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5 空腹令嬢、男装令嬢に超進化

 夢も見ないほど深く眠った。

 目覚めは唐突で、しかし体がすぐには動かなかった。声を出そうと思ったがうめき声のようになってしまう。

「お目覚めですか?」

 ひょいっと可愛らしいメイドさん達に覗き込まれた。可愛らしいと言ってもおそらく三十歳前後。でも、うさ耳さんがいてメイド服も可愛い。

「無理をせずにそのまま寝ていてください」

 メイドさんは三人居て、枕元にクッションを重ねて体がもたれかかる場所を作ってくれた。

「お嬢様のお世話をさせていただきます、メイドのミールです。見ての通りウサギの獣人で護衛も兼ねております」

「牛獣人のタフィです。私も護衛を兼ねております」

 獣人特性でミールは探索や逃走に長け、タフィは盾役だ。ちなみにタフィはやはりというか、巨乳だった、うらやま。

「私は人族のサラです。エイブラムズ王国で暮らしていましたが村が洪水の被害にあい、こちらの国に逃げ延びました」

 田舎で自然災害や魔物に襲われたりすると村が壊滅、住んでいる人達は散り散りに…は、珍しいことでもない。国境都市には難民村があるため、辿り着きさえすればなんとか生きてはいける。

「獣人…、特に竜人は強い種族ゆえに人族の悩みに気づきにくいため、心配事がございましたら私にお声がけください」

 自己紹介をしながら私の口内と顔を洗って髪も整えて、ほんのり甘い果実水を飲ませてくれた。

「イザベラです。旅行中はライと名乗っていました。イザベラという名はあまり好きではないのでライと呼んでください。あと、一緒にいたグレイは無事ですか?」

「はい、お元気そうにしてらっしゃいましたよ。まだ起き上がることは難しいようですが…、旦那様の攻撃を受けてあの程度の怪我は奇跡的だと城の担当医が驚いてしました」

 身体強化もかけておいて良かった、なかったらグレイの足、吹っ飛んでいたかも。上位の治癒魔法ならば四肢欠損も治せると聞くが、神殿にお願いすると費用がとんでもなく高い上に完璧に治るかどうかは賭け。上位の治癒魔法はすべての魔法の中でも最高難易度なのだ。

「グレイに会えますか?」

「そうですね。ライ様は三日ほど眠っておりましたので、一日、様子をみてからにいたしましょうね」

「ただ体が動かないだけでしたら、私がグレイ様の元まで運びますよ」

 タフィが力強く言ってくれるが巨乳に運ばれる私…というのもどうなのだろう。できれば自分の足で歩きたい。

 いつの間にか消えていたミールが初老の治癒師を連れてきて、簡単な診察をしてもらった。もともと外傷は少なく、内部ダメージも自身で治している。

「あの犬獣人を守りながら辺境伯様の攻撃を受けたんだって?よく生きていたねぇ…」

 しみじみと言われた。

「竜人は番至上主義が多いですからね。同じ獣人でもどん引きレベルです」

 タフィが呆れたように言うと、ミールも頷いた。

「まったくです。奥様の子供の頃の洋服を着ていただけで問答無用の敵認定ですよ。子供相手に心が狭すぎます。奥様にこってり絞られれば良いのです」

 治癒師まで頷いている。ちなみに治癒師は山羊獣人っぽい、顎ひげもあってなんか和む、山羊先生だな。

「怪我の具合よりも体内の魔力循環が気になるねぇ。身長のわりに痩せている」

「それは…、恐らく栄養失調気味で、足りない分を魔力で補っていたせいだと思います」

 六歳で別邸に放り込まれた後の事を話すと、山羊先生とサラが絶句し、ミールとタフィが怒りをあらわにした。

「奥様にご報告してきます」

 一瞬でミールが消えた。魔法も使っているのかな。目で追えなかったよ。

「あ、でも伯祖父様が屋敷に残してくださった日記や物資でこの通り、おおむね元気にしていますから」

「いや…、そうとも言いきれないのだよ」

 肉や魚を食べなくても健康な人もいる。こちらの世界にも菜食主義者はいるし、食物アレルギーもある。

 私の場合は前提として魔力が多く、現在は並の竜人と同等程度。できれば竜人並の頑強な身体が欲しいところだが、残念ながら普通の人族…以下。

 栄養が不足しすぎている。

 お米を発見してからは三食きちんと食べているつもりだったが、まだ足りなかったようだ。

「足りない栄養は、食品で補ったほうが良い。君の場合は肉や魚だね。それを魔力で強引に捻じ曲げてしまったせいで、魔力循環が不安定になっている」

 ラノベのイザベラが魔力暴走を起こしたのはストレスが原因ではなく、もともといつ爆発してもおかしくない状態だった。のか?

 この城に着いた時は魔力がほぼ枯渇していたから、暴走する前に気絶した。

「まずは栄養価の高い食事と魔力のコントロールだね」

 話していると伯祖父様がやってきた。


 細身の美青年が優しく微笑んでいるとか、眼福でござる。

「ロシェル・モンサルス辺境伯夫人…となるのかな。以前はフォーサイス公爵家の別邸で暮らしていた君の伯祖父だ。はじめまして、大姪…の、お名前は?」

「ライです。本当はイザベラだけど…、あまり好きな名前じゃないから」

「そう…、なら、君の名前は今日からライラ・モンサルス。私の養女にしてもいいかな?」

 迷わず頷いた。

 こんな好条件、即、飛びつくに決まっている。

 モンサルス辺境伯の後ろ盾があればエイブラムズ王国から何か言われても断れる。

「養女にしてくださるということは、フォーサイス公爵家が私を捕まえに来ても、伯祖父様の旦那様が追い払ってくれるということですよね?」

 ふふ…と笑いながら頷く。

「私の事は母でもロシェルでも好きに呼んでいいよ。ライラはヴォルトのこと、嫌いではないの?」

 問答無用で攻撃してきた脳筋男…と言えるが、竜人の番愛は他獣人でも引くレベル。

「運が悪かっただけですよ。私が女の子の服装で、順序立てて竜王国に来た経緯を説明することができたら辺境伯様だって攻撃してこなかったでしょう」

 ロシェル…お母様の服を着ていただけでなくフォーサイス公爵家の人間でもある。ヴォルトから見れば抹殺条件を満たしていた。

 視野も心も狭いと思うが、それが番至上主義というものだ。どれほど冷静でいようとしても本能が勝ってしまう。

「ただグレイを巻き込んだことは許せません。彼に謝罪と十分な賠償を希望します」

 ロシェルが笑いながら背後を見た。

「だ、そうだよ。魔法の才能があるだけでなく頭も良く優しい娘だ。ヴォルトも反省をして、謝罪を」

 二メートル超えの大男がしゅん…と項垂れながら現れた。

「頭に血が昇って…、取り返しのつかないことになるところだった。すまない。これからはロシェル同様、辺境伯家としてライラを守ろう。それと、オレの事はお父様と」

「その前にグレイに謝罪と賠償をお願いします」

「もちろんだ」

 ホッとしたらまた眠くなってきた。ふわ…と欠伸が出る。

「ライラ、眠いのなら無理をせずに眠って。グレイの事は私も気にかけておきます」

 お願いします…と言えたかどうかわからないまま、また深い眠りについた。


 辺境伯家での快適なお嬢様生活が始まった。

 メイドさんが三人居て、今のところ日中はサラが側に居てくれる。護衛騎士も四人程選ばれて、メイド一人以上、護衛二人体制だ。

 服はシャツとズボンで貴族の子息っぽい上品なものだ。女の子らしい服でなくて良いのかと聞かれたが、外に出る時はズボンのほうが楽だと答えた。

 下着や寝間着は可愛らしいデザインのものが多いし、城の中で着るための簡素なワンピースも何着かある。屋外に出ない日はワンピースで過ごすこともある。シンプルなワンピースだが肌触りが良く上品なデザインで刺繍やレースがアクセントになっている。

 竜王国は他種族も多いせいかエイブラムズ王国に比べると服装が自由だった。ゴテゴテとしたドレスを着ているのは王都のごく一部の貴族だけ。

 ヴォルトお父様は騎士のような服が多く、ロシェルお母様は長衣が多い。首も隠しているし季節問わず長袖で過ごす。夏は暑くないのかと聞いたら、湿度が低いためカラリとしているようで日陰に居れば涼しいとのこと。

 季節は春の終わり。爽やかな気候で日差しも心地よい。


「グレイ、本当にありがとう。もう体は大丈夫?」

 まだ城内の病院で療養中のグレイは私を見るとホッとした顔をした。

「聞いてはいたが無事で良かったよ」

「グレイもね。辺境伯から謝罪してもらった?」

「おう、びっくりしたぜ。賠償金も出るって言うからさ、それなら辺境伯様の名前で銀等級の通行証を発行してくれって言っといた」

 銀等級の通行証はお金さえ払えば買えるが、辺境伯本人から貰ったものとなると信用度が変わる。竜王国内すべての都市で通行証、身分証と使えるものだから、今後の商売がぐっとやりやすくなる。

「ざっくりと事情は聞いたが、もう大丈夫なのか?」

「うん。死にそうにはなったけど辺境伯様の養女になれたからね。夢のお嬢様生活を満喫中だよ」

「そりゃ、良かった。オレもまぁ、死にそうにはなったが結果的には勘を信じて大正解だったな。少なくとも辺境伯のお嬢様お抱え商人になれる」

「元気になったらいろいろとお願いするね。今まで作り貯めていた物もかなりあるんだ」

「へぇ、欲しい物じゃなくて、売りたい物か?」

「そっ。欲しい物もたくさんあるけどね。お母様に相談してからしっかりと利用させてもらうよ」

「御贔屓に、よろしく頼むぜ、お嬢様」


 グレイはそれから一週間ほど安静に過ごし、元気になるとさっさと城を出てしまった。

 辺境伯のお城は砦のような作りで高い壁に囲まれている。奥行きは一番厚いところで三百メートルはありそう。城壁に沿って長さは五キロ。一周するとわりとガチめなマラソンコースだ。

 しかし獣人は身体能力が高いため、軽々と走って移動していた。

 城の一角に城壁の修理をする職人集団、武具、防具を修理する工房が複数あったりするので、厳密には城とそれに伴う専門家集団の集まり…で、国境都市をぐるりと囲んだ壁の一部がお城。

 城郭都市…っていうのかな。武骨な感じだけど、それはそれで浪漫がある。

 城下町の中心部、商業が栄えた地区とは距離があるため、ひょいと行って帰って来られる距離ではない。

 グレイは国境都市の物流を早くこの目で確かめたい!と元気一杯だった。

 山羊先生には『完治していないから、全力で走るな、腹に力を入れるな』と注意されていたけど。

 私の方も魔力回路が不安定なままではあるがストレスがかからなければ問題ない。

 正式な家庭教師が見つかるまではお母様が教えてくれる。


「私の書物や日記で勉強したとのことですが、その前に魔力操作について学ぶ必要がありました」

 本来ならば魔力があるとわかった時点で家庭教師がつく。高位貴族ならば五歳か六歳から勉強を始めることが多く、才能があれば八歳あたりで実践に入る。

 私は基礎訓練なしで、いきなり実践に突入してしまった。

 真っ先に覚えなくてはいけない基本が魔力を感知して均等に体内に巡らせること。なんとなくわかっているつもりだったが、独学のせいで癖がついてしまい、下半身に多く流れていた。

「楽に体を動かそうと思った結果ですね。わかっていて足に集中させるのは問題ありませんが、無意識に魔力を貯めてしまうと、バランスが崩れた時に動けなくなります」

 言われてみれば…、戦闘に巻き込まれた時、足腰が立たなくなっていた。

 恐怖で腰が抜けたのだと思っていたが、それにしては長時間、立てないままで気絶している。

「どの程度、魔力に頼って体を動かしているのかというと…、こんな感じです」

 小さな緑色の魔石がついたネックレスをつけると、急に体が重くなった気がした。

「今、一時的にライラの魔力を封じました。無意識のうちに使っていた身体強化がないと体が辛いでしょう?」

 頷いた。動けなくはないが、だるい。なんというか、だらりと横になりたい。

 運動して体力をつけた気でいたが、全然、足りなかった。

 無意識の魔力操作、怖いな。魔力のおかげで生活が成り立っていたが、魔力のせいで日常生活も困難な状態に陥っている。

「しばらくこの状態で生活をして、本来、あるべき筋力をつけなくてはいけないということですね?」

「その通りです。年齢相応の体力がついたら必要な家庭教師をつけます。ライは既に職業魔法師程度の実力がありますから、新しい魔法の勉強はその後です」

 今後の成長とともに魔力はもっと増える。魔力制御ができないままだとラノベのイザベラのように何かのはずみで自爆してしまうかもしれない。

 現時点で『愛され幼な妻』ルートはなくなったが、新たな『辺境伯令嬢の優雅な生活』ルートに突入している。これまで同様、命大事、安全安心をモットーに暮らしたい。

「それから…、ヴォルトに聞いたのですが、ボールドウィン公爵から番ではないかと言われましたね?」

「でも、私を見て『男は嫌だ』とおっしゃいました」

「それも聞きました。そしてあなたは女の子です。聡明なライラのことです。おそらく予測できていると思いますが、性別を知ったボールドウィン公爵がそのうち押しかけて来ます」

 ゆえに養子は少年だと匂わせることにした。正式な書類には『ライラ』と記名するが、法律に触れるようなものでなければ少年ライで通す。少年のような服装を許可したのもそのためだ。

「私自身、ヴォルトに番だと言われて…、なんというか、もう断るのが面倒で他に好きな人もいなかったので受け入れました」

 出会った直後からべったり張り付いたままで、断っても、宥めても、怒っても諦めてくれない。時には罵倒し殴ったこともあったが…、哀しそうに微笑むだけで反撃はしてこなかった。

 何がそんなに良いのかと聞けば、番だからと答える。

 本能には逆らえない。

 一途な姿にほだされてしまった。

「竜人の執着は大変なものです。男は嫌だと言ったボールドウィン公爵が番の魅力に負けて突撃してくることは十分に考えられます。今もそばで見守っている可能性があります」

 見守るって…、ストーカーだよね?地上最強の男にストーカーされるとか、怖いんだけど。

「逃げ切ることは可能ですか?」

「ほぼ不可能ですが、ゼロではありません。最終的にボールドウィン公爵に嫁ぐことになったとしても、発言を聞く限り、簡単に許可する気はありません」

 当然だ。

 辺境伯夫妻を否定しておきながら、娘は別問題…は虫が良すぎる。娘として、両親を否定する男には嫁ぎたくない。

 娘を虐待するような親より、オレ様竜人×知的美青年のほうがあらゆる意味で優っている。

「ですよね。私も逃げられないのならば仕方ないと受け入れる気はありますが、しばらくは抵抗したいです」

 そういえば…と思い出す。

「グレイは匂いで性別がわかったようです。竜人はどうですか?」

「獣人により特性がありますからね、竜人は匂いというより魂の形で判別します。説明されてもさっぱりわかりませんが…、性別や年齢は関係なく、魂の結びつきが重要となるようです」

 そう言われてみればお母様の服も『気配でわかった』と言っていた。嗅覚とは異なる別の感覚が発達しているのだろう。

 ちなみに私が来ていた服は、きれいに洗濯をされてお父様のコレクションのひとつになった。日記もお母様に返したが、最終的にはお父様のコレクションに加わるのだろう。

「番が見つからない竜人もいますし、番が居ても他の人と結婚することもあります」

 結婚した後で番が見つかることもあるが、そういった時は第三者立ち合いのもとで話し合い、出来る限り全員が納得する方法を探る。

 ごくまれに性格の相性が最悪…とか、犯罪者だというケースもある。そのため双方の記憶と番としての痕跡を消すこともある。特殊な魔法で使える人が限られているが、最終奥義的な?

「ライラには魔力封じだけでなく、匂い消しもしなくてはいけませんね。この国は獣人が多いため、すぐに女性だと知られてしまいます」

 ちなみに城内の大半の人は知っているが、男の子として扱ってくれる。


 こうして私に『男装令嬢』という設定が増えた。

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