ロディの話1
※一部暴力表現があります。苦手な方はご遠慮ください。
長い屋敷の廊下を主人であるアラン様の少し後ろを歩いている。
玄関がある広いエントランスに出ると、いつものようにアラン様の奥方であるソフィア様の姿が見える。
今日も夫であるアラン様の見送りの為、静かに端に控えていた。しかし、アラン様の姿を見つけるといつも何かに耐えているような苦しそうな悲しい表情をする。
学園に上がる前は仲睦まじかったのに、今の二人の関係に胸が締め付けられる思いだった。
ここでこうしてお世話になる前、私は両親と共に大きな楽団にいた。
その楽団は街から街へと旅をしながら各地を巡業していて、行く先々の街では、いつも沢山の見物客で賑わっていた。
歌姫だった母はとても美しい人で、その楽団の看板スターだった。父は楽器の名人で様々な楽器を自在に奏でる事が出来た。二人は他の楽団員がうらやむほど仲睦まじく、私は彼らに沢山の愛情をもらいながら育った。そうして成長するうちに、芸達者な両親に憧れて自分も将来、彼らのように芸を磨き、一人前の芸人になりたいと思うようになっていった。母譲りの美声は自分の自慢で、楽器の練習も頑張れば頑張るほど、成果は目に見えるように上がり、充実した日々を送っていた。そんな毎日が当たり前のように続くと思っていた。
しかし、そんな毎日は唐突に終わりを告げた。
ある日、いつものように街から街へ移動中、私達の楽団は突然現れた賊に襲われたのだ。
道を塞ぐように現れた沢山の賊は私達の馬車を取り囲むと、躊躇なく襲い掛かってきた。
一座の移動には腕の良い護衛をつけていたし、武器も常に常備していたので、すぐさま護衛と楽団の男達は武器を手に取り、応戦を開始した。一緒に応戦に出ようとした私を父は叱り飛ばして、車内に残るように言って出て行った。それが父を見た最後にだった。
まず真っ先に手練れの護衛が殺された。賊の数には到底かなわなかったのだ。
必死の抵抗も虚しく、武器を手にした楽団の男達は次々と殺されていって、最後に残った父は沢山の賊達に囲まれて弄ばれるように殺されていった。
それからすぐに前方の馬車から悲鳴が上がると、私達の乗っていた馬車にも賊達が次々と車内に乗り込んできた。
上がり込んできた賊達は容赦なく手近な団員から惨殺していく。私の他に、何人かいた子供達は真っ先に捕まった。私は小さい子達を守ろうと必死に抵抗したものの、腕っ節が太い大人の男の力に抗える事はなく、全身を何度も激しく殴られたあと、激痛が走るほどがっちりと両手足を縛られてしまった。まったく身動きが取れない状態のまま外に出されて、そのまま他の子供達と一緒に馬車の車体に縛り付けられて放置された。
頭を強く殴られた衝撃で朦朧とした意識のまま、団員達が殺されていくのを、ただ黙って見ている事しか出来なかった。
子供達のすすり泣く声だけが聞こえていた。みな体を寄せ合ってガタガタと震えている。
そうして辺りが静かになった頃、私達子供の方を見ながら、賊達がなにやら話をしている。
私達は横に一列に立って並べられた。それから賊のリーダ一らしき人物がゆっくりとこちらに近づいてくると、唐突に一番端にいた子の胸を刺して殺した。
そうして端から順に次々と子供達を殺していったのだ。無情すぎる現実を、受け止める気力はもうすっかり残ってはいなかった。ただ茫然としていると、すぐ隣から生暖かい液体が顔に飛んできて、同時にドサリと崩れ落ちるような音が聞こえた。
最後に自分だけが残っている事に気がつくと、いよいよ次は自分の番だった。絶望して諦めかけた時だった。
たくさんの馬の蹄が地面を蹴る音が聞こえる。それと同時に大勢の人の怒号が聞こえた。さっきまで威勢のよかった賊達は分かりやすく狼狽え始めて、散り散りになっていく。
偶然にも近くを通りかかった騎士団によって、瞬時に賊は全て討伐され、間一髪で私は命を救われたのだった。その後の記憶はない。気が付くとベッドの上で目を覚ました。すぐ近くに、あの時、先頭に立って騎士団を先導していた騎士がいた。その人物から団員全員が死んだことを聞かされた。私の世話をしてくれた人によると、あの時の私は生きているのか死んでいるのかよく分からない状態がしばらく続いていたと話してくれた。
その後さらに知った事実によると、目が覚めた時に傍にいた人物はドリュバード家当主でアラン様のお父上でもある侯爵様で、あの騎士団は彼のものだと聞かされた。
あの日侯爵様に救われた私は、その後アラン様の従者として侯爵家に仕えることになる。
命を救ってもらい、その上行き場を失った私を拾ってくれた侯爵様に報いる為、精一杯お仕えようと、その日から私は心に誓った。
しかし、命を救われたあの日からずっと、両親と団員達が惨殺されたあの日の悪夢を、毎日夢に見るようになっていた。
その中で聞こえる断末魔がずっと私に囁くのだ。どうしてお前だけが生きているのかと。
命を助けてもらったことは感謝していた。でも何故、自分だけがのうのうと生きているのか。あの時両親や仲間達と一緒に殺されていれば良かったのかもしれない。そう思うようになっていった。
そうして毎晩決まったように夢に見る地獄絵図の中の泣き声や、断末魔に魘され続けた私は、精神的にも肉体的にも、もう限界だった。
あの日、顔色が悪いからと休むように言われて、使用人寮に戻る途中だった。ふと庭の花壇に咲いている花の中に母が好きだった花を見つけた。
しばらくその花を眺めていると無意識に母がよく歌ってくれた歌を口ずさんでいた。
「綺麗な声ですね」
ふいに後ろから声をかけられて飛びあがるほど驚いたが、振り向いた先には穏やかに笑う可愛らしい少女がいた。その方がソフィア様だった。私が9歳の時だった。
「あの…。迷惑じゃなかったら…。その…。…もっと歌を聞かせてほしいのですが…」
少しはにかみながら、恥ずかしそうに私を見て、静かに返答を待っている。
思いがけない問に、しばらく茫然としていると、やがて彼女は真っ赤になって焦り始めた。
「えっと…あの、す…すみません…!」
そういって去って行こうとする彼女の背中に、私は思わず声をかけていた。
「…はい…!私の歌でよければ…」
慌ててそう返答すると彼女は驚いたように振り返り、私を見ると、ぱっと花が咲いたように笑ったのだ。
そうして私が歌うと、とても嬉しそうな表情で自分の歌を聞いてくれたのだ。
その日を境にソフィア様が屋敷を訪ねてくると、決まって私に歌を歌うようにお願いをしてきては嬉しそうに聞いてくれるようになった。
こんな私でも誰かに少しでも喜んでもらえるなら、生きている意味はまだあるのかもしれない。
そう思えるようになっていった。




