12 妖精姫参戦!そして号泣、なんかゴメン
日本で書いたラノベが元になっている前提だからか、この世界も十二カ月でエイブラムズ王国やオルティス竜王国は真冬に新年を迎える。
年越しのパーティは夜中までだが私は早めの就寝となった。
翌日は料理長が中心となって準備してくれた洋風お節の初披露である。大皿も良いが、テーブルが広く大きいため個食お節とした。
今頃、城内で残って働いている人達にも配られていることだろう。
彩り豊かな個食お節はゼナード様達にも好評で、後日、実家への帰省やシフトの都合で食べられなかった使用人達から泣きながら『食べてみたい』と懇願された。
食べた騎士や使用人達が『今年は城に残って良かった、見た目よし、味よしで珍しい物を食べられた』と自慢したため、なんだそれは…となったらしい。何それ、詳しく、詳しく、もっと詳しく…が伝染し、食べてみたい!と。
そしておせち料理がきっかけで国境都市にお弁当文化が誕生し、数年後には多くの食堂で持ち帰り弁当が販売されるようになった。
こんな感じでおおむね楽しく生活しつつ一年、二年…と過ぎて、十二歳の年。
密偵からイザベラ(偽)ではなく義妹エマが第二王子オーウェンの婚約者になったと報告があった。さすがに偽物を王家の婚約者にはできなかったようだ。バレたらお叱り程度では済まない。
王家に偽物なのでいかような扱いでも大丈夫です…と報告をすれば、では本物はどこに?という話になる。
天秤にかけて娘を差し出した。運が良ければそのまま王子妃になれる。エマ、頑張って、顔も覚えていないけど、義妹に恨みはない。どう考えても一番悪いのは父親。
政略結婚だから母を愛せなかったことは仕方ないと許せても、その後がひどすぎる。
義妹ももしかしたら親達の犠牲者かもしれない…と思ったが、密偵から。
「メタクソ評判悪いご令嬢ですよ~。下位貴族をいじめているし、庶民相手だと暴君を通り越して殺戮機械みたいな?自分がいる時は見つからないように助けていますが」
うわぁ、ごめん、迷惑かけて。エイブラムズ王国に潜入している密偵チームには万能治癒スクロールと特別ボーナスを進呈しておいた。
ごめんね、こっちに帰って来た時は美味しいもの、ご馳走するから。
さて私の生活は男装が定着しつつあるが、髪を伸ばしはじめて、時々はワンピースやドレスを身につけていた。十六歳になれば王都に行き舞踏会に出る。それまでに身のこなしやダンスを覚えなくてはいけない。
ダンスはジェイデンがパートナーを務めてくれるので最初からかなり楽だった。私とダンスを踊れるだけで上機嫌なので、足を踏もうが蹴ろうが転びそうになろうが文句を言われることはない。
ダンスの先生は頭を抱えていたけど、大丈夫、まだ四年あるから、そのうち覚えるはず、たぶん、覚えなくてもジェイデンがなんとかする。
そして十五歳。
城以外の人達にも『辺境伯様んとこの跡継ぎは坊ちゃんだと思っていたらお嬢さんか』と、自然な感じで浸透していった。
服装は少年から、お洒落な男装といった雰囲気で、シャツにベスト、パンツ姿ではあるが刺繍や色の切換で女性らしさを出していた。
身長は百七十センチで細身、胸は…普通だったが、逆にまったくない可能性もあったのだ、普通にあった事を喜ぼう、まだ成長過程だし、揉んでもらったら大きくなるって都市伝説もある。
ハイヒールにも慣れなくてはいけないためブーツに踵をつけて、推定百八十センチ。ジェイデンと並んでも見劣りしない体格となった。
ちょっとキツイ感じの顔立ちで、髪色は赤味が強い。相変わらず動き回っているのでポニーテールにしている。
今日も国境都市の中をジェイデンと一緒に見て回っていると。
「あ―――――ッ、いた―――――ッ!!」
と、ほぼ絶叫が聞こえてきた。
声の方を見れば同じ年頃に見える金髪碧眼の美少女がいた。うわ、めちゃくちゃ可愛い、お人形さんみたい。
しかしどこかで見たことがあるよう…な?
「なんで…、なんでジェイデン様といんの、まだ出会ってないはずでしょ、なんでいるの、どうしてエイブラムズ王国にいないの、なんで、どうして…、どうして…」
うわぁんと泣き出した。号泣だ。
「ライラ、知り合いか?」
ジェイデンに聞かれて知らない…と答えようと思ったが。
金髪碧眼のどっからどう見ても絶世の美少女である。会っていたら覚えているはずで、直接会っていなくてもその可愛らしい容姿には見覚えがあった。
ヒロイン、ダーズリー子爵家令嬢ソフィア。
ここにいるということは、ほぼ間違いなく記憶保有者。だとすれば放っておけない。
側で待機していたミールと護衛騎士を呼び、城に運ぶように頼んだ。
和風サンルーム。
ついに開発した緑茶と豆大福を出すと、さらにわんわんと泣き出した。
「なんで、あるのぉ、前世で大好きだったお菓子ぃ、記憶、蘇ってからずっと、ずっと食べたかったお菓子ぃ…」
あまりにも号泣しているものだから、見かねてミールが世話をしている。タオルで顔を吹いて、背中を撫で、お茶を飲ませた。
「お茶…、美味しい…」
「おにぎりも食べる?」
くわっと目を見開いた。
「あるのっ!?」
「あるよ、懐かしいでしょ?今、持ってきてもらうね」
ミールがサラに声をかけに行き、サラが重箱に詰めた和菓子と和食を運んできた。
ソフィアの目が涙のせいだけでなく、キラキラと光る。
「すごい…、見た目、完璧」
「味もかなり近いと思う。えーっと、ほら、私は骸骨姫でしょう?公爵家で虐待を受けていたせいですっかり食い意地が張っちゃって」
ソフィアがしょぼん…と項垂れた。
「そう…だよね、記憶、あるなら、そりゃ、ジェイデン様の元に逃げるよね。だって運命の番で、ジェイデン様なら絶対にイザベラを死なせたりしないもの」
詳しく話を聞きたかったが、せっかく用意したので先に食事をすすめた。
ソフィアがやっと泣き止んだのでミール以外は離れた場所で待機してもらった。ジェイデンにも『後で説明する』として席を外してもらう。
しかしミールだけは『これ以上、離れることはお許しください。安全上、この距離は譲れません』と動こうとしない。
ソフィアが『居てもいいよ。聞かれても大丈夫な人だよね?』と言うので、そのまま話すことにした。お父様達と相談し、専属メイドの三人には転生の話をしてあるので問題ないだろう。
「えーっと前世の記憶は十六歳くらいまでで…、病院で寝ている事が多かったの。それで暇だから漫画とか小説、いっぱい読んでいて、たぶん最後に読んでいたのが『妖精姫と骸骨姫』だったような?」
病弱であまり起きていられず病院の外に出ると言っても自宅か、年に一度か二度、親と一緒に百貨店に行く程度。
ソフィアとして転生し、十二歳の時に記憶を取り戻した。
「オーウェンと会ったらなんか気持ち悪い感じにしつこくて。嫌だなぁと思っていたけど、あっちは王族でこっちは子爵」
両親からも『とにかく、第二王子殿下の機嫌を損ねないように、にこにこ笑って頷いていろ』と言われた。
何度か王宮に呼ばれ、ある日、とんでもない事を言われた。
子爵家では王族に嫁げないし、現時点でソフィアを高位貴族の養女に出すのも印象が悪い。王族が無理を通したようになるため、時間稼ぎのために第二王子には偽装婚約者を立てる。
フォーサイス公爵家の…。
瞬間、どっと記憶が流れ込んできた。
フォーサイス公爵家のイザベラ、ラノベの骸骨姫。悲運の公爵令嬢…、とても可哀相な女の子…。
ヤダ、アタシ、ラノベの世界に転生しちゃったの!?
「と、思ったら偽装婚約者はエマ嬢だって言われて、その場で『ハァアン?』てのけ反らなかった自分を褒めてあげたい、それくらいビックリした」
混乱してはいたが、ともかく落ち着こうとおとなしくしていた。
それから自分なりに頑張って情報を集め、噂程度ではあるがイザベラは行方不明で、現在、フォーサイス公爵家にいるイザベラは影武者だと知った。
城下町ではわりと有名な真偽不明の噂話だ。
うちの密偵が定期的に流しているので、かなり具体的かつ、公爵家の印象が悪くなるような内容なんだけど、真実しかないので問題ない。
そこからソフィアは考えに考えた。寝たきりで人生経験は少ないが、ネットで漫画や小説は読みまくっている。
登場人物の名前が一致しているのに知らない展開になっているということは、ここにいない人間も転生者。だとすれば高い確率でイザベラが転生者で、オルティス竜王国に逃げ込んでいるはず、よし、追おう。
ソフィアもまた魔法の天才だった。そして私よりもっと怖い物知らずだった、人生経験、浅いから、とにかく魔法を使って強くなればイケる、イケる。と、魔法を鍛えて、鍛えまくって三年近い修行の後、単身、オルティス竜王国に乗り込んできた。
勢いしかない。
その間、事なかれの両親の説得を何度か試みたが、両親は『王家の指示に従え』『婚姻が成立すれば我が家も安泰だ』とソフィアの気持ちを無視した。
原作では偽装婚約のことを知らされなかったが、現実では『ソフィアのために、こんなにしてやっているんだ』と王家も圧力をかけてくる。
オーウェンの言動は気持ち悪いので省略。
「それにしても…、その年でよくここまで来られたね」
「冒険者登録してあると簡単だよ。これ、ギルドカード。偽名で登録できるし、お金も貯められるし、ランクがあがると待遇も良くなって超便利」
見せてもらったカードにはBランクとあった。確かFランクスタートだから…。
え、高ランク冒険者ってこと?
「どんだけ魔物、倒したの?」
「よく覚えてないけど、千?とか二千?たくさん倒したら、お金もたくさんだし、ランクもあげてくれたよ~。十五歳でBランクになった人って、ギルド制度が始まってから数えても十人くらいしかいないってマスターに褒められたぁ」
でしょうねっ、怖っ、この子も怖いわぁ。
ってか、ミールが動かないわけだ。私、この子が本気になったら瞬殺される。ミールは最悪の事態を想定して、私を確実に守れる位置にいた。
んだよね?
ミールをチラッと見ると、ニコッと笑って頷いた。
自慢じゃないけど私、魔物なんてスライム一匹だって倒したこと、ないから。ミールが同行していれば出くわすこともないし、近くに潜んでいてもジェイデンの威圧で逃げていく。どうしても戦わなくてはいけない時はジェイデンか護衛騎士が私の視界に入らない場所でサクッと対処していた。
「実家のほうは放っておいても大丈夫なの?」
「うん。『お父様とお母様、オーウェン様の幸せを願っています。永遠にさようなら』って置手紙したからたぶん大丈夫。髪の毛も切って、一緒に置いてきたし」
エイブラムズ王国では騎士が死地に向かう時に自身の髪を家族に残す風習がある。駆け落ちや自殺の時にも似た事をする。
子爵家とすれば婚約者候補の娘が逃げたとするよりも、自殺したと説明するほうがまだましだろう。どちらにしても心証は悪いが、娘の死を理由に爵位を返上し田舎にでも引きこもってしまえば平穏な生活を送れる。
逃げたことにするとソフィアを探さなくてはいけないし、見つかるまで王家の顔色を窺わなくてはいけない。
「記憶が戻ったせいか、両親にもあんまり…、なんか、違うなって。私の話、聞いてくれないし、他人みたいで」
私と同じだ。記憶が戻りフォーサイス公爵家の人間が心底どうでも良くなった。
「ごめん…、いきなり泣いたりして。イザベラが悪いわけでもないのに。イザベラは虐待されていたし、ラノベの通りなら死ぬ確率も高かったから、そりゃ、逃げるよね」
「うん…、偽装でもオーウェンの婚約者になんかなりたくないし、とにかくお腹が空いて」
飢餓の苦しみが尋常ではなかった。
あんな生活が何年も続くくらいなら、平民になったほうがました。
「そっかぁ。私は病院での食事が多かったから、まぁ、こっちのご飯は普通?あ、でも国境都市は美味しい物が多いよね、嬉しい誤算だった。来たばかりだから、これからゆっくりお気に入りのお店を探すんだ」
そのまま楽しくおしゃべりし、今夜は泊まっていってもらうことにした。




