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2 ラノベ『妖精姫と骸骨姫』

 屋敷内をさらに調べて回った結果、塩と香辛料を発見した。

 ハーブは庭でも収穫できる。そして屋敷の外にある小屋には大量の米があった。いつ収穫されたのかわからないほど古そうだが、それでもお米だ、主食となるものだ。

 籾がついたままだからまずは籾を取らなくてはいけない。手作業…は無理があるため、風魔法で頑張ってみることにした。

 弱すぎると籾が取れないし、強すぎると米が散乱するか粉砕するか。非常に繊細な調整が必要ではあったが時間もあれば米も大量にある。

 一日茶碗一杯分を目標に日々、頑張り続けた結果、一週間できれいに精米できるようになった。

 次にどうやって炊くか。炊飯器はない。あったら号泣するレベルで嬉しいが、残念ながらない。飯盒炊飯…なんてやった覚えはあっても、細かなことは思い出せない。土鍋や小さな釜も中世ヨーロッパ風のこの世界にはない。

 唸りながら考えて、そうだった、前世では電子レンジで米、炊いていた、あれ、便利だったなぁ…という、何の役にも立たない事を思い出した、レンジ、欲しいけどっ、違うっ。

 もっと現実を見よう。

 とにかく、米に水分が入って、柔らかくなればいいんだよ。ハードル下げようぜ。

 厨房で小型の厚手鍋を探し出して、最初は水分多めで焚いてみた。なんか違う。確か…、水にしばらくつけておいて、炊く時に蓋をする。とか?

 水分が多かったのかお粥のようにドロッとしているものの悪くはない。考えてみたら別邸で暮らすようになってそろそろ半年。胃が小さくなっている上に弱っている。

 しばらくはお粥メインで、満足に食べられるようになったら栄養バランスについても考えなくてはいけない。

 そして、現在は夏。食糧を備蓄しておかなければ冬を越せない。

 小部屋にいれば快適に過ごせるが外気温の影響がまったくないわけではない。伯祖父様の日記にも『夏は過ごしやすいが冬は雪が積もるため寒さ対策が必要』とある。

 冬服は、ない。

 身長が伸びても着られるような簡素なワンピースが三着しかない。

 三月の終わり頃に来て、その時に着ていたコートは春用。

 餓死もやばいが凍死もやばい。

 何かないかと探した結果、寝室クローゼットの奥で伯祖父様の服を見つけた。大きめの木箱の中に少年時代に着たと思われる服がきれいに保管されている。

 残っていて良かった、ありがとう伯祖父様。

 令嬢教育の一環で刺繍は習っていたから裁縫もできなくもないが、さすがに型紙もない状態で裁断から縫製は無理だ。

 広げてみれば私が着るには大きめだが、今後、私も成長する…はずで、簡素なワンピースよりはズボンとシャツのほうが動きやすい。

 厚手のコートもあったので、羽織ってみた。うん、大きい。けど誰かに見せるわけでもないので暖かければ問題ない。

 こうしてゾーイに見つからないように小部屋に荷物を運びこみ、枯れ葉が舞い落ちる頃には巣籠の準備もほぼ整っていた。


 伯祖父様の秘密の小部屋。映画のタイトルっぽいな。

 広さは三畳程度。しかしワンルームマンションのように必要な機能が備わった部屋である。

 消臭浄化機能付きのトイレにお湯も使える簡易キッチン。ゴミは風魔法で粉砕乾燥し、外の庭に撒いている。プラゴミも危険物もないから問題ない。

 魔道コンロはひとつしかないが火力調整ができる優れもの。

 外の小屋にあったお米は多めに小部屋に移してある。

 書物によれば米は家畜の餌とのことで、恐らく昔の使用人が安いからと大量に買ったのだろう。

 推定三十キロの麻袋で十二袋も放置されていた。思っていたよりも状態は良い。小屋全体に状態保存の魔法がかかっていて、劣化がそこまで進んでいなかったおかげだ。

 別邸内にはお金になりそうな物がほとんどなかったが、おそらく盗む価値もないと放置されたのだろう。

 状態保存の魔法は小部屋でも使われていて、書棚と食糧保管用の棚にも魔法陣が描かれている。

 大きな収納棚の上にベッドがあり、これは…あれだ。前世に通販カタログで見たシステムベッドとかロフトベッド。夢のある言い方をすれば秘密基地である。

 ともかくこれで住む場所と衣類、食料が揃った。あとはどこまで快適な環境にできるか。

 理想としては楽しくレベルアップして、美味しいものを食べたい。


 最も伸ばしやすいのが魔力だった。

 もともとの素質により成長曲線は異なるが、魔力は使えば使うほど増えるもので、練度や魔力があがれば使える魔法も増えていく。

 だが枯渇させると死ぬこともある。一人で生活しているのならば、すこし疲れたな…と感じたら中断させ、翌日まで休んだほうが良い。

 枯渇させると短期間で増やす事ができるが、枯渇させなくても魔力は増やせる。毎日の積み重ねが必要だ。

 魔法には適性があり、向いてない属性の魔法はほぼ使えないと思ったほうが良い。しかしまったく方法がないわけでもない。

 スクロールと呼ばれる魔法陣を描いた紙を使えば発動できる。

 スクロールに正しい魔法陣を描くことができれば、そして魔法陣を描く時に微量の魔力を注ぎ続ける集中力があれば誰にでも描ける。

 伯祖父様の日記と魔法書を参考に試したところ、私はほぼ全属性の魔法が問題なく使えることがわかった。しかし魔力量に関してはまだ少なすぎる。推定五百キロに及ぶ国境越えの旅路を歩ききる体力もない。

 舗装された平坦な道ではなく魔物が出る山道だ。魔物だけでなく盗賊とも遭遇するかもしれない。捕まれば奴隷に落とされる恐れがある。

 さらに竜王国に行った後の事も考えなくてはいけない。

 ふらっと入国しただけの人間が良い仕事に就ける可能性はほぼない。下男、下女…と呼ばれる下働き、良くてお掃除メイドか洗濯メイドか。

 最終的にそれしかできないのならば掃除婦として一生懸命働くが、できればもう少し安定した仕事が良い。

 となれば治癒師、看護師が安泰だ。病院関係はどこの国に行っても需要がある。

 問題はどうやって経験を積むかだが、これは自分の身体で試すしかない。一日一回の治癒魔法をノルマに、あとはスクロール。治癒の魔法陣は複雑だが、前世がオタクだったせいか描くことにそこまでの苦はない。

 むしろ描きなれるほど楽しくなってきて、一日、十枚のスクロールを目標に描き続けた。


 一カ月で紙がなくなった。

 当然か。伯祖父様が保管していた紙を使い切ってしまい、屋敷の中を探してみたが見つからない。

 これは…、作るしかないか?

 さすが伯祖父様、錬金術関係の本もある。そして手作業では難しいことも魔力さえあればなんとかなる。時間はかかるかもしれないが覚えておいて損はない。紙の需要も高いのだ。

 いずれ別邸を出ていくつもりだが、さすがに六歳、七歳…では難しい。

 異世界チート能力が備わった主人公達ならば可能だろうが、魔法なんてそう簡単に使えるようにならないし調整も難しい。

 体力的な不安も大きい。

 食べるものは確保できたが豆以外のタンパク質がない。そう…、肉、魚、卵なんかがまったくない。ゾーイが持ってくることもない。

 伯祖父様は狩りをしていたようだが、狩猟は厳しすぎる。

 十二月で七歳になったけど、日本で考えると小学校の低学年。ランドセル背負った幼女が狩りって…、狩るだけならできるかもしれないが、獲物を捌くのが絶望的。

 へたれと言われようとも無理なものは無理。

 そう、私の性格はチキンの中のチキン、キングオブチキン、動くものは怖い。

 でも私には豆がある。お米と野菜、果物もあるからだいぶ人間らしい食生活になった。ゾーイが置いていく堅い黒パンも薄切りにしてオイルたっぷりで焼けばスナック感覚で食べられる。

 庭にオリーブの木があったからオリーブオイルにも挑戦したんだよ、あって良かった魔力と魔法。


 一年で衣食住を整え、二年目はその生活をさらに安定させ作業時間の短縮を目指した。何もないと思っていた屋敷の中も、探せば裁縫道具やシーツ、ないと思っていた紙を新たに発見できた。

 三年目には少し余裕ができたので新たな魔法の習得。

 ゾーイに見せる幻覚魔法も精度があがり、テーマパークで見た3D映像のようになった。気配に反応して動くのでゾーイが戸を開けると少しだけ顔をあげる。

 不自然でない程度に痩せた顔色の悪い少女の映像を作り上げているうちに…。

 どこかで見た気がした。

 自身の顔だから当然、毎日のように鏡で見ている。

 フォーサイス公爵家の娘イザベラ。アニメっぽい赤味の強い茶髪と日本人のような黒い瞳。

 貴族には金髪碧眼が多く、平民では茶系が多いこの国では珍しい色合いだ。亡くなった母方の祖父が同じ色だったと聞いている。

 母方の家は伯爵家で魔物が多く出る土地を守っている。確か父と母の縁談は国の主導によるもので最初から父は乗り気ではなかった。

 母のほうは実家から『嫁ぐからには帰る家はないと思え』と。母の実家は戦闘民族で脳筋系。魔物が出るこの世界では地域によっては戦闘民族にならなければ生き残れない。

 で、なんだっけ。

 鏡でじっと顔を見る。

 ちょっとキツイ感じの顔立ちではあるが美人には育ちそうだ。

 前世の記憶を思い出して良かった。

 あのままロクに食べるものもなくただ生きているだけの状態が続いていたら…。

 骸骨が人間の皮をかぶったような恐ろしい見た目になって…、いた、かも?

 痩せ細った枯れ枝のような手足。頬がこけ、ぎょろりと大きな瞳。艶のない老婆のような白髪交じりの赤茶髪。

 やせ衰えた容姿なのにフリルとリボンがいっぱいついたピンク色のドレスを着ていた。


 私はその姿を知っている。


 十二歳で貴族が通う学園に通うようになり、そこで…第二王子オーウェンの婚約者となる。

 妖精姫と骸骨姫。

 そうだ、思い出した、そんなタイトルのラノベがあった。さらっと一回読んだだけだけど、主人公の片割れ骸骨姫は恵まれない境遇のまま絶命していた。


 イザベラの不幸は両親の結婚から始まっていた。父親に愛されず、母に先立たれ、公爵家が持つ山奥の別邸に放置される。

 五歳までは家庭教師がついていたが、六歳から十二歳までの間はほぼ一人で外出をすることもなく生きていた。

 イザベラは母方の祖父の血を濃く受け継いでいたため栄養不足でも背が高かった。そのせいで余計に骸骨のようになってしまう。

 そして六年間の虐待でほとんど食べ物を受け付けなくなり、魔力に頼って生命を維持していた。まず治癒院なりで体調を整えさせるべきだが、虐待するような親がイザベラの体調や精神状態を気遣うわけがない。

 別邸から本邸に戻されたと思ったら、すぐに貴族学園の寮に移され、同時に第二王子の婚約者となった。

 王家も公爵側も『この婚約は一時しのぎ』と考えていて、学園を卒業する十八歳で婚約を解消することが決まっていたがイザベラには知らされていなかった。

 第二王子オーウェンはダーズリー子爵家の娘ソフィアと恋仲で、ただ子爵家の娘が王家に嫁ぐのにはいろいろと根回しが必要で、貴族学園に通う六年間で終わらせる予定だった。

 ソフィアのほうも偽装婚約とは知らず、知っているのは大人達と王家のみ。

 ゆえにソフィアもまた苦しむことになる。

 イザベラは六年間の引きこもり生活のせいで他人との距離感がおかしくなっており空気も読めない。ただ『やっと幸せになれる』とオーウェンの婚約者になれたことを喜びはしゃいでいた。

 勘違い女と揶揄されていたが、公爵家なので表立って攻撃してくる者はいない。そして貴族特有の遠回しなイヤミには気づかない。

 『ほっそりとして美しい』と言われればその言葉通りの意味に受け取った。

 そんなイザベラを放っておけなくてソフィアは何かと手を貸していた。それにもイザベラは気づかない。

 そして十八歳、学園を卒業する日。

 イザベラは一方的に婚約解消の話をされ錯乱状態へと陥った。魔力暴走を起こし自身も傷つけ…、その血に引き寄せられて竜人族ジェイデン・ボールドウィン公爵が現れる。

 ジェイデンはイザベラを『探し求めていた番』だと主張するが、十八歳で同じ年のオーウェンとの結婚を夢見ていたイザベラが簡単に受け入れられるわけもなく。

 ジェイデンの見た目は自身の父親とそう変わらない年代でイケオジだとしても年齢差で『無理』となってしまった。

 王家と公爵家は『良縁』だとイザベラの意思を無視して、結果、追い詰められたイザベラは自ら命を絶ってしまった。

 ジェイデンは王家と公爵家のイザベラに対する仕打ちを知り、エイブラムズ王国を滅ぼそうとするがソフィアを中心とした学生達の手により倒された。

 ソフィアはジェイデンの亡骸をイザベラの墓の隣に埋葬し、二度とこんな悲劇が起きないようにと誓う。その後はジェイデンを倒した功績で堂々とオーウェンと結婚し、王家を、そして国を支えるために尽力した。


 その男で本当に良いのか、ソフィア?


 正しく記憶しているかどうかわからないが、こんな感じの話だったような気がする。イザベラは悪役令嬢ではないが、無邪気で世間知らずで乙女な…環境のせいで頭の悪い経験値ゼロの子に育ってしまった。

 ソフィアは良心を持った強い女の子だ。オーウェンのことが好きでも子爵家のままでは難しいと理解していたから、少しでも近くで仕えることができるようにと魔法の技を磨いた。イザベラの事も受け止めた上で、自身の行動を決めている。

 ここが妖精姫と骸骨姫の舞台だとすれば、私は十二歳で学園に放り込まれるだろう。オーウェンとの婚約もあるかもしれない。

 婚約解消は嬉しいが、これをやられると私の経歴だけに傷が残る。

 傷物となった私を竜王国の公爵がもらってくれるというのだから、そりゃあ、フォーサイス公爵家も喜ぶわ。手を汚さず厄介払いができる上に竜王国に親戚ができる。竜王国に親戚がいると言えばその武力に恐れて大抵の人が黙る。

 政治的な駆け引きに使えるので王族だって反対しない。

 さて、思い出した上で、今後、どうするか…だが、これはもう竜王国に行くに決まっている。竜王国にはジェイデンという未来の旦那様がいる。

 小説でのイザベラは見た目十八歳、中身六歳の骸骨姫だが、現在のイザベラは見た目七歳、中身三十路喪女である。

 学園生活を楽しむルートもあるが、失敗すればフォーサイス公爵家に軟禁されて虐待され続ける六年間となる。地獄が続くだけで、婚約破棄後もジェイデンが来なければ、結局、脱出逃亡することになる。

 そりゃあね、ごく普通に恋愛結婚…もいいなと思うが、既に人生ハードモードに突入している状態だ。今後、ますます難易度があがるのは間違いない。

 ジェイデンの事を愛せるかどうかはわからないが、ジェイデンから見たイザベラは運命の番だ。

 TL、BLでお馴染みの運命の番設定であれば、溺愛されることが確定している。

 ジェイデンは竜王国の公爵家なので愛され監禁ちょっとエッチなTLルートに突入したとしても、嘆くほどの不幸ではない、たぶん、きっと。

 私は美味しいご飯と暇つぶしの本があれば生きていける。薄汚い地下室で鎖につながれるのは嫌だが、快適な部屋で三食昼寝付きは天国だよね。可愛いメイドがいればさらによし。

 あと…、肉か魚を食べたい。

 旦那様に可愛らしくおねだりすれば食べさせてくれるかな。給餌行動って言うんだよね。膝の上に乗せられて、あーんって。

 オッケー、美味しいお肉のためなら、どんな辱めにだって耐えてみせる。

 そうと決まれば一日でも早い国外脱出を目指すのみ。

 今まで以上に計画的かつ効率良く予定を組み、来る日に備えた。

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