13 王妃『解せぬ』と食の女神『ヤメテ』
その日の夜、お父様とお母様を紹介するとソフィアはものすごく喜んで、私に向かってグッジョブ…って感じに親指を立てた。
顔を真っ赤にして興奮している。
わかる、気持ちはわかるが落ち着いて。
夜は私の部屋に泊まってもらい、警戒していたミールも『見た目に反して色々と予想外ですが、ライラ様を傷つける事はないと納得しました』と夜番のメイドと交代した。
「イザベラ…、今はライラね、ライラ。私もソフィアじゃなくてサクラって呼んで。冒険者登録の名前はサクラなの」
「わかった。よろしくね、サクラ」
二人で大きなベッドに潜り込む。
「両親、めっちゃ美形だね、二人ともかっこいい」
「でしょ?おじい様とおばあ様もかっこいい…ってか、竜人はみんなかっこいい感じかな。体格が良くて、頼れる感じ」
「だよねっ。番設定、いいなぁ。ジェイデン様みたいなイケオジで大事にしてくれるなら、私だってオッケーするよ」
「もしかして、頼れる感じが好き?」
「うん。ほら、病気で寝たきりだったし…、転生して初めて意識した異性がオーウェンでしょ。あれはないよ、私の顔しか見てないしさ、子爵家の娘なんだから、もっと喜べって超上から目線。ラノベでもオレ様野郎ではあったけど…」
オーウェンもまた環境により性格が変わってしまったのだろう。原作のままのソフィアならばそんなオーウェンを支えなければ、家族の期待に応えみんなを幸せにするために頑張らなくては。と、笑顔で走り回っていたたはずだ。
もしかしたら他にも前世の記憶持ちがいるのかもしれない。
ラノベの通りに進まなかったことで弊害があるのかもしれないが…。
「私、ラストシーンで、ソフィア、本当にその男でいいの?って思った覚えがある」
「私も思った。どう考えてもジェイデン様のほうがいいじゃん。イザベラが骨と皮しかなくても気にしないって…、本当に気にならなかったんだろうね。優しいよね」
口に出して言われなかったし、聞く気もないけど。
なんとなく…、骨と皮だけの身体で。サクラはそんな最期を迎えたのかなと思う。
「サクラにもまだチャンス、あるよ。竜人の中に番が居れば高確率で体格の良いイケメンだよ。稀に同性の場合もあるけど、竜人の女性はかっこいい人が多いから」
「そっか、そうだよね。よしっ、国境都市で見つからなかったら、冒険者として竜王国を回るよ!」
翌日、ソフィア改めサクラを改めて紹介し、この世界での重要人物、料理長の元へと向かった。
「私の漠然としたリクエストを全部、形にしてくれる凄腕の料理長と厨房チームだよ。最近は凄腕商人が希望食材を揃えてくれるから、ほんと、何でも作ってくれるの。サクラは食べたいもの、ある?」
ちょっと考えて。
「たこ焼き!たこパって聞いたことはあるけど、やったことはなかったんだよね。それを言ったら友達と集まってご飯もないけど。みんなで集まってご飯、食べたい」
おしゃべりしながら厨房への廊下を歩いていると。
「待て、この気配は……」
ジェイデンが首を傾げながら一人で厨房に向かい、呆れた顔で戻ってきた。
「バーナードがお忍びで来てやがった」
「え、また?困った王様だねぇ」
「ここの飯の味を覚えたら、まぁ、そうなるのもわかるが…。こっちが遠慮する必要はない。行こう」
「そうだね。サクラはこれからこの国で活動するB級冒険者だから王様と会っておいて損はないし」
「え、王様って、まさかこの国の?緊張するなぁ…」
話しているとおにぎりを手にしたバーナード王がひょこっと廊下に姿を見せた。お忍びなのでラフな服装だ。
ジェイデンよりは少し細身ではあるがそこは竜人、立派な体格でやはりイケオジ。
おにぎりを手にしていてもイケオジだなと思っていると。
見てる間に顔が真っ赤になった。
「愛らしい…、なんて愛らしいんだ、私の番は」
あ?
スタスタスタと歩いてくると、当然のようにサクラを抱え上げ、さぁ、お食べとおにぎりを差し出した。
厨房の一角でバーナードがサクラを膝に抱えデレデレと頬を緩ませていた。
料理長と、たまたま納品に来ていた凄腕商人グレイも、あまりの威厳のなさに引いている。
「久しぶり、グレイは納品?」
「おう、海苔ってヤツを改良したって漁村から報告があってさ。以前の海苔よりいい感じだと思うぜ」
「ありがとう、さすがグレイ。次はね、たこ焼きプレート、作ってほしいの」
「………は?」
簡単に図を描いて、どういった調理器具かを説明する。
「………こんなもん、見たことねぇぞ」
「だろうね、頑張れ」
「いや、おまえ…」
「騙されたと思って作ってみて、絶対に美味しいものができるから。これ、屋台で売るのにもおすすめの庶民料理だよ。特許はグレイに任せるから、お願い」
そそのかすと『金になる』と判断したのか頷いた。
「任せろ、試作品は二週間…、いや、十日で用意して料理長に届けておくぜ」
そう言うと、忙しい、忙しい…と帰っていった。
グレイ、本当に忙しいんだよね。今は竜王国でも一、二を争う商会だ。しかしどれほど商会が成長しても、ここにはグレイ本人が足を運んでいる。
「できる限りライと直接話さねぇと、商機を逃す」
私より料理長や周囲のほうが凄いんだけどね、ほんと。異世界チートしたくても私にはそこまでの才覚がない。前世を思い出すだけで、あとは丸投げ。自覚しているので、利益は出来る限り領地や働く人達に還元している。
お金は欲しいけど、それは食べて生活するのに困らない程度で十分だ。
さて、次は。
「ライラ、話、終わった?ねぇ、これ、いいの?第二王子と子爵でも身分差が問題になっていたのに、いいの?」
サクラがジタバタと暴れバーナードから逃れようとしているが、離すわけがない。
「大丈夫、竜人の番愛は誰にも止められないから」
「ってか、本当にこの人、王様なの?」
「君が王妃になりたくないのなら、兄に王位を譲り…」
「やめて、それは、ほんと、やめて」
私が王妃になってしまうではないか。辺境伯でも手に余るのに、国なんてストレスで血ぃ吐くわ。
「うわぁ、番設定最強って思っていたけど、自分がやられるとドン引きだ」
「最初が肝心だから、頑張って。最初、押し切られると、ずっと押し切られるから」
「押し切られるとどうなるの?」
「このまま城に連れ帰って閉じ込めてしまいたいな」
うっとりと囁かれて、サクラがキレた。
「黙れ、変態、そんなことしたら、一生、恨むから、許さないから。せっかく健康な身体になって自由に動き回れるようになったのに、なんで監禁されなくちゃいけないの、絶対に嫌。冒険者も続けたいし、いろんな町や国に行きたいのにっ」
バーナードがごめん、ごめん…と謝り、そんな事はしないと卑屈なほど低姿勢になった。ジェイデンでもここまで低姿勢だったことはない。
気質?まぁ、たまにいるよね、権力がある人に多い。
「バーナード様、サクラが可愛いのはわかります、私も同感ですが、その前に相談しなくてはいけないことがあるのでちょっと場所を移しましょうか」
和風サンルームに移動し、お父様とお母様にも来てもらう。お二人とも領地の仕事があるのに申し訳ない…が、これは国家の一大事だ。
もちろんジェイデン様にも居てほしい。
バーナード様が暴走した時に物理的に止められるの、ジェイデン様だけだからね。
お父様とお母様が立ち合い、二人のお付き合いに関するルールがざっくり決められた。
結婚はサクラが十八歳になってから、年齢差、体格差を考慮し、不埒な真似をした場合、バーナードの面会を一年間禁止し、結婚も一年先延ばしのペナルティ。
国王としての仕事を優先し、サクラに会いに来るのは月に一回、二十四時間まで。
サクラは国境都市で冒険者として活動をするが、十六歳になったら王都へと移り、王宮で暮らす。王妃教育は…しないわけにもいかないため、先代王妃レリアン様にお願いすることになるだろう。
「そういえば…、私、エイブラムズ王国ダーズリー子爵の娘なのですが、そういったことって知られたら大変なことになりませんか?」
お母様が優しく微笑みながら言う。
「ではダーズリー子爵の娘ソフィアには死んでもらいましょう。大丈夫ですよ、幻覚の魔法でちょっと細工をしてあとは密偵がうまくやってくれます」
そうだねー、ソフィアの場合は私と違い、エイブラムズ王家に目をつけられていたし、今後は竜王国の王妃となる。真偽不明ではなく死んだことを確認してもらったほうが、後で見つかっても『他人の空似』で押し通せる。
「大丈夫、最悪、力でゴリ押しするから」
サクラがちょっと引きつった笑いを見せてジェイデンを見た。
「まぁ…、ジェイデン様一人でもエイブラムズ王国の国家戦力相当だもんね」
「兄上は確かに私より強いが、私もそれなりに強いぞ」
「でも私よりは弱いので、国王らしく王座でおとなしくしていてください。何かあっても国境都市で食い止めます」
こんな感じでやってよいこと、駄目なことを日程とともに決めていく。
滞在場所や護衛、冒険者としての活動をする時の注意事項。B級冒険者といえどもまだ十五歳。サクラの場合、前世も子供だったから保護者は必要だ。
それにしてもバーナード様の番かぁ…。
「サクラは何がどう転んでも王族の嫁になる運命だったんだね」
しみじみと呟いた私にサクラは『解せぬ』とつぶやいた。
その後はサクラも加わり、ますますにぎやかな毎日となった。
サクラの依頼にはしばらくミールが同行することになり、帰るなり『魔法の使い方が無茶苦茶です、剣の扱いも、接近戦もまるで駄目です』と頭を抱えた。
サクラの戦闘スタイルは魔力でのゴリ押し。
そうだよね、誰かに習う前に冒険者登録して魔物を殲滅してきたんだものね、そうなっちゃうか。
それにしてもこの世界の人、力でゴリ押しが多すぎないか?
ということで、サクラの日課にお母様の魔法とミールの基礎武術の教室が追加された。
「美人妻とうさ耳メイドの教室、たぎる!」
う、うん、ちょっと落ち着こうね、サクラ、言葉にしちゃダメなことも覚えようね。
定期的にエイブラムズ王国の情報も入ってきていて、ダーズリー子爵の娘ソフィアの遺体が崖下で発見されたが、魔物に荒らされて遺体を回収できなかった。ことになった。
しかし着ていたドレスと髪飾りが回収されされ、本人のものと確認された。
子爵家は予想通り爵位を返上し、逃げるように田舎に引っ越した。
オーウェン第二王子は補佐役となるソフィアがいないせいかポンコツぶりが際立ち、予定よりも随分と早くエマと結婚しフォーサイス公爵家の跡取りとなった。
公爵家を立て直すかますます落ちぶれるかは調べるほどのことでもないが、火の粉がお父様と私にふりかかってくると迷惑なので、監視は続けている。
私達は十六歳になり、デビュタントの舞踏会でバーナードとサクラの婚約が発表された。
私もジェイデンと参加し、ダンスを踊った。
一部のお姉様達からの『優良物件がこんな小娘達と!?』という視線もあったが、番の魅力には抗えないのも事実。気持ちを切り替えて他に良い男はいないかと物色…、いえ、皆様、社交を楽しんでいた。
サクラは今日から王宮で暮らす。レリアン様とフューイ様が後見人となってくださるので心配はしていない。冒険者としての活動はフューイ様が『私が同行すれば問題ないだろう』と強引に許可をもぎとった。
「この小鳥は城に縛り付けたら死んでしまうよ。大丈夫、何があっても私が守る」
フューイ様の男前発言にサクラが倒れそうになっていた。
私は国境都市に帰り、いつもの日常へ戻る。
「ライラ、疲れていないか?」
舞踏会の後は王都にあるジェイデン様所有の屋敷に帰る。馬車までの道は歩きで、なかなかの距離がある。辺境伯のお城も広いが、王宮はさらに広く迷子になりそうだ。
「慣れない靴で足が痛いので運んでください」
「承知した」
軽々と片腕で抱き上げた。
「我が番は羽のように軽いな」
「いえ、そんなに軽くはないと…、人族にしては背も高いですし、今日は完全武装でドレスも重いです」
「そんなことはない。出会った時から変わらない。いつも軽やかで、楽しそうに踊っている」
そう…だとしたら、それは、きっと助けてくれる人達がいたからだ。
その後、エイブラムズ王国からは徐々に人材が流出し、移民、難民を最も多く受け入れたのがオルティス竜王国の国境都市モンサルス辺境伯領であった。
かの地は人種、性別、身分に関係なく優秀な人材を雇用し、また際立つ才能がなくとも『分業作業』により、あらゆる分野で一定の成果を出すことに成功した。
エイブラムズ王国の衰亡の兆しはこの頃よりあり、無理な徴税、徴兵、極端な選民意識に苦しめられた庶民が立ち上がり、内乱を収める形でオルティス竜王国が吸収した。その際、王族、貴族達の大半が身分を剥奪された。
当時のモンサルス辺境伯夫人が人死を嫌ったため、極刑はなかったが…、平民となること、国外への追放を拒んだ者には毒杯が渡された。
貴族として名誉ある死を迎えたい。
その訴えに辺境伯夫人は『貴族であることに何の名誉もない。地位や名声は自から名乗るものではなく、周囲の評価により得るものだ。毒杯を飲んだところで、バカな貴族が死んだと庶民に喜ばれるだけだろう』と。
それでも毒杯を望んだ者もいたが、半数が思いとどまった。貴族としての死に疑問をもった者の多くがわけもわからぬうちに没落した女性達で、辺境伯夫人の手助けにより刺繍やスクロールの工房が作られた。
その陰で…何人かの暴力的で愚かな貴族が粛清されていたが、華やかな貴族女性達の転身のほうが話題となり、暴君達は歴史に名を遺すことなく消えていった。
エイブラムズ王国の大半の領地がモンサルス辺境伯領となり、大規模な立て直しが行われた。しかし平民に過酷な労働を強いることはなく、現地の気候風土に合わせた農地改革や産業が興された。
陰の功労者、モンサルス辺境伯夫人…、またの名を革命の寵児ライ・モンサルス辺境伯子息。そして食の女神ライラ・モンサルス辺境伯令嬢と呼ばれることもある。
双子とも、実は一人だったとも言われているが、確定づける記録は残されていない。政策に関する資料は残っているが、個人的なもの…容姿や性格などに触れた書物はない。
子息、令嬢の番が嫉妬深かったせいだという説もある。
「え、私の自伝?伝記?勘弁してください、政策なんかは資料として残したほうが良いと思いますが、私に関することはほんと、本気で勘弁してください、残そうとしてもジェイデン様にお願いして、処分してもらいますからね、絶対にやめてください、恥ずかしいから」
「と、言ってるからな。ライラのプライベートに関しては全て消す。抵抗すれば…、作家ごと消すことになるから背後には気をつけるように」
「ジェイデン様、作家ごと消すのはやりすぎです」
「では…、出版社を潰そう」
「それはもっと、駄目です、加減、加減をしてください!」
竜人至上最強と謳われたジェイデン・モンサルス辺境伯は圧倒的武力を持っていたが、他国への侵攻には興味がなく生涯辺境伯領の発展のために力を尽くした。
その伴侶、辺境伯夫人ライ…、ライラ。
異種族であり年齢差もあったが二人の仲はとても良かったと、辺境伯の第一子が書き記した資料の片隅に何故か暗号のような形で残されていた。
閲覧ありがとうございました。あと一話、おまけがあります。




