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8 重い愛は全力で利用する方針です

 辺境伯領での私の知名度が爆上がりした。

 子爵家が起こした浅はかな事件は王都にも報告され、しかし死亡者ゼロで早期解決したためこれといったお咎めはなかった。お父様が言うには『ボールドウィン公爵が口添えしてくれたのでは』とのこと。

 そう、辺境伯の下につく貴族が不祥事を起こした場合、その上の辺境伯も叱られてしまうわけ。部下の失敗で上司が取引先に詫びる、みたいな?

 王都から形式だけの調査官が来たので、治癒スクロールを三百枚ほど渡しておいた。穏便に済ませてくれてありがとう…というお礼と、公爵を婿にもらう予定だけど、うちは王家と仲良くやっていきたいからね。という賄賂でもある。

 担当者が大量の治癒スクロールに目を丸くさせていたよ、効能を聞いてもっと驚いていたよ、有事の際には五千枚は手配できると伝えたら手まで震えていた。

 王都の調査官が去ると今度はボールドウィン公爵家から婚約の申込が正式に届いた。ライ宛なのでそんな息子はいません。と、断ることも出来たが、承諾することにした。

 お父様達に何度も念押しされて、メイド達にも心配されたが…。

 断れなくもないが、番を見つけた竜人は本当にしつこい。ストーカー行為を自然にしてしまう程度にはおかしい。十歳児を遠くから見守る五百歳、うん、変態さんだ。

 でもさ、私以外にはバレバレだったようだが、一応は遠慮して遠くから見守っていたのだ。

 そして危機が迫った時、一瞬にして敵を排除してくれた。

 あの時、犯人を殺すな。と言った言葉を受けて、シュウマイ君だけでなくその一味…、不審な動きをしていた者達も捕まえてくれたとか。シュウマイ君、手に包帯巻いていたけど、なんか指が足りないような気もしたけど、生きてはいる。

 後日、護衛騎士のお兄さんが教えてくれた。

 シュウマイ君は自身の強さに誇りをもっていたが、利き腕の指を失くしたことで今までのように剣をふるうことが難しくなった。

 強さこそが正義であり、己の全てであったのに、明らかに弱くなってしまった。

 鍛え直して新しい武具や技を身につけることもできるが、シュウマイ君にその機会が与えられることはない。魔力を封じられ、鉱山での強制労働が決まっている。反省して頑張れば五百年くらいで許される…かも?という、終身刑に近い判決だ。残念ながら過酷な労働環境では強靭な竜人族でも長く耐えられない。数千人の市民を危険な目に合わせたため、貴族の処罰に多い自死は許されず最も過酷な刑罰となった。

 私が突然、養子にならなければ起きなかった事件かもしれない。

 そう思う反面、それはそれ、これはこれ。私を排除したければ、市民を巻き込まず私を狙えば良い。返り討ちにしてくれるわ、お父様とジェイデンが。


「ところでライ様、そのシュウマイ君って…、シュウマのことですか?」

 おぉ、適当に呼んでいたので、そのまま口にしていたか。

「そうなんだけど…、厨房に行ってもいい?料理長に作ってほしい食べ物があるの」

 メイドと騎士で相談をし、ミールが厨房に『今から行くよ』と使えに行く。

 さぁ、念願の和製中華三昧ですよ。


 シュウマイ、餃子、春巻き、肉まんの作り方をざっくりと説明した。味付けも調味料の中から近いものを使ってもらう。レシピというほどのものではないが、今後の希望としてラーメン、チャーハンも伝授しておいた。

 チャーハンには本気で驚かれたけど。

 家畜の餌ではございませんよ。お米は素晴らしい主食なのです。

 ということで、隠し持っていたお米も大放出し、その場で精米して焚いてみせた。

 料理長、驚いていたよ。ここの料理長も渋いイケオジで独身竜人なんだよ、結婚して。

「軟禁されていた屋敷には食べる物がなかったので、倉庫にあったこれを何とか食べられないかと試行錯誤して発見しました」

 料理長だけでなくメイド達にも『そんな苦労を…』と泣かれたけど、ごめん、最初から食べられるって知っていた。

「これ、非常食というか…、余っている地区もありますから、うまく保管しておけば飢饉の時に使えますね」

「前の飢饉は四百年前だな。オレはまだ子供だったが…、竜人でさえ何人も犠牲になった大飢饉だ」

 料理長、四十代半ばに見えるが竜人で四百歳オーバーか、私の大雑把なリクエストを笑って聞いてくれるのは経験値の高さゆえかな。竜人なのに料理人って珍しいなと思ったら、若い頃は狩りをしていたそうで、強い生き物を追い求めるうちに『どうせなら食べられる生き物がいいか』となり、『自分で獲って料理したら新鮮で美味いな』となった。

 今でも時々、狩りに出ているとのこと。

「そうだ、米に似た穀物でもち米って知りません?あと、小豆」

 料理長は探しておいてくれると頷いた。最近、出入りし始めた商人がなかなかの目利きらしい。

「ライ様の発案は面白いからな。料理レシピが増えるのも良いことだ。しかもその、米を使った粥?ってのは弱っている人間でも食べられるんだろ?竜人以外はたまに病気で寝込むからな。覚えておけば役立つ日もくるだろう」

 やったね、これで朝食になんちゃって中華粥が出てくる日がくるかも。


 数日後、出てきた。私の食卓ではなくお母様の食卓に。

「慣れない騒動に疲れが出てしまったようで…」

 ベッドから起きられないお母様に卵粥を届けた。魚介からの出汁はないが、代わりに具を取り除いた野菜スープを使っている。

「これは…、どろっとした見た目ですが、口に入れるとほのかに甘くて食べやすいですね」

「胃腸が弱っている時でも食べられるものですよ。私も半年ほど、ほとんど食べるものがない生活で…、胃を慣らすために食べていたものがこれです」

「そう、ですか…。ライは本当に物知りですね」

 優しく微笑むお母様に『自分の力だけではない』と伝える。

「お母様が残してくれた部屋のおかげです」

「あの部屋を活用してくれたのがライのようないい子で良かったです。でも、スクロールはすこし作りすぎかもしれません」

「あはは、あれはもう極めた感があるのでそのうち誰かに伝授しようと思います」

 お金持ちがより裕福になってもつまらないので、貧困層で製紙からスクロール作りまでを事業として興せれば楽しそうだ、私が。

 転生チート感?ってヤツな。

 スクロール作りには適性が必要だが製紙はそうでもない。あと、刺繍を使ったマジックバッグも商売になると思う。

「ふふ、あまり無理をしてはいけませんよ」

「無理はしていませんよ。とても楽しいです」

 やりたいことはたくさんあるし、これからは…、イケオジ竜人との年の差恋愛婚もあるしね!


 本格的な冬になる前、ボールドウィン公爵が王家に爵位を返し、王兄へと地位を戻した。辺境伯家に婿入りする準備で、本人も辺境伯へとやって来た。

 王族なのでそこはかとなく偉そうではあるが。

「これから世話になる。オレの扱いには困ると思うが、多少の無礼は気にしないつもりだ。辺境伯からの要請にもできる限り応えよう」

 魔物の討伐や周辺国とのトラブルね。特に無理難題をふっかけてくる外国との交渉は『武力行使するぞ』と脅すだけで決着がつく。公式の場でなくとも王兄の言葉は無視できない。

「辺境伯家としての希望はライの意思を尊重してほしいと、それに尽きます。人は弱い。傷ひとつつけないつもりで接してほしい。精神面でも」

 ボールドウィン公爵…、ではなくオルティス竜王国王兄ジェイデンが神妙な顔つきで頷いた。

「私の希望は両親を、辺境伯家をないがしろにしないこと。私はこの冬で十一歳になりますが結婚どころか恋愛も早すぎます。十八歳になるまでは分別のある行動をお願いします」

「ライ殿が嫌がることはしないと誓おう。それと、これを」

 魔石がついた指輪を渡された。

 既に婚約の品として宝石、珍しい鉱石、絵画などの美術品を渡されているが、婚約指輪かな。

「婚約の指輪ではなく、攻撃魔法を即時発動できる指輪だ。オレが暴走した時に殴っても良いし、暴漢に襲われた時にも使える」

 違った、そんな可愛らしいものではなかった、イメージとしてはメリケンサック。殴った衝撃で発動する。

「ちなみに全力で殴ると…」

「オレの顔が変形する。それ位でないと、止まる自信がない」

 どんな自信だ、お父様も深く頷かないで、お母様、交際期間にこーゆうの欲しかった…って苦労したのですね。

「誠意ある行動をしていただけるのであれば婚約を受け入れます。これからよろしくお願いします、ジェイデン様」

 パァ…と笑った。

「嬉しそうですね。男は嫌ではなかったのですか?」

「そ、それは…、五百年も生きていたせいで凝り固まってしまったというか、王族だということで跡継ぎをとうるさく言われていてな」

 かといって番でもない相手と結婚する気もおきず、なんとなくダラダラと過ごし…、諦めかけていた時に番の匂いに反応した。

 文字通り全力で飛んで来て、そして…、いたのは痩せた人間の少年。

 竜人ではない、女性ではない、大人でもない、そして平民にしか見えない。

 竜人として、王族として、すぐに受け入れることができなかった。

「だが、どうしても気になって…、こっそりとライ殿を見守るうちに己の価値観にどれほどの意味があるのだろうかと考えさせられた」

 巨大ジャングルジムで遊ぶ大人と子供、文官も騎士も使用人も混ざってはしゃいでいる。毒物混入事件では難民村まで回り、丁寧に治癒して回った。

「番殿が男でも関係ない。オレは分け隔てなく誰にでも優しい君を誇りに思う」

「そうですか。ではその気持ちを忘れずに、私がライラに戻ってからも暴走しないようにお願いしますね」

 ん?と首を傾げた。

「なんだって?」

「エイブラムズ王国フォーサイス公爵家の娘イザベラが私の本当の名で、今はモンサルス辺境伯の娘ライラです。ワケあって息子ライとして生活していますが、いずれ娘であることを公表します」

 ジェイデンは口をパクパクさせて、目元を手で覆い、それからちょっと待て…みたいな感じで手を前に出して、深呼吸を繰り返した後、長く息を吐いた。

「すまん、外を一周して、頭、冷やしてくる」

 言うなり窓の外へと飛び出していった。


 一時間ほどしてジェイデンが戻ってきた。肩で息をしている。どんだけ興奮していたんだ、初日からこれで大丈夫か?

「落ち着きましたか?」

「あぁ…、すまない、あまりにも予想外だったせいで」

 ちなみに現在は私の私室に通している。と言っても、寝室ではなく応接間ね。寝室だけでも広々としているが、なんと応接間、書斎、パウダールーム、クローゼット、そして従者の部屋もあり、夜は昼のメンバーとは別の護衛メイドがついている。夜行性動物のようで、猫さんだったり蝙蝠さんだったり。あまり顔をあわせないがキュートな女の子達だ。

 めっちゃ強いらしいけど。

「君が女の子だということは理解したが、しばらくは少年として扱えばいいのか?」

「はい、このほうが色々と楽なので。正直、ドレスはあまり好きではなくて」

 可愛らしいものにはトキメクが、自分が身につけたいかというと、どっちでも。美人に生まれているとは思うが、男装のままでもお洒落はできる。

「そうか。わかった。オレは…、君が男でも女でも愛するし、その愛に差はない。ただ幸せにすることに全力を注ごう」

 おう、早速、愛が重いなっ。

「えーっと、ではざっくりと私の今後の計画をお話しますね」

 まず保育所の建設、それから子供への食育と読み書きなどの基礎教育支援。貧困層への仕事の斡旋も兼ねて製紙工場の建設とスクロール作り。スクロール作りは分業制にしたらどうだろうかと思いついたんだよね。それから備蓄米の確保と活用方法の提案。

「やりたいことが多いし、名が売れると敵も増えるし、あれこれと煩わしいことも増えそうですが、そこでジェイデン様ですよ、悪い虫を蹴散らしてくださいね、期待しています」

 ジェイデンが引き気味に頷いた。

「というか、ライ…殿」

「ライでいいですよ」

「ライ、君は本当に十一歳か?」

 だから、頭脳は、大人なんですよ、今は言えないけど。

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