7話
この回のR18版はアルファポリスサイトに掲載しています。
アランは私にそう言い放つと、ベッド脇に用意されていた酒のボトルを手に取ってグラスに注いだ。
その瞬間、強い酒の匂いがしてアルコールに免疫のない私はそれだけで気分が悪くなりかけてしまう。
彼はその酒を一気に飲み干しては再びグラスに酒を注いでいる。それを数回繰り返して、空になったグラスを叩きつけるように置いた。アランは酒が弱かったはずだ。あんなに強そうな酒を一気に大量に飲んで、普通でいられるはずがない。彼の様子が心配になって駆け寄ろうとした時だった。
アランは私の目の前までくると、ひどく冷たい表情でこちらを見下ろしている。無表情で虚ろな目がじっと私を見ていた。
幼い頃から彼を知っているのに、今、自分の目の前にいる人物はまるで知らない男のように見える。
自然と体が震えて、その場からすぐに逃げ出したくなった私は、気が付けば目の前にいるアランから距離を取ろうとしていた。
その瞬間、私は彼に両腕を強く掴まれて、そのまま後ろのベッドに押し倒されてしまう。
恐くなった私は彼の腕を振りほどこうと全力で抵抗をしていた。しかし、彼の腕力に抗えるはずもなかった。私に馬乗りになりながらアランは、片手一本で私の両手首を私の頭上で抑え込んでいる。体の自由は奪われてしまった。
アランは掴んでいる私の両手首に更に力を加えて押さえつけると、私の上に覆いかぶさってくる。完全に組み敷かれた体はもう完全に動かす事ができなかった。なぜ、こんな状態になっているのか。自分自身が哀れで虚しくて抵抗する気力は次第に失われていった。
それから始まった彼の全ての動作は乱暴で力任せでとにかく痛い。私の状態など気に留める様子はない。無抵抗のまま為す術もなく、ただひたすら苦痛に耐える。私に与えられた選択肢はそれしかなかった。
「い…痛い!」
あまりの痛さに悲鳴を上げるが、完全に酔いが回っているアランに私の声が届くことはなかった。
「マリア・・・愛している」
アランは最後にそう言い放った。
あぁ……最悪だわ……。他の女性を…マリアを想像するなんて……。
今まで生きてきた17年と25年間、辛い事も悲しい事も沢山あった。それでも、こんなにも悲しくて辛い経験をした事はあっただろうか。
全てを終えたアランは無言のまま部屋を出て行ってしまった。
一人残された私は、そのままの状態で動く事が出来なかった。涙が頬を伝う感触だけがあった。
前世の記憶が戻る前の私はどんなにアランに冷たくされても渇望するほどの恋心を抱いていた。
しかし、あの時、前世の記憶を持った別の私が現れてから、強い恋慕の感情は前よりも薄れてしまっていたし、正直、こんな扱いをされる事は想定内だった。それでも夫婦になったからにはどうにか関係修復をして彼と共にこれからの人生を共に歩んでいこうと思っていた。
私なりに少なからずそんな覚悟はあったはずなのに。今、ボロボロと子供のように泣いている自分の感情を抑える事ができない。
初めて会ったあの日から、ずっと大好きだったのに。別の意識が心の奥底でそう叫んでいるように感じられる。アランに恋い焦がれていた本来のソフィアの純粋な想いがまだ残っているのだろう。私はその場で泣き続けていた。
「…ソフィア様!ソフィア様!」
私を呼ぶ声が聞こえる。
ぼんやりとした意識のままゆっくり目を開けると、泣きそうな表情をしたベルカが私を見下ろしている。
あたりは薄明るい。もうすぐ夜が明ける頃だろうか。
泣き疲れてそのまま眠ってしまったようだ。瞼は重く腫れぼったく感じる。そんな私の顔を見てベルカは絶句している。
「・・・ソフィア様!?」
「ベルカ!?どうしてここに…。昨日のうちに戻ったんじゃ…」
私が嫁いだ後、ベルカは引き籠ったままの生活を続けている弟のロイドの世話係をする予定だった。
「これからまたソフィア様に仕える事ができるようになりました。昨晩ご主人様を説得して、ようやく許可をもらえたんです。今さっきこちらに到着して様子を見に来たらこんなひどい状態で…。何があったのですか!?」
「大丈夫よ、ベルカ。分かっていたことだから…」
「私が近くにいたのなら、こんな状態で放ってはおかなかったのに。これからは私がずっと傍におります。辛い時は何でもおっしゃってください」
ベルカに抱きしめられ安心した私は気持ちを切り替えようと体を起こした。
起き上がった瞬間、体中がひどく痛んだ。ベルカに介助されながらゆっくりと上体を起こして、彼女に付き添われながら浴槽まで歩いていく。
「自分で体を洗えるから大丈夫よ。ここで待っていて」
心配そうにしているベルカにそう伝えると少し不安な様子で私の様子を見守っていた。
浴室に入るとすでに暖かい湯船が用意されていていて、浴槽から白い湯気が立っているのが見えた。丁度良い温度のお湯に体を沈めると湯気と共に花のいい香が漂う。そのまま虚ろな状態で浴槽の中に漂うように浮かんでいたら、ベルカが心配そうに様子を見に来た。どうやら私は長い時間そうしていたようだった。
大丈夫だと彼女に言う。
ふと両手首に指の跡のような痣が出来ている事に気が付いた。昨晩、アランに押さえつけられた時に出来たものだ。それをじっと見ていると昨晩の記憶が鮮明に蘇って来る。再び暗く沈んだ感情が広がっていく。
それでも、そんな感情をかき消すように、汚れてしまった体を無心で洗うと、少しずつ気分は良くなっていった。