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7 ナチュラルストーカー

 ミールの気配察知と私の探索で弱った人達の家を強制訪問、問答無用でのスクロール治癒。気分は隣の晩御飯である。

「お邪魔しま~す、部屋が散らかっている?大丈夫、大丈夫、何、寝てたの?」

 って、私がやられたら『大丈夫じゃないわーッ』と激怒案件だが、幸い、喜んでくれる人が多かった。

 護衛四人と獣人メイドの二人は始終ピリピリと警戒していたが、妨害してくる輩もなく、非常に快適、サクサクと治療が進み…。


「もしかして…、入国の時の?」

 難民村にスタンピードから逃げて来たご夫婦がいた。赤ちゃん、抱っこしてる、可愛い、女の子だぁ。

「無事、生まれたんですね!おめでとうございます!」

「その節は大変お世話になり…」

 私の服装やメイド、護衛達に戸惑っている。

「あの後、いろいろあって辺境伯様のお世話になっています。グレイも元気ですよ」

「あぁ、あの商人さんなら何度か会いましたよ。私達の事も気にかけてくれて…」

 何度か物資を運んでいるようだ。さすがグレイ、いい奴だな。

「井戸に毒物が混入されていたことはご存知ですよね。この辺りは大丈夫でした?」

「幸い、我が家は難を逃れましたが…」

 赤ちゃんがいるため多めに水を汲んで、使う時に沸騰させたものを冷ましていた。そのおかげで今朝は水汲みをしていない。

「何人か近くの治癒院に向かいましたが…、大丈夫でしょうか?」

 言いにくそうに『治療費が払えるかどうか…』と。

「今回は治療費を辺境伯様と役場が負担することになると思いますよ」

 そして難民村の中にまだ病人が残っているようなので治療するために回っていると。

 ドンッと地響きがした。

 患者さんの家の中にいたのだが、家が壊れないかとちょっと不安になる。木造平屋でプレハブに近い構造だ。

 ミールとタフィが今日一番の警戒を見せていた。


 ………何も起きなかった。


「ミール、何が起きたかわかる?」

「………強い攻撃的な思念を感じました。が、それを上回る『クズ』が来て、回収していきました」

 んん?なんだそれ、誰か攻撃しに来たけど、クズが回収って…。クズって回収される側だよね。

 首を傾げた私に、嫌そうに説明をし直す。

「気配だけなので断定できませんが、おそらくザーサイ子爵家のシュウマが一瞬でボールドウィン公爵に回収されたと思われます」

 ………え?

 ちょっと、何、言ってるか…わかったけどっ、え?ってなる。

「私達に危険は?」

「ありません。そもそもライ様が城を出てからずっとボールドウィン公爵が一定距離でついて来ていましたから。獣人ならその気配を無視して、近寄っては来ません。公爵は辺境伯様よりもさらにお強い上に元王族です」

 一対一での武力戦ではボールドウィン公爵が最も強いと言われている。それは人間である私にもわかる。

 会った時に『絶対に勝てない』と思ったが、どうしても戦う必要があるのなら罠や魔道具を大量に準備する。仲間も増やせるだけ増やして、一人で戦うことは避ける。

 ラノベのヒロイン達も武器と魔道具を山ほど仕込んでいた。

 治療が終わり家の外に出ると護衛達もミールと同じ事を言った。

「シュウマの気配を察知し、我々が剣に手をかけた時にはもうボールドウィン公爵がシュウマの首根っこを掴んで飛び去っていました」

「あっという間の出来事で…」

「オレはなんとか視認できましたが…、公爵、鬼の形相でした…。今頃、斬殺されているかも…」

「え、それは困る」

 犯人を殺して終わり…が一番、最悪な解決方法だ。もちろん状況に応じてやむなく…はあるが、今回は毒の生成、入手、入れ知恵したヤツから犯行手口と知りたいことが多い。是非、一族郎党、生け捕りが望ましい。

「殺しちゃ駄目ですよーっ、いいですかーっ、犯人は生かしておいてくださーいっ。犯人の仲間、協力者、全員ですよーっ」

 数秒後、ぼとぼとっと小さな何が地面に落ちてきたがミールがさっと私の目元を隠してくれたので見ずに済んだ。


 落ちてきたものは指だった、怖いわっ。


 事件は無事、解決へと向かっていった。もともと即死級の毒ではなく、時間の経過と共に悪化するように調整されていた。

 お父様が言ってたまんま、重症者が増え、混乱が深まった時に救世主の登場で一気に支持率をあげようとしたらしい。

 この世界、魔法もチートも番設定もあり、わりとなんでもありそうだが男性妊娠はない。ゆえに次の辺境伯は一族の中から優秀な者が選ばれる。

 予定だった。

 私が養女…表向き養子となり、跡取りレースのトップに躍り出なければ。

 ここで辺境伯の座を狙っていた人達、大慌て。ひょこっと現れた人族の小僧に奪われるなど、とんでもない。

 竜人こそ、至高の存在、最強、素敵、かっこいー。

 と、思ったかどうかは定かではないが、人族の小僧よりも自分達のほうが格上だと知らしめるために計画を起こした。

 一般市民を巻き込んだ理由も単純なもの。

 苦しんでいる時に薬を渡されたら、子爵の味方につくに違いない。

 もう、ね。脳筋すぎる、そりゃ、脳筋が多い種族だけど、きちんと筋道を立てて考える人もいるのに、なんでこんな残念な頭が集まった。

 あと、お父様を筆頭に強さを極めている人達は本能的な勘が鋭い。ミールやタフィも『良くない人』が大体、わかるという。

 井戸に未知の毒物混入でのこのこ特効薬持って現れたら、犯人だって名乗っているようなものだよね?助かった人達はともかく、調査している人達は『なんでその薬が効くってわかったの?なんでそんなピンポイントな薬を大量に持っていたの?なんで、なんで?』ってなるよね。

 そんな特別な薬だが、必要とされることはなかった。

 町の治癒院では患者があふれていたが、役場からの応援により軽症者が家に帰された。

 スクロールによる治療は屋外でもできる。もともと体力のある獣人は治癒魔法によりすぐに回復し帰っていった。そして動けない人達を治療院に運んで来た。

 このおかげで自宅に取り残されたまま…という人も助けることができた。

 役場にも苦情が殺到していたが症状が出ている人達はその場で治療したため、とりあえず怒りの矛先をおさめてくれた。そして重症者は治癒院に運ばれた。

 城のほうも大量のスクロールにより軽症者は即時帰宅、重症者のみ治癒師による治療で人があふれて混乱することもなく、また治療する側も落ち着いて対処することができた。


「スクロールに解毒の効能がついていたのが大きかったね。ついている効能は解毒だけではないようだが…」

 山羊先生の言葉に頷く。

「念のため、止血、解熱、解毒、麻痺緩和、鎮痛効果…とにかくつけられるだけ、つけておきました!」

 自分が使う前提で作ったものだ。そりゃ、万一に備えて機能てんこ盛りにするに決まっている。

「何故、そんなに盛りに盛ったのか小一時間問い詰めたいところだが、今回はそのおかげで素人でも軽症者のあらゆる不調に対応できた」

 辺境都市にいる治癒師は十数人。看護師はその三倍から四倍。

 治癒魔法が使えない看護師を除くと一人で二百人以上を診なくてはいけない。

 毒物が原因だったせいで通常の解熱、鎮痛の薬は効果が薄く、治癒魔法は乱発できない。魔力が多い私でもたぶん、二、三十人で限界を迎える。

 思った以上にまずい状況だった。

 治癒スクロールがなければ。

 おかしいだろ…と、二十代半ばの精悍な顔つきの男が言った。

「オレが解毒剤を持っていたことがおかしいと言うのなら、そのガキが解毒効果のある治癒スクロールを大量に持っていたのだって変だろ。何に使う気だったんだっ!?」

 今はボロッと血や土埃で薄汚れているが、シュウマイ君である。

 わりと男前なのに残念な人だ。

 この場には辺境伯であるお父様、文官の中から法務部門と市民部門のトップ、騎士団長とその下についている五人の副団長、それから山羊先生と、町の治癒院から代表が一人、数か所ある町役場の責任者…と、偉い人達が二十人は集まっている。

 ちなみにお母様はいない、お父様の過保護発動中で。

「私が大量に治癒スクロールを持っていたことと、貴方が井戸に毒物を入れたことって何か関係がありますか?」

「はぁっ!?そんな言葉で誤魔化され…」

「誤魔化そうとしているのは貴方でしょう。まず子爵家が結託して井戸に毒を放り込んだ。結果、被害者が多数出た。これが事実です。治療に何を使ったのかは犯罪に何の関係もありません」

 問題は誰が毒物を入れたか。そして、誰が被害にあったか。

「市民の命を踏み台に名をあげようとする人が辺境伯にふさわしいとは思えません。私以外の誰かが辺境伯を継ぐとしても、あなたでないことは確かです」

「…ッ、人族の、小僧が!!殺………」

 ズシッと部屋の空気が重くなった。

 うぉいっ、予告なしの威圧は心臓に悪いんだけど?

 ったく、困った公爵だなとため息をつくと…、異臭に眉を顰める。これは…、あれか、シュウマイ君、威圧をモロにくらって我慢できずにやっちゃったか。真っ青な顔でガタガタと震えている。

 触れないであげるのが親切だろうとそっと匂いだけ遮断する。

 私も怖いものが多いし、ごく平均的な人族の体力しかないし、攻撃力ゼロ、防御力マックスみたいな極端なステータスだけど。

『ライは弱いなりに、いつも最善を尽くしている。弱さを認め、他人に助けを求めることもできる。自身の生死がかかった緊迫した場面でも最善の策…、グレイの命を優先し私に頭を下げた。だから養女にすることに迷いはなかった」

 私が辺境伯になったとしても、足りない部分を補う人がいる。

 一人ですべてを背負う必要はない。

 お父様だって事務的な仕事はお母様に頼んでいる。

 シュウマイ君は助け合いではなく、オレが頂点。って感じだものね。いや、頂点ならまずお父様と一対一で戦おうか。話はそれからだよ。

 ちなみに私は迷わずジェイデンを召喚するね。遠くから威圧を飛ばしただけでこの結果だもん。適材適所ってヤツですな。

 などと考えていると。

「邪魔が入ったな。取り調べは騎士団に任せる。毒の出所と協力者を吐かせろ。事態の収拾は城の文官主導で行い、医療従事者達への報奨金も計算しておくように。ライ、こちらへ」

 お父様がひょいっと私を抱き上げた。

 先程よりは軽いがまた威圧が飛んできた。本当にストーカーみたいじゃん、どこにいるの?窓の外にいるのは間違いないが、姿は見えない。

「困った人だな…。ひとまずロシェルとお茶にしよう」

「はーい」

 こちらでのお茶は洋菓子と紅茶が多いが、いつか和菓子や中華菓子にも挑戦したいな。挑戦するの、城にいる料理人達だけど、頑張れ。


 お母様の部屋に向かうとすでにお茶が準備されていた。

 カップは四つ。

 ゆったりとしたソファの中央に私、その横にお父様とお母様が据わった。向かいの席は空いている。

 お母様がため息をついて。

「ライにまとわりつくの、やめていただけません?」

 言い終わると同時に窓からボールドウィン公爵が入ってきた。

 お父様に『警備は?』と聞くと『許可した』と答えた。

「城の外だけでなく城の中もウロつかれそうでな」

「それはもう犯罪者ですね」

「子供を狙う犯罪者など抹殺したいが、相手は公爵だ。できればこちらの手は汚したくない」

 聞こえてもかまわないため、普通に話した。ボールドウィン公爵はまさしく『ぐぬぬ』という顔をしている。

「それで何の御用ですか?まさか、我が息子に今さら用があるとか言いませんよね?」

「確か…、男の番は認められないとか。私としてもそんな狭量な方に子を託すのは不安です」

「男が駄目ということはお母様の存在も全否定ですね。お母様の敵は私の敵です」

「妻と子の敵は私の敵でもある。お帰り下さい。そして二度と我が領地に足を踏み入れないでいただきたい。ライは人族ですから、公爵でなくてはいけない理由がない」

 結婚することになれば親戚となる。義理の両親となるのだから、付き合いは避けられない。というか、私、ずっとここで暮らしたい。

 フォーサイス公爵家なんてどうでもいいし、ラノベの展開に巻き込まれる気もない。

 今がとても幸せで充実している。

 辺境伯領の気候や人柄、何よりご飯が美味しいので大好きだ。

「私は両親とずっと一緒にいたい。伴侶には辺境伯領での永住を望みます」

「そ、それは…」

「公爵様には無理な話ですよね?お引き取り下さい。言っておきますが、武力行使などしたら一生、何があろうと許しません。自害してでも抗議します」

 自害なんて絶対に嫌だけど、脅しだけど、ちょっと本気でもある。

 愛され幼な妻の幸せ軟禁生活はオッケーだが、強制〇〇種〇〇監禁ルートはカンベンしてほしい。

 公爵は『ぐぬぬ』から『しょぼーん』に表情を変えて。

「………わかった。永住だな」

 言うと、スクッと立ち上がった。

「辺境伯夫妻への無礼を詫びる。オレが狭量であったことも認める。謝罪の品は後日、用意させてもらおう。急ぎ、この地へ移住できるよう環境を整えてくる。しばし…、待っていてくれ。我が愛しの番よ」

 キリッとした表情でそれだけ言うと、窓から飛び去った。


 いや、ほんと、二度と来なくていいんだけど。


 思わず三人揃って茫然と見送ってしまったぜ。

「えっと…、辺境伯領に公爵が来ちゃっても大丈夫、ですか?」

「前例はないが…、ボールドウィン公爵には跡継ぎがいない。そもそも王家からの臣籍降下で結婚しなければ一代限りで終わる家だ」

 ジェイデン・ボールドウィン公爵は現王の義理の兄で身分が低い側室の子。

 先代の王が多情な人で、番と出会う前に何人かに手をつけてしまいその中でジェイデンの母だけが妊娠、出産した。

 その後、王に番が見つかり、現王バーナードが誕生した。

 公爵の母は竜人族の騎士で側室となってからも剣を持ち、正室が決まった後はその護衛として働いている。現在も。

 前王は隠居しているといってもまだ元気で、夫婦+元側室で仲良く暮らしているようだ、知らんけど。ほんと、どういった感覚だ、よくわからん。

 竜人はとても長生きする種族なので、公爵は推定五百歳、お父様も三百歳だ。そして番となり魔力を合わせると、竜人に合わせて番の寿命も徐々に延びていく。

 もちろん首を刎ねられれば死ぬし不治の病での病死もあるが、ほとんどの竜人が千年くらいは余裕で生きる。

 ザーサイ家のシュウマイ君は百歳前後で『いや、おまえが跡継ぎってあんま意味ないじゃん』という意見もあった。が、人族にその座を奪われるのだけは許せん。ということで、本当に単純だよね。

「つまり公爵家としての権利やら義務を解決で来たら、辺境伯領に来ても問題はない?」

「そうだな。戦力的には断る理由がない」

「年上の息子は扱いに困りそうですが…、ライを慈しみ、私達夫婦を認めてくださるのであれば受け入れるしかないでしょうね。あんなにあっさりと手のひら返しをされるとは思いませんでした」

「そうか?」

 お父様が笑う。

「遠くから四六時中、ライを盗み見ていたようだぞ。もちろんプライベートは見せないように防御していたが…。ライの快活さ、賢さを見て性別などどうでも良くなったのだろう」

「そうですね。遊具や保育所の提案に、大量の治癒スクロールですから…」

「ライは本当に賢く才能豊かだな」

 二人に褒められて嬉しいが、ちょっと後ろめたくもある。

 頭脳は、大人、ですからっ。

 いい子、いい子…と頭を撫でられても嬉しくなんか、めっちゃ嬉しいけど、恥ずかしい、あと、私の頭上でいちゃつくの、もっとやれ、フヘヘ。

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