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14話

 

 二人が生まれてから毎日が目まぐるしく過ぎていく。

 

 毎日2時間おきの授乳は昼夜問わず交互におこなう為、連続して1時間も寝る事ができない。その上一方が泣けば、もう一方もつられて泣く。同時に泣き止ませないとお互いの声に反応して泣き続る。

 だから常に寝不足の状態なのだ。そんな毎日はいつも体力勝負で、記憶が飛ぶほど育児に奮闘していた。

 それでも、二人を育てる権利を自ら懇願して手に入れたので、決して泣き言は言わない。だから私はベルカの手を借りる事はしなかった。そんな私を彼女はいつも心配そうにしながらも黙って見守ってくれるが、本当に困った時はそっと手を貸してくれる。私にとってベルカは信頼できる唯一無二の存在なのだ。


 常に寝不足の状態ではあるが、家事仕事はない。掃除や洗濯、食事の用意などは使用人達が全ておこなってくれるので、私は育児に専念する事が出来た。

 家事と育児を並行して行う事はこの時期、とても大変な事なのだ。

 子供が泣けばすぐに駆け寄ってその原因をすぐに探す。おむつは汚れていないか、お腹は空いていないか。暑いのか、寒いのか。眠くて愚図る場合もある。様々な理由から泣いている原因を探って取り除いていく。しゃべる事ができない乳児は泣く事でしか不快な思いを相手に伝える手段がないのだ。


 そうしているうちに中途半端でやりきれない家事が溜まっていく。例えば掃除の途中に子供が泣くと中断してあやしに行く、泣き止ませた頃、雨が降り始めて慌てて洗濯物を取り込んでいる最中でまた泣き出す。おむつ交換をしてその処理をしているとまた泣く。そうやって中断している家事が溜まっていくとストレスも同じように蓄積されていく。

 その上、毎日の睡眠不足と自分の事にまったく時間がさけない事から、さらにストレスが増えていくのだ。周りの手助けや伴侶の協力と理解がとても大切な時期なのだ。


 だから、育児に専念できる今の生活は本当に有難い事なのだ。

 従来通り、乳母に任せる育児ではなく、自ら行う事で子供達のささいな成長もすぐ傍で発見できる。

 そんな毎日は本当に充実していたし、どんなに寝不足でも二人の笑顔や寝顔を見れば疲れはまたたく間に吹き飛んでいく。とても可愛らしい二人の見た目は親の贔屓目にも美男子に成長するだろう。


 順調に成長していくと二人の目の色もアランの色と同じだと気がついた。

 

 同時に二人の顔の違いにも気が付く。長男はアランに似ていて、次男は私に似ている。どうやら二卵性の双子だったようだ。

 

 他にも発見があった。

 ある時、あまりにも二人が泣き止まなくて、困り果てた事があった。

 ふと、以前の育児を思い出して、いないいないばぁをしてみたのだ。その瞬間、二人は嘘のように泣きやんだ。同時にキャッキャと声を出して笑いだしたのだ。

 童謡を歌えばじっと聞いているし、子守唄を歌えばすぐに寝付いてくれる。以前の育児もこの世界で通用する事が分かった。


 さらに日々は流れ、寝返りが出来るようになり、ハイハイが出来るようになった。カメラはこの世界に存在しないので、どの瞬間も記録できない事がとてももどかしく思えた。


 やがて歩き出した。晴れた日には、広くて安全な屋敷の庭でおもいっきり遊ばせる事が日課になった。


 子供と一緒に遊ぶ時は恥ずかしがってはいけない。時には振り切って一緒に踊って歌う事も必要なのだ。

 ある時、某子供向け番組の曲を思い出した。番組のエンディングでテンション高めのお兄さんが軽快に踊って歌う名曲だ。それを全力でやりきってみたのだ。振りも歌詞も完璧に覚えていた自分の記憶力を褒めてあげたい。最後のポーズがしっかり決まると私は得意気に子供達を見た。二人はキラキラした目を私に向けている。

 それからずぐ楽しそうにしながら、小さな手足を一生懸命動かして私の真似を始めた。あぁ…。なんてかわいいんだろう。フワフワした気分で二人を見ていると、ふと視線に気が付いた。慌てて辺りを見渡すといつの間に来ていたのか、子供達の背後にロディさんが立っているのが見える。届け物を持ったまま、目を丸くしてこちらを見ている。

 

 いつからそこにいたの!もしかしてずっと見られていた!?フリーズしたまま心の中で叫んでいた。

 急速に恥ずかしさがこみ上げていく。

 

「変わった歌と踊りですね!でも、とっても素敵でしたよ!」

 

 そう言われて一瞬で顔の熱が上がっていくのが分かった。いつも以上にニコニコしながら私を褒めるロディさんの顔をまともに見る事ができなかった

 

「あぁ…。ど、どうも…」


 妙なイントネーションでそっけない声を出してしまった。あきらかに挙動不審になっている私を一体彼はどんなふうに思っているのだろう。

 

 そんな毎日を過ごしながら、沢山笑って、沢山遊んだ。二人の成長を垣間見られるそんな日々をとても幸せに感じていた。しかし、一方でこの先の世界がどうなっていくのか、いつも不安でならなかった。

 

 現実に。この体でこの世界に生きている私のリアルは目の前にあるこの世界だ。でも実際はゲーム上の世界で、私という存在はそこで登場するキャラクターの一人にすぎない。

 一方でヒロインマリアは聖女になり王太子妃になった。めでたくゲーム上のエンディングを迎えたのだ。でも、正規のシナリオにはない世界だ。ゲームファンの間で噂になっていた幻のルート。ゲームマニアだった妹の話を思い出すと、おそらくそれが今なのだろう。

 

 アルフォンスと結ばれるためには聖女になる必要がある。でもマリアが得た地位はおそらくただの聖女ではない。特殊な条件を揃えて女神のいとし子になったのだろう。裏ルートを開く為にはその条件が必須なのだ。それを知っていたマリアはきっと私と同じ転生者のはずだ。しかも相当なゲームマニア。


 そもそも、なぜこの世界に治癒魔法しかないのかというと、この世界を創生した神が創造と治癒の女神だからだ。そして、この世界には女神の従属である光の精霊が浮遊している。治療師達はその精霊達から力を借りて治癒魔法を使うのだ。でも精霊達は一般の人間には見えない。治療師の中でもごく少数の限られた強い魔力持ちだけが彼らを見る事が出来る。

 

 神のいとし子はこの世界に浮遊している妖精達にも愛されているので、マリアに害をなせば妖精達がたちまち怒り、人間達に力を貸さなくなる。そうなると治療魔法は使えなくなるのだ。


 妖精達はあちこちに存在していて、誰かがマリアに害をなせばすぐに精霊達に伝わる。ささいな嫌がらせや悪口もその条件に加えられるのだ。


 だから誰も彼女に何も出来ないし言えない。見方によればマリアは王族をも凌ぐ力をもっている事になるのだ。

 そう考えるととても恐ろしくて厄介な存在になるのだ。治療魔法以外、この世界には傷や病を治す術がない。そのため、マリア一人に世界中の人々の命がかかっている事になるのだ。


 だから国はマリアを蔑ろにできない。重要貴族を下げてでもマリアを監視出来る距離に置いておきたかったのだろう。

 一方でもうひとつ懸念がある。私やマリア、フローラは元々のゲーム上に登場する性格ではない。そんな理由で正規のシナリオのイベントはいくつも発生する事なく終わっているし、違う未来を辿っている。その証拠に登場するはずのないアランと私の子が新たに誕生しているのだ。そんな状態でこの先、この世界はどうなるのか。マリアはどうなっていくのか。

 

 こんな馬鹿げた真実を他の誰が信じてくれるのだろうか。

 次世代の子ども達がこの世界で平和に暮らせる未来を勝ち取るには一体どうしたらいいのだろう。

 




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