6 偽救世主の作り方(雑)
その日からとても健康的な生活が始まった。
朝の散歩、朝食、座学、昼食、マナーレッスン、体力作り、夕食、就寝。
当初、体力作りは歩くだけだったが、あまりに退屈なのでバドミントンの道具一式を作ってもらった。言ってみるもので、かなりイメージに近いものが作られた。
あとは縄跳びとかサッカーボールとか。敷地があり余っていたので、ジャングルジムも作ってもらった。ちょっとした鉄の要塞で、滑り台とブランコも設置されている。
心は大人でも、三階の高さからの滑り台はめっちゃ楽しい。
テンション高く遊ぶ私に触発されたのかタフィも挑戦し、ミールとサラだけでなく護衛騎士まで『お嬢様の安全確認のため』と。いや、既に何度も滑って、安全だということは見てわかるだろう。
ちなみにお父様は遠慮するお母様を後ろから抱えて滑り、大層、楽しそうに笑っていた、くそぅ、リア充め。
側で見ていた護衛騎士達が『辺境伯様、天才か…』『お、俺も彼女ができたら…くぅ…』とか呟いていた。
ならばこの私が一緒に滑ってやろうと誘うと、ものすごい勢いで辞退された。
「そんなことをしたら殺されます!」
誰にだよ、お父様か?今は出会った時とは別人のように優しい。
現在は城内にいる子供達だけでなく大人達も一緒に楽しんでいる。特にすべり台は夕暮れ時に大人気だ、リア充共めぇ…。
私の体力作りのために作られたものだが、独り占めするようなものでもない。
高さがある遊具のため安全も考慮し、落下防止用のネットが張ってあるし、万一の時は防御魔法も発動するとのこと。
「この滑り台、夏はプール…池に落ちるようにしたら楽しいかも」
この発言により、現在、夏用の遊具が緊急開発されている。水に落ちるため地面よりは衝撃が少ないが、水に落ちた後が怖い。深く水に潜ると天地がわからなくなることがあるし、小さな子は大人の膝下の水でも溺れる。監視員が絶対に必要で、監視員がいない時は遊べないようにしなくてはいけない。
話し合いには私も同席した。当初、設計士や大工の代表者は『子供がいると邪魔くさいな』という目をしていたが、話し合いが始まるとすぐにシャキッとした。
大人として凡人な頭脳でも辺境伯家のお坊ちゃんにしては理解が早く賢い。
会議の邪魔などしないし、できる事、できない事をきちんと理解した上で『こうしたら?』と提案する。
「街中に設置するのなら、いっそ、子供を預けられる施設にしたらどうですか?有料で預かる代わりに保育士と看護師を常駐させます。保育料金は子供の年齢、親の収入に合わせて上流階級層の保育所は高級感あふれる建物や上級メイドの雇用、逆に下町の保育所は教会と併設すると良いかもしれませんね」
赤字経営はお断りだが、そこはお金を持っている人に寄付をしてもらえば良い。
話し合いに集まっているのは工事関係者だけでなく、都市内にある役場の担当者、城内の担当者…で十名ほど。貧困層だけでなく富裕層の役場の人にも来てもらっている。
「上流階級の子供達が保育施設を利用しますかねぇ…」
「しますよ。私が時々、通いますから」
おぉ…と、納得したように頷く。
お父様は街中を歩き回っているが、お母様はお父様がいないと城から出ない。今のところ私も城の中にいるが、既にお茶会などの招待状が多く届いているとのこと。
つなぎを作りたいのならば保育施設を利用すれば良い、ただし、高額な寄付をお願いね。という、双方に利があるシステムだ。
「上流階級の子息達は面倒な手間を省いて私に会えるし、私も『遊びの場』で素の子供達と会える。当然、性格の悪い子、狡賢い子もいるだろうが、施設には保育者、上級メイド、護衛も滞在させる。悪質行為が確認されたら退所という前提で受け入れれば、そう目立つ悪さもしないでしょう」
城で働いている文官…この方は下町の環境美化、整備を担当しているとのこと…も賛同してくれる。
「下町には片親家庭も多いし、貧困で子供が働いているケースも少なくありません。安心して預けられる場所があれば、悪事…、スリや置き引きも減る気がします」
スリや置き引きは子供も気軽にやっちゃっている。気軽にやっちゃいけないのだが、本人達にしてみれば『居場所がないし、食べなきゃ死ぬ』という理由だ。
必要に迫られた理由だ。
私もお腹を空かせていた時期があるから、気持ちはわかる。犯罪は駄目だけど、限界までお腹が空くと幻覚をみるんだよ、脳も食べ物のこと以外、考えられなくなる。で、目の前に食べ物があったら手を伸ばしてしまうよね。
「下町のほうは専門家と話を詰める必要がありますね。小さな子供ならばご飯が食べられて遊べる場だと思えば、来てくれるような気もしますが…」
「そうですね。特にあのすべり台は大人でもわくわくしました。実は辺境伯様を真似て妻と一緒に楽しんだのですが…、出会った頃に戻ったような気がして」
現在、奥様は妊娠中だそうだ、爆発しろっ。
「無法地帯とならないよう監督者、子供達の教育と安全のために保育者、人数に応じて看護師、それから安全のために衛兵の巡回が必要です。建物や遊具に安全対策を施すことは当然として」
「一番、難易度が高い人材は看護師でしょうか。竜人もですが、他の獣人も治癒特性を持った者が少ないのです」
治癒師として、看護師としての勉強はしているが、魔法での治癒ができない。なるほど、大丈夫、治癒魔法が使えなくても魔力さえあれば治癒魔法は使える。
「各施設に治癒スクロールを配布します。食中毒などは気をつけていても起きる事がありますし、出血や骨折、意識混沌等の場合も治癒スクロールで対応できますよね」
スクロールはコツさえ掴めば誰でも使える。
「それはもちろん…、しかし治癒スクロールも適性がないと作れませんので…」
「私の手元に数千枚あります」
全員が『は…?』と目を丸くした。
「数、千……?え、数枚ではなく?」
「はい。数えてはいませんが、趣味で作り続けていたので少なくとも五千枚以上あります」
いやいやいや…と全員が首を横に振る。
「スクロールってそんな簡単に描けるものではありませんよ。専門家でも難しいのに」
「細かい模様と文字で目が痛くなります…」
「しかも魔力を均一に浸透させなくてはいけないし」
いやいやいや、あれ、全然、細かくないから。桜並木を見開きで手描きするよりは楽だから。
デジタル全盛なのに『そんな時代に手描きで頑張ったら目立つかも、評価されるかも、売れるかも~』とか考えて手描きに挑戦したんだ、すぐに挫折した、大変すぎた…。そもそも底辺同人作家が手描きにした程度で売れるわけがない。
ともかくスクロールなんて簡単な魔法陣ひとつだ。
覚えてしまえば流れ作業で描ける。
こちらでは娯楽が少ないため、暇な時間にスクロール作りを続けていた。一人で製作していた時は紙も手作りで時間がかかったが、今は紙をほぼ無制限に使える。
お母様に相談をしたら『獣人は治癒魔法師が少ないし、腐るものでもないから好きなだけ作っていいんじゃないかな』って言ってたし。
辺境伯領は魔物が多く他国とも面している。有事の際にはスクロールを大放出する予定だ。
ま、そんな日は来ないほうが良いのだが…。
バタバタ…と足音が聞こえて、ノックもせずにお母様の護衛騎士が飛び込んできた。
「会議中失礼いたします、ライ様、奥様がお呼びです。至急とのことですので…、失礼いたします!」
言うなり私を抱えて走り出した。
お母様の護衛騎士は全員、竜人で妻帯者…番がすでにいる者だ。侍従もメイドも側で仕える者の選考基準は結婚しているかどうか。
で、私を抱えて走っている護衛騎士だが、走りながら簡単に説明をしてくれた。
私だけでなくメイドのミールと私の護衛騎士二人もついて来ている。ってか、会議室にいた人達も何人かついてきている。
「国境都市の井戸、複数に毒物が投げ込まれ、被害者が多数、出ているとのことです」
「毒物!?」
トリカブトみたいなものだろうか…。それともヒ素とか、食中毒菌でも感染力や量によっては危険だよね。
わかっている症状は不整脈、呼吸不全、嘔吐など。
「一般市民の多くに症状が出て、病院はすでにいっぱいで歩ける者は城内の施設を開放し受け入れています」
お城は全長五キロある。騎士団の訓練施設を開放すれば千人くらいは余裕で受け入れられるが、問題は治療。城内の常駐治癒師は山羊先生を含めて三人、看護師は十人ちょっと。治癒魔法が使えるものは確か七、八人。千人も来たら、一人で百人以上を治療しないといけないが、そんな人数、魔力量的に不可能だ。
「解毒剤は?」
「まだ毒の特定ができていません。おそらく今回のために特別に調合された新種だと思われます」
騎士団の訓練所に到着した。城内の使用人達が逃げ込んできた市民を誘導している。
「お母様、状況は?」
「ライ、国の一大事です。治癒スクロールをお願いします」
「はい!ミール、私の部屋からマジックバッグを持ってきて」
スクロールの刺繡入りマジックバッグを頼む。ミールの足ならば二、三分で戻ってくるだろう。
「ロシェル、その、本当にロイが…打開策を持っていると?まだ十歳の子供だぞ」
「ヴォルト、心配しないで…」
「無理に決まってんだろ」
小さな声だった。騎士団の誰かが呟いたようだ。それに合わせ『そうだ、無理だ』と声があがる。
「数千人の被害が出ようとしているんだ」
「人間の子供に何ができる」
「そんなヤツ、辺境伯の跡取りに相応しくない!」
んん?今、それ、関係ある?関係があるとすれば…、狙いは私か。お父様とお母様も渋い顔をしている。
「辺境伯様、今一度、お考え直しください!」
「辺境伯様の跡を継ぐのは騎士としても優秀であるザーサイ子爵家のシュウマ様がふさわしいかと」
ザーサイにシュウマイか、覚えやすいな、きっとこっちの世界では意味のない響きだけど、なんだか中華が食べたくなってきた。騒ぎが収束したら中華料理を頼んでみよう。
さて、ミールが来たね。
「ライ様、部屋にあるスクロールをすべて持ってきました」
「ありがとう」
場違いな跡継ぎ問題を訴えかけていた騎士達が首を傾げた。
「スクロール?」
「それで何ができる。患者は少なくとも数千人。命を選ぶのか?スクロールで助かる者を見て、助からなかった者やその家族がどう思うか」
山羊先生を呼んで、看護師を集めてもらう。非番の看護師も来てくれた。人数は一人でも多いほうが良い。
「町中にある治癒院だけでなく役場にも訴えが殺到していますよね」
「おそらく」
お父様を見ると頷いて、私の排除について訴えていた者達を拘束していった。小さな呟きも聞き逃していなかったようで、あっという間に二十人近くが拘束される。
「さて、ザーサイ子爵の…なんだったか。そいつならこの事態を収束できると?」
「お、恐れながら、シュウマ様は武力だけでなく薬草についても詳しく…」
「おかしな話だ。突発的に起きたと思われる毒物混入事件を解決できるだけの薬をすでに持っていると?しかし、本人はここにはいないようだな。死者が出て、混乱しているところに本人が颯爽と現れて事件解決か?なるほど、救世主の誕生だ」
そうだね、そんなシナリオもあったかもしれない。脳筋な竜人族にしては考えに考えた作戦なのだろう。
バサッとスクロールを取り出した。
「へ、辺境伯様、そのようなスクロール、数十枚程度では…」
バサッ、バサッと積んでいく。百枚、二百枚…、そんな量ではない。まだまだあるよ~、ってか、思ったより多いな。あまりの量にお母様が『え、そんなにあったの…』と素で驚いている。
「皆さん、手伝ってください。治癒のスクロールはこの通り大量にあります」
取り急ぎ、看護師さんに魔力の多い文官を二人つけて、訓練所内にいる人達の治療を始めた。
治癒には三人体制であたる。魔力切れや集中力の途切れ、それに待たされている事でイライラしている人もいる。暴れる人がいると抑えきれないし、同行している家族がいれば説明をする者が必要だ。
スクロールは魔力さえあれば誰にでも使えるので、次に城内勤務の文官を集めてスクロールの使い方を説明する。
患者は多くいるので練習し放題だ。患者も治ってハッピー、こっちも練習で自信がついて時間も節約できる。
使い方を覚えたら、文官と騎士でペアを組んで城外の人員整理。その場で治療し、回復すれば帰宅、重病人だけ城内に移し、山羊先生達治癒師チームが本格治療にあたる。山羊先生達にもスクロールをどさっと渡した。
「おぉ、これだけあれば魔力切れを心配することなく治癒魔法を使えるな」
「スクロールがあれば半分以下…、このスクロールなら四分の一でも良さそうですね。素晴らしい品質です」
でしょうとも、もっと褒めて、褒めて。
最後にスクロールの使い方を覚えた文官二人と騎士三人、五人チームで町中の治癒院、教会と役場にスクロールを運んでもらう。町の外にもザーサイの仲間がいて妨害されるかもしれないから騎士は必要だよね。
ちなみに一味捕縛の際に、騎士隊所属の全員が簡単な事情聴取をされて、後日、発覚した場合はより重い罰を与える…と言ったら、若い十人くらいから『勧誘がありお金を受け取ってしまった』と報告があった。
お金は受け取ったが、辺境伯に直接、意見を言うなど恐ろしくてできなかったようだ。本能に従って正解、行動に移していたらクビになった上におそらく労働刑。
踏みとどまった者達は反省文と減給、奉仕活動程度で済むだろう。クビになるよりはましだ。
場が落ち着いてきたので私もメイドと護衛を連れて町中に出た。
メイド三人、専属護衛四人のフルメンバーだよ、何をするのかといえば一人暮らし等で倒れている人達、貧困街で『助けなど来ない』と諦めてしまった人達の救助。
日中はつけていることが多い魔力封じのネックレスはお母様の許可のもと外した。
さぁ、久しぶりの魔法だよ、張り切っていってみようか。