13話
二人の名前を決めた瞬間、焦りと迷いは消え去り、同時に、どこか張り詰めていたものが抜けていく感覚がした。
ふと窓の外を見ると、蕾だった木蓮が見事に開花しているのが見えた。わたしは思わずハッとしてしまった。
出産から今までどれたけ周りを見渡す余裕がなかったのかを思い知る。バタバタと毎日が過ぎて行って、すぐ近くでこんなにも美しい光景が広がっている事に今まで気が付かなかったのだ。
大振りのピンク色の花はすでに満開で、天に向かって誇らしげに咲いている様は圧倒されるほど見事だ。今年の花はより一層綺麗に見えた。
私はベビーベッドにいる二人を見下ろしながら話しかけた。
「アルヴィス、ユリウス。今日からこれがあなた達の名前よ」
私は二人にそう呼びかけると彼らは最初、不思議そうに私を見ていた。それから、二人同時に身をよじりながらキャッキャと声を出して笑い出した。
…!笑った!
初めて見る子共達の仕草におもわず感動してしまう。
「あら、お二人共、今日は特に機嫌が良いようですね。何かいいことでもありましたか?」
均等に畳まれた布おむつの束を抱えてベルカが部屋に入って来た。
私は、ようやく子ども達の名前が決まった事をベルカに伝えた。
「ええ、私、二人の名前を決めたわ。先に生まれた子がアルヴィス、その次に生まれた子がユリウスよ」
「まぁ!とても良いお名前ですね。お二人にぴったりだと思います」
ベルカはご機嫌な様子の子共達を嬉しそうに見ながらそう言った。
「ベルカさん、残りのおむつも持ってきましたよ。どこに置きますか?」
ほどなくしてロディさんもやってきた。沢山のおむつの束を抱えている。仕事の合間に私達の様子を見に来る彼はその都度、べルカや私の手伝いを率先してやってくれているのだ。
「お二人共どうされたんですか?なにか良い事、ありましたか?」
ベルカと同じように質問してきた彼にも名前が決まった事を伝えると、ついに決定した事を興奮気味に喜んでくれて、抱えていたおむつの束を落としそうになっていた。
そんな和気藹々とした雰囲気の中、ふと廊下でガタリと音が聞こえた。
またか…。私は深いため息をついた。ベルカもロディさんも同じことを思っているのだろう、私同様、呆れ気味にドアに視線を向けている。
実を言うと、子供達が無事に産まれてからずっと、ほぼ毎日のように部屋の前の廊下を行ったり来たりしている人物がいる事に気が付いていた。それが誰かは分かり切っている。
「ソフィア様、ご気分を害されるかもしれませんが申し訳ありません。ずっと廊下を行ったり来たりしているあの人物はどのように対処したらよろしいでしょうか。ご指示いただけたら如何様にもいたしますので」
ロディさんは苦虫を嚙みつぶしたような顔で私にそう尋ねた。
夫婦間の取り決めは私に決定権があるのだ。その権利は絶大な力をもっている。
私は迷わずその権利を行使する事にした。
「私の許しがない限り私とその子供達に接近する事を禁止する。これを破れば直ちに取り押さえて連行する」
ドアの向こうの人物に聞かせるように暗唱した。
「かしこまりました。では…廊下にいるあの人物を直ちに取り押さえてつまみ出しますね」
そういってロディさんはにっこり微笑むと、足早に部屋から出て行く。やがてバタバタと音がして二人分の足音は遠ざかっていった。
しかし例の人物は懲りる事がなかった。それから何日も何日も部屋の前を行ったり来たりしていていて、その都度、ロディさんに連れられて行くのだ。
ロディさんの労力を考えると申し訳ない気持ちにもなるし、私もいい加減に鬱陶しい。子供達の父親であることは代えられないので、私は彼の面会を受け入れる事にしたのだ。ただし、一度だけだ。
やがて部屋に入って来た彼の両隣には険しい目つきのベルカとロディさんがいた。がっちりと両脇を固められたアランがこちらに歩いてくる。
あぁ…アラン、なにかこう……まるで囚人みたいだわ…。ベルカとロディさんは、さながら看守のように見える。苦笑いが抑えられない。
「そ…ソフィア。無事で良かった。子供達を産んでくれてありがとう」
以前のように威圧的な態度は微塵もなく、口調にも棘はない。逆に少しおどおどした様子だ。労いの言葉をかけられた事に私はひどく驚いてしまった。
私は彼に答える事なく、無言のまま。
そうして、長男のアルヴィスをゆっくりとベッドから抱き上げると彼の前に歩いていく。首が座っていない事を伝えて、抱き方も教える。そうして名前を伝えながら慎重にアランに渡した。両脇にいるベルカとロディさんはより一層険しい顔をしている。二人はいつでも動ける体制で構えながらアランを見ていた。
アランは小さくて柔らかな感触に最初とても驚いていて、ひどく緊張しているのが分かる。それから、初めて抱く我が子に戸惑いながらもやがて穏やかな表情でじっとアルヴィスを見つめていた。
次はユリウスだ。アランは隣にいるベルカにアルヴィスを慎重に渡すと私から次男を受け取った。
この屋敷にいる誰よりも後に、我が子との面会を果たす事が出来た彼は、自身の息子を抱えながら、何か感慨に浸っている様子だった。とても感動しているように見えた。
「アルヴィスとユリウスか…。いい名だな…」
ボソリとアランがそう言うと、しばらく静かな時間が流れていた。
しかし時間になった。アランは無情にもロディさんに子供達を取り上げられてしまう。
「ロディ、頼む。少しだけでいいんだ。もう少しだけ子供達を見ていたい」
「ダメです。時間ですので」
ロディさんは子共達をあやしながら無感情にそう彼に告げた。
「父親は俺なんだ!お前はこの子達の父親ではないだろう!」
アランは悲痛な声を上げる。
「アラン様、お言葉ですが…。恐れ多くも私は心だけはもう十分に父親です。時間になりましたので」
ロディさんは無表情でアランにそう言い放った。
「ロディ!たのむ。もう少しの間だけだから!」
アランは縋りつくようにロディさんに訴えかけているが華麗に聞き流されている。
アランの悲痛な声が響き渡る中、ロディさんは子共達を私とベルカに引き渡すと無言で彼を引きずっていった。




