの方のコードをコンピュータに繋ぎなおした。色々設定するのが手間らしく、彼は十分程度黙ってコンピュータに入力していたが、ついに終わったらしく僕に確認をとってきた。

「それじゃあ準備はいいね?晃介くん。」

僕は静かに頷き、彼もそれを確認した。カチッとボタンを押すのを見たのが最後、そこで僕の意識は途絶えた。


 目覚めたそこは、西日に染まった長い廊下だった。ここはどこだろうか?ツンとしたホコリ臭さが鼻を刺す。窓が全て閉め切られてるために湿気がちでモワッとしているので不快な汗が額に滲んでくる。確かさっき幻を見せるとか言われて...... ん?そしたらこれって幻なのか?だとしたらリアルすぎないか?五感全てがはっきりしている。


 じゃあここはどこなのか。僕の後悔ってことは僕が来たことがあるはずだ。見てわかることがあるかもしれないと思い僕はとりあえず前へと歩きだした。右手にはどこまでも窓が連なっている。その一枚をふと見ると、そこにはもちろん自分の姿。しかしさっきまで着ていたボロい服ではなく、真っ白いワイシャツを着ている。左手には大部屋が並んでいた。それぞれの部屋のドアの上には札がついていた。書かれていたのは「2-1」「2-2」「2-3」... ああ、ようやく思い出した。ここは学校。僕が通っていた中学校だ。


 顕微鏡のピントがだんだんと定まってくるような感覚で昔の記憶が浮かび上がってくる。この中学校は遠木中学校。田舎にあるからかもしれないが、ほかの学校に比べると生徒の数がやや少なかった。クラスは三つだったが、それぞれには二十余人程の生徒しかいなかった。人が少ない点はおおむね良い方向に働いていたと思う。イジメも暴力も無縁だった。とても平和でとても幸福な学校生活だったはずだ。じゃあなんで記憶から消えていたのだろうか?


 二年生の教室があるということはここは三階だろう。わざわざこのフロアにいるのは、僕の二年生の頃に後悔があったのだろう。まだ見当はついてないけれど。


 僕の二年のときのクラスは確か三組、廊下の一番奥だ。理科室がやたら遠くて行くのが面倒だったのを覚えている。歩いていても、自分の足音がカツカツ鳴るばかりでほかには誰もいない。神隠しみたいだ。とても静かでゆるやかで孤独で。


 教室の前まで来た。そうそう、僕はいつも後ろのドアから中に入っていた。前から入るのがどうしても気恥ずかしかったからだ。その思い出のドアをガラガラと音をたてながら開けて中に入ると、脳天から体の芯に向かって鋭い衝撃が駆け抜けた。


 目に飛び込んできたのは、たった一人奥の窓辺で外を眺めている女の子だった。

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