3 いざ、国境都市へ
六歳の年から四年、現在十歳。この春、竜王国へと旅立つことを決意した。
十二歳まで待っていたら脱出しそびれるかもしれないし、その前にゾーイ以外の誰かが確認しに来るかもしれない。
やる気のないゾーイだから騙せたが、本邸にいる執事や侍従の目は長くごまかせない。
知恵が回ると知られたら監視が厳しくなり、気力体力を削ぐためにもっと鬼畜な監禁をされるかもしれない。
そんな生活には耐えられない。
塩むすびの味を知らなかった頃には戻れないのだ。
というわけで、荷造りをしつつ伯祖父様の小部屋も元の状態へと戻し、貴重な書物や伯祖父様の日記も持ち出すことにした。残しておいても手癖の悪いゾーイに売り払われるだけだし。
治癒のスクロールは推定一千枚以上完成している。乾燥ハーブやお茶、ポーションの材料、それからドライフルーツもそれなりの量となった。
勿体ないのですべて旅行用のカバンの中に押し込む。
手作りのショルダーバッグで見た目はそう大きくないが、実際の容量は一週間の海外旅行用のスーツケース以上。
伯祖父様の魔法書にはマジックバッグの作り方もあり、魔力でゴリ押しする方法もあるが、確実なのは魔法陣。マジックバッグに直接、空間を広げる魔法陣と軽量化の魔法陣を刺繍すれば、長持ちする上に容量も増やし放題。刺繍で成功させるのには苦労したが、苦労しただけの成果があった。
刺繍にしたことで機能が安定しているし壊れにくい。
考えた末、マジックバッグにマジックバッグを入れる方法で夢の大容量を実現させた。
まずエコバッグを何枚か作り、それぞれに空間収納の刺繍を施す。そして外側にスクロールや洋服、ハーブ等のミニ刺繍をいれる。
スクロール刺繍のエコバッグにスクロールを詰め込み、ショルダーバッグに収納。こうすれば探しやすいし取り出しやすい。
最後に旅行中、よく使うと思われるものを普通のエコバッグに入れておく。
食糧も大切だ。
お米は一年で六十キロ程度食べていたが、もともと三十キロが十二袋。まだ大量に残っているためすべて持って行くと決めた。
籾がついた状態のまま『籾印』のマジックバッグに入れ、移動中の携帯食は別に用意する。
炊いた後、干してパラパラになるまで焼いて炒り米にした。そのままでも食べられるし、スープに入れても良い。
お米の他にはドライフルーツ、薬草茶、干し野菜など。根菜類もエコバッグに詰められるだけ詰める。
旅行中は食べ物が手に入るかわからないため、出来る限り多めに準備しておきたい。
歩く距離は五百キロ。時速五キロで十時間歩いて五十キロ。少なく見積もっても十日の距離で、山道であること、自身が子供であることを考えれば一カ月の長旅を覚悟しておいたほうが良い。
秋から冬の間、何度も確認をしながら準備を整え、最後に長く伸びた赤い髪をばっさりと短く切り伯祖父様の帽子を深くかぶった。
背が高く痩せ型なので、髪を短くすれば少年っぽく見える…はず。
服装はシャツにベスト、ズボン、ショートブーツ。靴もすこし大きいが、小さいよりはましだ。足先に詰め物をしてしっかりと紐を結べば走ることもできる。
それから春用のコートとマント。
良い家のお坊ちゃんに見えそうだが、旅を続けるうちに汚れてくるはず。旅行中はあえて汚れたままの状態で過ごす予定だ。
イザベラの寝室に自身の幻覚を設置し、一カ月程度は映像が消えないように魔石に魔力をこめる。
やせ細った暗い顔の少女イザベラ。
さよなら、もう一人の自分。
私は腐った家を捨てて、竜人の愛され幼な妻になる!
出発した。
ルートは伯祖父様と同じで、まず、山を越えて最初の村で情報収集。あとは竜王国を目指してひたすら歩く。
冒険者ギルドに行けば身分証は誰でも作れるし、お金さえ払えば偽名でも作れる…らしい。だがどの国、都市で身分証を作るかによって、その後の面倒が変わってくる。
エイブラムズ王国で作った場合、国内に痕跡が残る。それはあまりよろしくない。
身分証の次に重要なものがお金。
おおよその貨幣価値は勉強したが、現金を手に入れることができるかどうか。
売れそうなものは薬草とドライフルーツ。
相場がわからないため騙されることも想定して、何度か土地や店を変えて売る。
マジックバッグは貴重品だ。私以外が使えないように設定してあるが、盗まれると今後の生活に困る。
身体強化を常時発動した状態で山を登っていく。屋敷を出発した直後は狭い道だったが、主要道路に出たあとはかなり歩きやすい。
馬車も通る道幅で今のところ魔物とは遭遇していない。
魔物と遭遇しないように気配遮断、隠蔽、索敵も飛ばしているのだが。
だって魔物に会うの、怖い。
図鑑でしか見たことがないが、野生動物よりも大きく、ほぼすべてに大きな角か牙が生えている。
刺さったら死んじゃうようなヤツ。
会いませんように…と、祈りながら進み、初日の目標地点までなんとかたどり着けた。
森の中での一泊。魔物や野生動物を警戒して木の上で寝たけど、意外と眠れた。伯祖父様レシピの魔物&虫避けハーブが良い仕事をしている気がする。
木の上で干し米とドライフルーツを食べて、水分補給。水筒は厨房にいくつか放置されていたので小さめのペットボトルサイズのものを貰ってきた。飲む度に水魔法で水を作るのは面倒だが、かといって大きな水筒は重い。
木の上から安全確認をして、風の魔法でバランスを取りながら降りる。
登る時も風の魔法を駆使しているが、空を飛ぶほどの技術はない。空を飛べたら早く移動できるが、空は地面を歩く以上の危険がある。
グリフォンとかワイバーンとか、大型鳥類が『餌発見』となったら逃げられるわけがない。
大型鳥類は最低でも四人程度の冒険者チームでなければ対応できない。そして一羽に対して最低四人必要なので、二羽、三羽と目撃された時は討伐隊が結成される。
ワイバーンを単独討伐できるのは竜人だけだ。
うぅ、早く旦那様に会いたいよ。
今日も魔物と遭遇しませんように…と祈りながら出発をした。
山間の村に到着した。
地図情報では二百人前後の村で宿屋はない。門番に通行料代わりのドライフルーツを渡し、中に入れてもらう。
田舎の村は物々交換も成立するので助かった。だが、毎回、この手が使えるとは限らない。
現金を手に入れなければいけない。
門番に治癒師か薬師がいるか聞くと、薬師がいるとのこと。薬草の買取もあると教えてもらったので、まずは薬師の元へ行った。
手持ちの薬草を見せるとなんと銅貨五枚になった。
「なかなか良い状態だね。都会で売ればもっと高額で買い取ってもらえるけど、ほんとうにうちでいいのかい?」
薬師のおばちゃんに言われて頷く。
「財布を落としちゃったみたいで…、手持ちの硬貨がまったくないんだ」
「それなら小銭も混ぜたほうがいいね」
そういって、銅貨三枚と鉄貨二十枚で渡してくれた。
早速、露店に行き、買い物客と店主のやり取りを観察する。鉄貨は百円前後ってところか。何を食べようか迷いに迷って、ここはやはり串焼き肉にした。豚肉に塩とハーブをふっただけっぽいシンプルな串焼き。
定番であるが、逆に問いたい。
久しぶりに食べる肉でこれ以外の選択肢があるというのか、いや、ない!
一本買って、ゆっくりと味わって食べた。
美味しい…、前世ではそこまで肉好きではなかったが、久しぶり過ぎてちょっと泣きそう。
小さな村だから十店舗くらいしかない上に生活用品、服屋、八百屋、肉屋、パン屋…など、食べ物の屋台ばかりではない。
パン屋はいいんじゃないか?のぞくとお馴染みの黒パンだけでなく、ハ〇ジさんの白パンもあった。さらにホットドッグもある、最高かッ。
ホットドッグは鉄貨三枚だが買った、懐かしさに負けた、美味しかった。白パンも三個買った。
しかしこれ以上の長居はできない。お腹だけ満たして村を出た。
実は村にいる間も認識阻害の魔法をかけていた。
公爵家が追ってくるとは思えないが、かといって絶対に追いかけて来ないとも言い切れない。
低い可能性だとしても、対策はしておくべきだ。十歳少年の一人旅は、たぶん、とても珍しい。国境を越えるための山道は子供が一人で歩く場所ではない。
記憶に残れば、誰かが訊ねてきた時に人相や背格好、どんな様子だったかを答えてしまうだろう。
田舎の人達は善良だ。公爵家から『心配して探している』とお金を渡されたら、詳細に答えること間違いなし。
ただ覚えていない事までは答えられない。
今頃、門番のおじさんも薬師のおばちゃんも『旅の少年』がどんな顔をしていたか思い出せなくなっているだろう。
そして一カ月も過ぎれば記憶からほぼ消えている。
と、思う。伯祖父様の魔法書によるとそう書かれていたので、たぶん、そうなっているはず。
立ち寄った小さな村で少量の薬草、ドライフルーツを売って小銭を稼ぎつつ、先を急いだ。
国境越え。そんなに簡単なものではないと覚悟していたが、あっさりと国境を越えることができた。
順調な旅だ。
気配遮断、隠蔽、認識阻害、幻覚、それに索敵あたりの補助魔法をフル稼働で進んでいる。
身体強化と浮遊も使っているが、こちらはやりすぎると筋力が衰える恐れがある。今はまだ成長過程の十歳。出来る限り自身を鍛えて体力をつけたほうが良い。
もともとこれらの魔法は消費が少ない。攻撃魔法のほうが一気に魔力をもっていかれるが索敵などは広範囲でなければほとんど消費しない。
そしておそらくイザベラは魔力が多い上に回復が早い。考えてみたら一日一個の小さなパンだけで十年以上、生きていた人間だ。普通なら歩けなくなっているが、魔力で足りない筋力を補っていた。
窓も食糧もない部屋に閉じ込められてもイザベラなら数年は生きていそうだ。
誰にでもできる事ではない。
先天的に魔力が多く、魔法の才能もあったのだろう。
フォーサイス公爵家はバカだよね。うまく使えば、公爵家に富をもたらすことだってできたのに。便利に使われるのは嫌だけど、あまい言葉で騙し続けてくれたら、お嬢様だったイザベラは喜んで家族に協力をしただろう。
それとも…、イザベラがいなくとも公爵家は問題なく存続し続けるのだろうか?
家出した今は公爵家がどうなろうとも知ったことではない。
未来の旦那様と良好な夫婦生活をおくれるかどうか…のほうが気がかりだ。種族差と年齢差がある。一方的に甘やかされるのはちょっと違うよね。対等な関係を築きたいけど、どうなるのかなぁ。
新婚生活を妄想しつつ魔物や人を避けて進み、そろそろ身分証のことも決めないと。
旦那様と会えれば溺愛幼な妻ルートに入れるとは思うが、十八歳まで会えない可能性もある。物語とは異なる行動をしているため、一生、会えない…もあり得る。
野宿にはだいぶ慣れたが、できれば定職を見つけて静かに暮らしたい。
冒険者ギルドで身分証を作って実績を積み、そこから治癒師か看護師あたりに転職…かな。
オルティス竜王国に入っているが、国境にある検問はもう少し先だ。検問を通らずに入国できるが、通ったほうが後のトラブルが少ない。
伯祖父様情報によると検問がある場所は国境都市、武に秀でたモンサルス辺境伯が治めている。竜人というだけで十分強いのに、その中でも特に武に優れた家門だ。
目をつけられるくらいなら入国料を払って国境都市で身分証を作ったほうが良さそうだ。
困るのは子供だと思って追い返されること。親切心でエイブラムズ王国に問い合わせなどされたら、フォーサイス公爵家に見つかる。
伯祖父様の屋敷を出てそろそろ一カ月。
慎重に進みつつ村に立ち寄って小遣い稼ぎもしていたので、予定よりも日数がかかっている。
十歳児の体力と歩幅を考えれば早い方だと思うが、追手が来ないかと不安だ。
見た目が子供なので保護はあっても逮捕、勾留はないよね。いざとなったら幻覚と認識阻害を駆使して逃げればいいかと、国境都市の門に向かった。
門はいくつか分かれていて、真っ先に広く豪華な造りの大門に目がいった。
王族、貴族、それに近い豪商…等、最初から『金等級通行証』を所持している者が通る門だ。
大金貨千枚程度の資産…と言ってもどれほどの額か想像がつかないが、私がよく使う鉄貨…は枚数が多すぎるため、安い串焼き肉が十本買える銅貨で考えると一千万枚程度…やっぱりよくわからない。うま〇棒十億本、これでどうだろう。わからないなりになんか凄いって感じで、とにかく大変な資産家にしか発行されない。
次に主に商人専用の銀等級門。こちらは金貨一枚で販売している。銅貨だと千枚必要となる。貿易をしている商人は初期投資で通行証を購入しているとのこと。
冒険者が多く使う銅等級門。通行証は銀貨一枚、銅貨百枚程度…やっと価格の想像ができたぞ。こちらは都市から出て薬草採取や魔物を狩る人達が多く、それなりにランクが高い人達は事前購入しているとのこと。
最後に鉄等級門。一般市民や通行証を所持していない冒険者や旅人が通る門。通行証は国境都市の市民ならば大銅貨一枚で購入できる。銅貨十枚…ってことは、安い串焼き肉百本程度。都市の外に出たい理由があるのなら買っておいたほうが楽だ。
ちなみに通行証で通ると『外に出た』と記録が残るため、魔物や盗賊が出たとか天候が大きく崩れた時に救助の確率があがる。
稼ぎの少ない商人や薬草採取専門の冒険者等も鉄等級の通行証を買うことが多い。
「つまり長蛇の列に並びたくなければ事前に高いお金を払えってことですね」
「そうそう、そうゆ~こと。オレも竜王国内に入ったら、さっさと市民登録をして鉄等級の通行証を買うよ」
と、駆け出しの行商人だというお兄さんが教えてくれた。
門の様子をうかがうと、金等級、銀等級門は待ち時間なし、銅等級門もたまに冒険者と思われる団体が来るだけでほぼ待ち時間ゼロ。
鉄等級門は二手に分かれていて、通行証を持っている列は常時五十人前後が並んでいるが進みはスムーズだ。
最大手列が通行証なしの列で、見たところ商人風、冒険者風、一般市民が百人程度並んでいる。種族も様々で、暇潰しに私に話しかけてきたお兄さんは犬の獣人だった。
長毛種のたれ耳で色は茶とグレーの間くらい。ゴールデンレトリバーとはちょっと違うがあんな感じの毛並みだ。イケメンと言うより親しみやすく笑うと可愛い。年上だけど。
面倒見が良さそうで、こそっと言われた。
「そんなナリしているが女の子だろ。ワケありの一人旅…ってか?」
「まぁ…、確かにワケありで」
「んんん?認識阻害か?でも鼻が利く獣人には匂いでバレるぜ。この距離だとほぼアウト」
なんだってーっ。いや、あり得るか。森の中ではないため気配遮断を緩めていたよ、匂いに関してちょい強化っと。
「おぉ、嬢…坊ちゃん、すげぇな、その年で魔法師か。オレはグレイソン・ケイレブ。ガーグル獣人国にあるケイレブ商会の八男で今は行商人だ」
「僕はライ。エイブラムズ王国から来たんだ。詳細は勘弁してほしい」
「育ちも良さそうだな。よっしゃ、恩を売っておくか。まだまだ待たされそうで暇だし、何か聞きたいことはあるか?オレが知っていることならタダで教えてやるぜ」
言葉以上の裏はなさそうなので通行門について聞いた。所持金が足りるかわからなかったし。
通行証なしの他国民は一律大銅貨三枚、銅貨で三十枚。所持金は銅貨で五十枚程度あるので足りそうだ。
「国境都市の中に入った後はどうですか?所持金が心もとなくて…」
「今までどうやって旅してきたんだ?」
「グレイソンさんと似た感じです。立ち寄った村で薬草やドライフルーツを売って」
「グレイでいいよ、ほんと、しっかりしてんなぁ。売ったもん、見せてもらえるか?」
少量、取り出して見せた。
「薬草の乾燥も完璧だな。ドライフルーツのほうも良い品だ。これなら国境都市でも売れるだろ。ライが泊まるのなら一泊銅貨三枚から五枚程度の宿か。あんまり安いところは治安が良くねぇからな。男でもきれいなツラしてっと襲われる」
贅沢をしなくとも一週間前後で資金が尽きる。その前に収入減を見つけないと。
グレイと話していると。
「なぁ、ちょっといいか?」
後ろに並んだ夫婦らしき二人組が話しかけてきた。
「そのドライフルーツ、ちょっと売ってもらえねぇか?思ったよりも待ち時間が長くて…」
二十代前半と思われる若夫婦で、奥さんは地面に座り込んでいた。顔色が悪い。聞くと丸一日、水以外を口にしていなくて水ももう尽きているとのこと。
脱水症状…というか、お腹をおさえて物凄く不安そうに震えている。
「もしかして…、お子さん?」
聞くと驚いた顔をされた。
「よくわかったな。実はそうなんだ。本当はこんなタイミングでの移動は避けたかったが…」
住んでいた村の近くでスタンピードが起きて村人全員が散り散りになって逃げだしてきた。
「その話ならオレも耳にしたぜ。百人くらいの獣人村で…、半数が亡くなったそうだな。気の毒に」
見れば私が並んだ後ろに同じ村の人達が何人か並んでいて、奥さんだけでなく全員が疲労困憊状態だった。ちなみに通行料は持っていない。もともと小さな村でほぼ自給自足。現金をほとんど使わない生活をしてきた。
そういった人達は難民申請ができる。認められれば一時的に保護され、住む場所と仕事も斡旋してもらえる。
しかしこの世界、無料で配ると後のトラブルにつながりそうだ。見ていた誰かに金銭的に余裕があると勘違いされても困る。
グレイを見れば『任せろ』と頷いた。
「ライは食糧に余裕、あるか?」
「ドライフルーツの他に非常食を持っています。非常食はスープにしたほうが食べやすいと思いますが…」
「スープが作れるのなら、売れるな。よし、ついでにひと稼ぎすっか」
グレイが門まで走って行き、何か交渉して戻ってきた。
「待ち時間に炊き出しする許可、もらってきたぜ」
まず妊婦さんに白湯とドライフルーツを渡し、ついでに眠る時に使っていたクッションも貸した。お尻、冷やさない方が良いと思うんだよね。
それから鍋でスープを作る。大鍋はグレイが並んでいる人達に持っていないか聞いてまわり借りてきた。鍋の持ち主家族には当然、無料でスープをふるまう。小さな子供を二人連れた家族で、お腹が空いているからと快く貸してくれた。
食器はどうするのだろうかと思ったら、皆、鉄製のコップや木製の器を持っている。
私も自炊しつつ旅をしていたが、大抵の庶民は自炊か、立ち寄った村の安い屋台を利用することになる。安い屋台は器を持参するとおまけがつく事が多い。
干し米と干し野菜、サツマイモでスープを作り配った。一杯鉄貨二枚だが、百人近く並んだうちの半数以上が買いに来て、その後、到着した人達も買いにきた。大鍋で三回、作ったよ。
「国境都市に入るまで何も食べられないと思ったら…、炊き出しがあって助かったよ」
スタンピードで逃げて来た人達でも鉄貨二枚程度なら払える。あと、私と同年代以下の子供にはドライフルーツをサービスでつけてあげた。大人には有料で販売。
結局、列の前方にいる人達を除き、大半の人達がスープとドライフルーツを購入してくれた。炊き出しの片づけをしてから確認をすると鉄貨三百枚もあった。
「許可してくれた門番にちょっと付け届けをしたほうが良いな」
グレイに言われて銅貨三枚を渡す。それからグレイの取り分は?と聞くと。
「いや、オレは交渉しただけでスープも食ったからな。悪いと思うならその保存食?ってヤツと干し野菜、ドライフルーツをくれよ。量は少なくていいから」
干し米に興味があるようだ。家畜の餌って知ったら怒るかな。
温かなものを食べたおかげか妊婦さんの顔色もかなりましになっていた。こそっとカバンを探って治癒スクロールを取り出す。
「内緒ですよ」
囁いて妊婦さんにスクロールを当て魔力を少しだけ流す…と、スクロールが溶けるように消えた。
驚いた顔をして。
「今のは…」
「蓄積した疲労を取り除きました。無事、国境都市に入ったら元気なお子さんを産んでくださいね」
グレイがちょっと呆れたような顔をしていたが、これは私の自己満足だ。
 




