9 山割れて、脳筋夢破れる
権力と財力を手にした転生知識チートは無双である、わはは。
提案すれば後は専門家が進めてくれるので、私はお父様達と一緒に流れを確認し、気になった点を指摘するだけ。
保育所は地区の名前をつけた〇〇学園となりまんま小学校のような構造で落ち着いた。平屋で教室相当の部屋を人口に合わせて作り、給食室と広めの体育館も併設している。庭も広く遊具もある。
子供達への給食は資金的な問題があるが、お米を活用することで予算内におさめられそうだ。家畜の餌だと嫌がる人もいそうだが、栄養価で劣っているわけではない。むしろ安くて堅い黒パンより、おにぎりのほうが美味しい。
製紙工場のほうは学園よりも早く話が進み、国境都市の外れに工場と寮が作られた。
前世では繊維を取り出すのに薬剤を使っていたと思うが、こちらでは魔法で代用する。木材は今のところ豊富にあるので、力自慢の伐採チーム、細かい作業が苦手な木材粉砕チーム、ひたすら木材を煮るだけの…と、適正に合わせて作業を分業している。
魔力量が多い人は漂白、抽出を担当し、紙にする作業は繊細な魔力操作が必要となるため、そこだけは技術職となる。が、慣れだ、慣れ。
私も最初から上手に紙を作れたわけではない。飽きることなく毎日、毎日頑張っていたから作れるようになったのだ。
紙が完成したら次はスクロールである。
私が作っていた治癒スクロールはスクロール熟練者でも一時間はかかることがわかった、かかり過ぎである。が、短縮することは不可能に近いと言われた。
絵を描くことが好きで、細かな作業も好きで、単純作業が続いても苦にならない性格。
そんな変態はいない。って、即答されたよ、ここにいるのに。
で、変態を探すよりはもっと簡単な方法で、早速、分業作業を試してみた。決まった場所に一分程度で終わる模様を描くだけなら、わりと誰にでもできる。
結果、シンプルな治癒スクロールならば効果が期待できるとわかった。細かな模様は均等に魔力を浸透させるのが難しいため、徹底的に効果を絞る。
解毒。止血。解熱。など、単純に一つだけ。
解毒は毒草、毒キノコの誤飲や食中毒に使える。
止血も作業現場に何枚か置いておけば、事故があった時に応急処置ができる。怪我によるショック死はどうにもできないが、出血による死亡は助かる率が格段にあがる。ひどいケガでも止血スクロールを五枚くらい使えば傷口はふさがる。
簡易スクロールの良い点は大人の手のひら程度の大きさで、十枚、二十枚と楽に持ち歩けること。ポーションを十本持つよりもかさばらないし、劣化も遅い。紙だから水に弱いが、濡れないようにしまっておけば一年や二年は余裕で使える。
もうひとつ、簡易スクロールは比較的安い価格で販売できる。私のてんこ盛り治癒スクロールは最低でも大銅貨一枚程度の価値があると言われているが、簡易スクロールはその十分の一、銅貨一枚程度での販売を考えている。
それでも採算はとれる計算だ。
ちなみに消毒は一般的に使われている浄化魔法で間に合うそうなので、止血の場合は浄化してから…と説明書をつけることにした、わりと大事なことなので。
こんな感じで好きなことをしつつ、ジェイデンとも交流を深めている。
そう、城のデートスポット、滑り台である。ジェイデンに抱えられて滑った、もうっ、これだけでも転生した甲斐があったというものだ。
「これは楽しいな」
「でしょう?我が城のデートスポットですからね」
「ふふ…、そうか。では初デートだな」
とか渋い声で言われるわけですよ、しかも滑った後にひょいっと抱き上げて。
「愛しの番殿の次なる野望は何だ?」
「野望って…、ないですよ。美味しいものを食べたいなって思う程度で…、そういえば海のお魚ってどこかで食べられます?」
川魚は手に入るが量が少なく城の食卓にはめったにあがらない。
「魚か?オレが往復すれば持ってこられるな。少し待っていてくれるか?」
待ちますとも、食べられるのならばっ。
元気よく頷くと、私を地面に降ろして飛び去っていった。
三時間ほどで戻ってきた。マジックバッグを抱えて厨房へ行き、魚を取り出した。
こ、これは…、三メートル超えでサイズがおかしいけど鮭っぽい。
え、こんなの、どうやって切るの?と思ったが、城には巨大な野生猪を捌く刀みたいな包丁がある。頭を落として、サクっと切り身にしてくれた。
切り分けられると鮭感が増す、艶肉はオレンジ色だ。
「料理長、お米、炊いてください。あと、魚は塩を振って網焼きで」
もうワクワクが止まらん、ついにおにぎりが最強具材を手に入れた、鮭おにぎりの誕生である、これは歴史に残る、間違いない。
ご飯が炊けて…、慣れた動きで料理長が鮭おにぎりを作ってくれた。
食べる。
美味しい、食べる。美味しすぎて顔が笑う。
「料理長~、嫁に来て~、最高に美味しい~」
「ははは、ジェイデン様に殺されたくないので嫁は辞退しますよ、残りはどうします?」
「バターで焼くのも良いけどシチューもいけるよね。でも、やっぱり塩焼きかな」
さすがに生で食べる文化はごく限られた地域だけらしく今回は諦めた。
「あ~、美味しかった、ジェイデン様、ありがとうございます!」
「魚が好きならまた獲ってこよう。ほら、嫁ならオレのほうが良いだろう?」
「そうですね、ジェイデン様はいいお嫁さんになりそうです」
自分から言い出したくせに、いや、嫁は…婿のほうが…とブツブツ言っているのを無視して、残った鮭の調理方法を指示した。
こんな感じで私は楽しく生活をしていたが、実家はわりと困窮しているようだった、公爵家なのに、さすが名ばかりの家。義母の散財を許すからだよ、たいして資産、ないくせに。
フォーサイス公爵家とは接触しないようにしてきたが、お母様が私の事を心配して密偵を放ってくれた。
報告によれば私が行方不明となった後、ゾーイも逃げた。公爵家の仕事を放り出して、単身、逃げ出した後の事はわからない。調べるほどのことでもない。
ただ…あの性格のままなら、幸せにはなれないだろう。裕福になっても、結婚しても、永遠に現状に不満を持つタイプだ。
ゾーイからの連絡が途絶えた事に気づき、公爵家が別邸を調べに来たのはなんとその年の冬。
私が旅立ったのが春で、夏に毒物混入事件があり、冬に婚約をした…まさに婚約が結ばれている頃、やっと私がいない事に気がついた。というか、ゾーイが逃げた…ってことの方が先らしく、やばい、イザベラ骨になっているかも…と別邸の中を調べていない事に気がついた。
逃げ出すとは思っていなかったようだ。
一応、捜してはいるようだが、見つかるわけがないよね。なんか逃げる時にあれこれ気を回していた私がアホみたいだ。
魔法で記憶や痕跡を消さなくては、キリッ。
とか、必要なかったよね、警戒しまくっていたこっちが恥ずかしいわ。
半年も過ぎれば立ち寄った村の人達、何もしなくても忘れている。
公爵令嬢が行方不明って、わりと大事件だと思うけど、さすが私よりもアホなフォーサイス公爵家、影武者を立てましたよ、イザベラの。
現在はイザベラ(偽)が公爵家のご令嬢としての教育を受けている、なに、それ、私は受けていないのに、ほんと、頭、おかしい。
さて頭がおかしい人達のことは忘れて、現在、冬を満喫中。
辺境伯家の別荘がある雪山にジェイデンとメイド、護衛達と来ていた。
別荘では先代の辺境伯夫妻が暮らしていて、私に会うために国境都市に戻ってきて、そこで別荘が雪山の中にあると聞いた。
歩けば二日と聞いたが、移動する者の三分の二が竜人。空を飛んで移動すれば一時間程度とのこと。人を運ぶための抱っこ紐のようなものがあり、私はジェイデンに運んでもらった。
空を飛ぶのはすこし怖いが、初心者向けの速度と高度で飛んでくれて、風の魔法と結界で寒さもやわらいでいる。
メイドの三人は護衛騎士達にそれぞれ運んでもらった。
別荘がある雪山も辺境伯領で、魔物もいるので一人で遊びに出るなと念押しされる。
「別邸は防御結界が張ってありますからね。まぁ、ライの場合は最強の護衛がいますが…、それでも何があるかわかりません」
おばあ様に言われて頷く。
「大丈夫です、私の一番の目的は温泉ですから!」
そう、温泉。あるんですって、温泉。そりゃ、行くしかないよね、だって温泉だもの。
「そういえばそうだったわね…」
「はいっ。とっても楽しみです」
別邸にも使用人が十人ほどいて、竜人が半数を占めて年齢が高めだ。
そういえば祖父母って何歳?ミールにこっそりと聞くと、お二人とも推定七百歳前後。生粋の竜人は妊娠がし辛い体質で結婚して五百年子供ができないことも珍しくないそうだ。そして妊娠できる期間を魔法で調整できる。
嫁が人族の場合はどちらの種族特性が出るか博打となるが、過去の事例では比較的良いとこ取りの子が多いらしい。
獣人の肉体と人族の頭脳が良いとこ取りの見本と言われている。
いや、人族にもアホな子はいるからっ。
ともかく温泉ですよ、温泉、何、一緒に入ろうとしているんだ、エロオヤジ、私に混浴は早いに決まってんだろ。素晴らしい肉体美なのは認めるけど、やめて、脱がないで、鼻血出るから。
「出てけ、変態」
と、私に言われ、ジェイデンは諦めて立ち去った。
「まぁ、王兄殿下はライの言う事をちゃんと聞くのねぇ」
おばあ様の言葉にミールが頷く。
「思っていたよりも聞き分けが良いですよ」
「そうですね。私も盾として腕の一本や二本、覚悟していましたが、今のところそこまでの緊急事態はありません」
ミールとタフィに怪我をさせたら、最低でも一年間『私は幼女を襲った変態です』って首に看板ぶら下げて生活してもらうから。って、言ったからね。
「ふふ…、でも王兄殿下、時々、握り拳を作って震えていますよ」
『婚約者が可愛すぎる』
「って、呟いているの聞いちゃいました」
人族のサラに聞かれているの、恥ずかしくないか?わりと大きな声でダダもれってことだよね。
「竜人は番に弱いのよねぇ。私も若い頃は大変だったわぁ」
結婚すると一年間くらいは寝室から出られない。お母様は今も軽く軟禁状態だ。しかし学者気質なため、新しい本さえ買ってくれるのなら不満はないと話していた。
「私も軟禁は大丈夫です。スクロール描くの、楽しいし、本も好きだから」
「そういえば治癒スクロールの話、聞いたわ。この別荘でも何枚か買い取りたいのだけど」
孤立しやすい山の中だ。緊急事態に備えたい。
「いいですよ。それなら新しいスクロールも描きましょうか?保温…は難しいから冷気対策かな。寒い地区でのトラブルと言えば寒さですからね」
早速、図書館で調べねば。
冷気遮断…を効果二十四時間で、あとは面積というか体積の計算だね。
六畳くらいの立方空間を冷気から二十四時間守る。
面積を広げると安定しないため、そこにこだわるのはやめた。面積を広げたければ二枚、使えば良いもんね。
魔法陣は芸術だ。模写するだけだが、一定魔力で正しく描ききらないと効果が薄い。最悪、まったく反応しないこともある。
丁寧に均一の魔力をこめて描ききる。
何枚か練習し、効果を確認してから十枚ほど作った。もちろん治癒スクロールも数十枚。こちらは達人の域に達しているから簡単だ。
「器用なものだな。我が番は愛らしい上に類稀な才能もある」
ジェイデンの声に机から顔をあげた。疲れている時はタフィのお胸が最強の癒しだが、イケオジのあまやかしもなかなかのものだ。
「集中していたら疲れました」
両手をつき出すと、ひょいと抱き上げられた。
「最近は可愛らしくあまえてくるようにもなった」
「疲れたので自分で動きたくないだけですよ」
ジェイデンがサラに飲み物を頼み、寝室に戻るとハチミツ入りのミルクを運んできた。
ジェイデンに抱っこされたままソファに座り、面倒なのでミルクも飲ませてもらう。
元気な時なら恥ずかしさでのたうち回りそうだが、今は疲れている。ジェイデンにもたれかかって目を閉じた。
夜中に物音がしたような気がしたが、サラに『大丈夫ですよ。眠っていてください』と言われ眠気に負けた。
スクロール作りで使う魔力はたいしたことがないが、集中を持続させるのに精神的な疲労を伴う。今回は新しい図案を試したのでいつもより疲れていた。
身体は十一歳になったばかり。
疲労の蓄積は成長の妨げとなるため、夜はたっぷりと眠るようにしている。
そして朝。体を起こすとメイド達が居た。
「おはようございます」
いつものように顔を洗い身支度を整えると部屋まで朝食を運んできてくれた。
「今朝は一人で?おじい様達は?」
「朝食の後、説明しますよ」
サラがいつものようにニコニコと笑っているが、獣人二人はピリピリとしている。特にミールの耳が『エマージェンシー』って感じで細かく動いている。
早く聞きたいがこの部屋を見る限りおかしな点はない。それにご飯は大切だ。今朝はチーズ入りのオムレツと野菜スープ、ふわふわの焼き立てパン。ベリーのジャムを添えて美味しくいただく。
ご飯の後、ゆっくりとホットココアを飲んだ後、タフィが私を抱き上げた。
「外は少々、歩き辛い状況なので」
サラは留守番でミールが先導しタフィに連れられて外に出ると。
山が…、割れていた。
物理的に。
何、これ、漫画?ここでスーパーナントカ人が戦ったの?
聞けば犯人はナントカ人ではなくジェイデンだった。しかしジェイデンもいきなり山を割るような真似はしない。特に最近は乱暴な事をすると番に怖がられる、嫌われると理解してとても紳士的だ。
「えっと、推測するね。別荘の上がパカッと割れているから…、雪も別荘を避けて雪崩みたいに崩れているね。ジェイデンが雪崩に気がついて、屋敷を守ったって感じかな」
「雪崩には私も気がつきましたし、別荘で働く者の中にも察知した者が何人かおりました」
ただ規模がとんでもなかった。別荘を丸のみしそうな勢いで結界も追加の防御魔法も気休め程度にしか思えなかった。
そこでジェイデンが雪崩を真っ二つに割った。
普通、割れるものではないが、物理と魔力のゴリ押しで割った。
勢いあまって地面もちょっと割れた。
で、別荘は雪崩の被害から逃れたが、山のふもとには村がいくつかある。現在、竜人が総出で被害の確認に出ていた。
「夜のうちから救出に向かっていますから、そろそろ報告が…」
ミールが割れた山側に視線を移した。
「竜人の気配がします」
タフィも頷く。
「村人…ではなさそうですね」
「そう、ですね。騎士に似た強い気配です」
え、それ、まずくない?別荘にいる竜人、出払っちゃっているよね。護衛騎士の姿も今朝から見ていない。
「何人…、五人います。竜人が五人です。目視できました」
私には割れた雪山にしか見えないが、ミールの目には見えているようだ。
「やはり標的はライ様ですか、あとはよろしくお願いします!」
「任せろ!」
それまでまったく気配を感じさせなかったジェイデンが屋敷の陰から飛び出してきた。
「愛しの番の、健やかな安眠を妨げる者は、何人だろうと、許さーん!」
そ、そうだね、子供はよく寝たほうが良いよね、寝る子は育つっていうし、できればお胸もタフィくらい育つと良いな、夢くらいみたってイイじゃない。
婚約者のカッコイイところを見学~と思ったが、力の差がありすぎたのか十秒くらいで終わってしまった。五人が屋敷の庭に放り投げられ、きれいに積み重なった、漫画かっ。
ミールが顔ぶれを見て。
「ザーサイ子爵家と似た思想の方々ですね。竜人至上主義の方達です」
「え、それなら私が跡継ぎでも問題ないよね。ジェイデン様の婿入りが決まっているのだから、武力的な実務はジエイデン様が仕切ることになるよね」
「それは、それ。これは、これ。王兄殿下は歓迎するけど、跡継ぎは身内からってヤツじゃないですか?」
「いや、私がいなかったらジェイデン様もここにいないよ」
ミールとタフィがふっと笑った。
「考えられる脳みそがあったら、前辺境伯様の別荘を狙いませんよ」
「この人達、国境都市の王城より警備が手薄、雪崩なら不幸な事故で片付く、とか、そんな思考ですよ」
ジェイデンが戻ってきて、何も言われていないのにタフィが私をジェイデンに渡した。ジェイデンも当然という顔で受け取る。
「残党はいない。これで全員確保できただろう」
「まだしばらく、竜人至上主義者が突っかかってきそうですね」
「ははは、我が番に牙向く者はオレの敵だ、ぶっ潰す」
ジェイデンが言うと物理的にも潰されそうだ。
しかし非力な転生者としては心強い。当初の目的通り、是非、私を溺愛してくれ、ふはははは。