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2話

 

 アランと私の両親は古くからの友人同士で仲が良かった。

 邸が近かった事もあり、幼い頃から2つ年下の弟と一緒に、彼の邸宅によく遊びに行っていたのだ。

 6歳の時、初めて彼に会った。濃紺のサラサラとした髪に均等のとれた目鼻立ちの少年に、私の心は一瞬で奪われてしまった。

 なんてきれいな男の子だろう。幼いながらも見惚れてしまった。


 しかし彼は、最初ひどく不愛想だった。そんな彼の様子に、私はどう接したらいいのか分からなくて、戸惑ってしまった。それでも、会うたびに少しずつ増えていく会話から、お互いの事を理解していった。彼は弟ともよく遊んでくれた。

 それから会う回数が増える度、怒ったり笑ったり、様々な表情を見せてくれるようになった。私はそんなアランと一緒にいる事が楽しくてしかたなかった。出会った当初のあの無愛想な態度が嘘みたいに思えた。


 あるとき、二人で初めて外出をしたことがあった。お忍びで街に出掛けたのだ。

 街に到着した頃からずっと、アランは落ち着かない様子だった。何らや妙にソワソワしているのだ。

 そうして、そのまま考え込む様子でズンズン先に歩いて行ってしまった。私は人混みに流され、そのままアランを完全に見失ってしまった。必死に彼を探し歩いていると、いつしか見知らぬ通りまで来てしまっていたのだ。

 その時私は、見知らぬ場所に一人でいる事が怖くて、寂しくて仕方なかった。泣きたい気持をどうにか堪え、これからどうしたらいいのか必死で考えていたのだ。そんな状態で一人、通りにたたずんでいると、後ろから見知った声が聞こえた。


「見つけた!無事で良かった…。ごめん…。ごめんね…。はぐれないように早く手を繋げばよかったんだ。ごめん…。恥ずかしくて…。そのタイミングを考えていたら、君がいなくなっていて…。もうこんな怖い思いはさせないから。俺がずっと守るから」


 アランは泣きそうな顔で私にそう言ってくれた。あの時のアランの姿は、今でもはっきりと私の記憶に焼き付いている。私の大切な記憶だ。

 そのあとすぐ、アランから婚約の申し出を受けて、私達は婚約したのだった。お互い10歳の時だった。


 両家の両親は私達が生まれた時から婚姻を決めていたようだが、お互いの意思を確認してから婚約をされるつもりだったようだ。そんな理由でアランからの婚約の申し出に私達の両親はとても喜んでいた。


 優しくて強くて、かっこいいアランが私は大好きだった。同時に憧れでもあった。アランが私にやさしく笑いかけてくれる笑顔が大好きだった。

 当時の私は彼と婚約できた事が嬉しくてしかたなかった。この人のそばにいられる幸福を手に入れた事を奇跡だとさえ思っていたのだ。それほど私は幸せだった。

 しかし、その幸せは私達が学園に入る15歳までだった。


 アランと私が学園に入ってしばらく経った頃、ヒロインのマリアが編入してきた。同時にその頃から私達の関係は歪みはじめていく。


 警戒心が強く、中々他の人間と打ち解ける事が出来ない性格のアランが、いつしかマリアにもあの優しい笑顔を向けるようになっていった。


 マリアは平民としては珍しく強い癒しの力をもっていた。そのため特例として入学してきたのだ。彼女は天真爛漫でいつも明るくて自由だった。そんな彼女にアランは次第に惹かれていったようだ。

 学園で仲睦まじく楽しそうに話す二人を頻繁に見かけるようになった。


 初めてあったあの日からずっと、恋焦がれていた唯一の人が、自分以外の女性に優しく笑いかけている。

 そんな残酷な光景を見る度に、私の心は悲しみで疲弊していった。 

 アランが少しづつ彼女に惹かれていく様をただ遠くから黙って見ている事しか出来なかった。

 お願い、彼を奪わないで……。何度心の中で叫んだだろう。

 そんな彼らを見ながら、私は毎日毎日、悲しくて苦しくてしかたがなかった。


 一方でアランは、マリアとの仲が深まるにつれ、次第に彼女との婚約を願うようになっていった。

 ある時彼は、私との婚約破棄を望み、彼の父に直訴していた。

 アランの父はアランの強い願いに根負けして、ある交換条件を出した。


 その条件とは、マリアと想いが通じあった場合は私と婚約破棄をさせ、マリアとの婚姻を許す。しかし、マリアが他の男性を選んだ場合は、私とすぐさま結婚して跡継ぎをつくる。


 私の父は、アランがマリアに熱心になり私を蔑ろにしている事に激怒し、こちらから婚約破棄を申し付けた。父は自分の娘が他の娘と天秤にかけられているという現状にとても激怒していた。

 そんな不誠実な相手に自分の娘を嫁がせる訳にはいかない。そう言ってアランを拒絶したのだ。アランの父にも激怒し両家の関係は完全に冷え切ってしまった。

 しかしアランの父は、マリアとの事は一時の気の迷いで、彼女が他の男性を選んで結婚すれば、そのうち想いも冷めるだろうと単純に考えていたのだ。


 アランの父は私の父に頭を下げ続けた。アランがマリアと結ばれて私と婚約を解消することになっても、必ず申し分ない誠実な相手を探す事、その後の私の生活は必ず保障する事、結婚した場合、数年たってもアランの態度が改善されなければ、同様の約束をつけると私の父を説得し続けた。


 あちらの現状は、私を逃せば位が釣り合う相手がそういないという現実があったのだ。それゆえ、王族に深い所縁があり、長い歴史があるドリュバード家を潰す事になりかねない。王からも直々に何度も説得を受け、私の父は婚約破棄を取り下げるしかなかった。婚姻の条件をしぶしぶ承諾し、婚約が破棄される事はなかった。


 そして時がたち、今、彼は王子の護衛として二人の少し後ろに立っている。アランは王太子妃になったばかりのヒロインに寂しげな暗い目を向けている。私の婚約者は、目の前で幸せそうにしているヒロインに今でも熱い想いをよせているのだ。


 そう、彼はヒロインに選ばれなかったのだ。


 そのためアランは彼の意思に反して、自身の父との約束を守り、一か月後という早さで私と結婚することになる。


 この世界で貴族として生まれたからには政略結婚は仕方ない。そう、物心がつく頃から覚悟していた。

 しかし彼と出会ってから私は、ずっと彼を愛していた。

 これから先、マリアが他の男性を選んだという事実を受け止めて彼女の事を諦めてくれればいいのに…。


 後どれくらい苦しい思いをしなければいけないのか…。もう苦しいのは嫌だ。

 いっそアランとの記憶が綺麗に消えてしまったら、どれだけ心が救われるだろう。


 暗く沈んだ気持ちを持て余していると、背後から私を呼ぶ声が聞こえた。




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