1話
本編の改訂版です。加筆修正をしているので本編とは内容が若干違いますが、あくまで改訂版なのでご理解、ご興味頂けたら幸いです。
喝采が上がった。沢山の人々の歓声が聞こえる。
広場を埋め尽くす大勢の人々の視線は、城のバルコニーから手を振る二人の男女に注がれている。
二人はこの国の王太子と王太子妃だ。今日は二人の婚姻を祝したお披露目会が催されているのだ。
私が今いるこの場所は王宮内の広場で、今日一日だけ特別に一般開放された城門からは新しい王太子妃を見ようと、沢山の人々が列をなして歩いている。
大きな花火の音と共にフラワーシャワーが舞い上がると、噴水の水飛沫が光に反射してキラキラと輝いて見える。
目の前に広がるその美しい光景を、私はどこかで見たような気がした。
どこで見たのだろう…。そんな事が何故かとても気になってしまった。気がつくと私は記憶を巡らす事に集中していた。
様々な記憶が浮かんでは消えていく。それを何度も繰り返した。どれくらいそうしていたのか分からない。突然、頭の中でバチンと何かが弾けるような音が響いた。
その瞬間、体験した覚えのない様々な記憶の断片がものすごい勢いでグルグルと頭の中を駆け巡った。同時に私が私ではなくなるような、そんな不思議な感覚がした。
あぁ、そうだ…。思い出した。
以前の私は別の世界で生きていたのだ。
私は日本という国に生まれて、明るくてやさしい両親と可愛い妹がいた。22歳で結婚してその後男の子を一人生んだ。私の夫だった人は小さな頃からの幼馴染で、穏やかで優しい人だった。私はその世界でとても幸せに暮らしていたのだ。しかし、ある日突然、事故死してしまった。私は25歳でその世界から去った。
そして今、私が生きているこの世界は信じられない事に乙女ゲームの世界なのだ。
今この瞬間、この場面はその乙女ゲームのハッピーエンドスチルによく似ている。
私はゆっくりと目を開いた。
この世界は前世の私の妹が熱心にプレイしていた乙女ゲームの世界に他ならない。全てがそのゲーム内容と酷似しているのだ。私はそのゲームにさほど興味は無かったものの、妹がいつもそのプレイ内容を楽しそうに話すものだから登場人物や関係性など、知らぬ間に覚えてしまっていたのだ。
ある時、妹が私に嬉しそうに見せてきたエンドスチルが今、この瞬間だ。
幸せそうに見つめあっている男女の一人はサラサラのブロンドヘアーにアイスブルーの瞳の美男子。この国の王太子でメインヒーローのアルフォンス・リフォルドだ。
その横で幸せそうな笑みを浮かべている少女はゲームのヒロイン、マリアだ。
チェリーブラウンの髪が特徴的で小動物のように庇護欲を掻き立てられる可愛らしい顔立ちをしている。
その後ろで苦々しい表情でマリアに深い恋慕の情を向けている濃紺の髪の男は侯爵嫡男であり騎士団長の息子で、私の婚約者。そして攻略対象者の一人、アラン・ドリュバードだ。
そして私はアランルートで登場する当て馬役。名前はソフィア・アルバンディス。
ゲーム上では、長い間アランに想いを寄せているただの幼馴染という、よくある関係設定だった。
ゲームの攻略対象者は全員で5人、メインヒーローの王太子アルフォンス・リフォルド、私の婚約者でー騎士団長の息子アラン・ドリュバード、宰相の息子オズワルド・レイモンズ、マリアの幼馴染で魔導士のルルド、最後の五人目は私の弟で侯爵嫡男のロイド・アルバンディスだ。かわいいワンコ系年下キャラという位置づけだ。
ゲームのシナリオはこうだ。平民のヒロインマリアは幼少の頃不慮の事故で両親を亡くしてしまう。
そのため彼女は幼少期から孤児院で育てられ15歳になったある日、偶然にも珍しい特殊能力がある事が判明する。そのため急遽、国の命によりゲームの舞台である王立学園に入学することになるのだ。
私はソフィアとしてこの世界に生まれ、ソフィアとして経験を積んで今の私がいる。
ゲームではない、リアルな世界がそこにあって現実に人が生きている。
前世の記憶にあるバーチャルなこの世界と、今、目の前に広がっている現実とが頭の中でゴチャゴチャになっている。
記憶を取り戻す前の自分と今の自分、まるで人格が二つあるような不思議な感覚だった。記憶を取り戻した今、人生経験値は17歳プラス25歳なのだ。突然、経験値がはね上がってしまった私という人格が新たに生まれたような感覚だった。
通常ではない精神状態に陥っている今の自分が平静を装ってこの場に立てているのか不安になる。
深呼吸をしてもう一度目を瞑ると、前世の自分の経験と性格が今までのソフィアの人格と融合して少しずつ冷静に頭が回るようになってきた。
冷静な思考になった今、それまで苦しくて悲しくて目を背け続けた婚約者のアランの事を考えてみた。