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閑話


 辺りは薄暗い。

 女が一人冷たい石畳に膝をつき、後ろ手に縛られている。



 しくじったわ!あの女がそんな手を使っていたなんて!こんなところであの女に負けるなんて…。

 でもこれで、最悪のシナリオから二人を守る事ができた。

 二人に辛い運命を背負わせてしまったのは私のせい。あぁ。ごめんなさい。ごめんなさい…。



 万が一の為にあれを仕込んでおいて良かった。


 あの時仕込んだあれがうまく動いてくれるといいのだけど…。

 それまでどうか…。どうか二人とも負けないで…。




 彼女は誰もいない薄暗い場所で一人、項垂れながらそんな事を思っていた。




 ヒールの踵をカツカツと鳴らしながら女が近づいて来る。その後ろには大柄な男を一人伴っている。

 やってきた女は縛られてる彼女を見下ろしながら、嘲るように問いかけた。


「…無様ね…。あなた如きが私に勝てるとでも思っていたの?」


「…」


「その顔。相当悔しそうね。ところで貴方、本当は何者?」


「そんな事どうでもいいでしょう!それより、これから私をどうするつもり?」


「そうね…。殺しはしないわ…。殺したらさすがの私も目覚めが悪いもの。そのかわり、あなたは今からすべてを失うの。地位も家族も友人も。その名前さえも全て」


「どういうことよ!」


「フフッ…。まぁ焦らないで。すぐわかるから」


 そういうと女は微笑を浮かべて液体の入った小瓶を取り出す。


「今からこれを飲んでもらうわ」

 

 表情一つ変える事なく黙って女の隣に立っていた男に女がその瓶を手渡した。

 女が男に目で合図を送ると、男は彼女の顎を乱暴に掴み、無理やり口をこじ開けると、もう片方の手に持っていた瓶の中の液体を彼女の口の中に容赦なく注いでいく。


 無理やり口の中に大量の液体を入れられた彼女は、ゴホゴホと激しく咳をしている。咳で吐き出してしまった酸素をすぐに取り込もうとするが、呼吸をする事もままならないほど、ひどく苦しそうだ。

 それでもなんとか呼吸を繰り返し、ようやく楽になってきた頃、彼女は突然床に倒れ込んで動かなくなった。

 





 ガタンガタン………。彼女は酷い音で目が覚める。どれくらい眠っていたのか分からない。固い木の板の上に横たわっている。上体を起こして辺りをよく見ると、どうやらそこは荷馬車の中の様だ。ひどい悪路を猛スピードで走っているようだ。揺れる度にその衝撃が体全体に伝わる。


 意識はまだ朦朧としていて、馬車の揺れがそれに拍車をかけている。フワフワとした嫌な体感がしていた。

 しばらくして急に馬車が止まった。


「おい、出ろ!」


 彼女は男に無理やり荷馬車から引きずり出される。


「痛い!」 


 男はそのまま彼女を乱暴に地面に放り出すと、すぐに馬車に乗り込み、走り去ってしまった。




 残された彼女は突然の事にただ、唖然としていた。

 訳も分からないまま、その場に座り込んでいると、そのうち徐々に冷静さを取り戻していく。


 ここはどこだろう。どうしてこんな状態になっているのだろう。記憶を手繰り寄せようとした時、彼女はある事に気が付いた。

 目覚める前の記憶がまるでないのだ。そうしてまた新たな疑問が浮かぶ。


 彼女自身についてもその記憶がないのだ。


 私は一体何者なのだろう。


 そんな事を考えている彼女の目の前には、寒々とした深い森が広がっていた。




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