10 中華、イタリアンときたら
昨夜のうちに渡しておいた冷気遮断と治癒スクロールが早速、役に立った。雪崩被害にあった集落は二つだけで住民も少なかったが、死傷者が出ると『ライのせいで』と難癖をつけられる。
私のせいであるはずのないものでも、謎理論を展開させて押し付けてくる。
そんなことにはさせないとおじい様達が頑張ってくれた。
救出に向かい雪に埋もれた人達を救いだし、とりあえず冷気を遮断させた空間の中に入れた。人数が増えれば空間も拡張。
魔力を通すだけなのでテントを組み立てるより簡単だ。
別荘からついていった使用人達が混乱している住民を落ち着かせて、意識を失くしている者、体温が極体に下がっていた者には治癒スクロールを使った。
寝ていた時の服装でコートもないが、夜明け前の切られるような寒さを感じない。温かな飲み物が提供されて、村人達は『助かった』と落ち着いた。そして全員の救助が終わり、この被害に対しておじい様が全面的に支援する事を約束した。
現在は防寒具を手配し、被害の出なかった集落に移動している。余裕のある村でしばらく預かってもらい安全対策を考えた上で再建するか移住するかを決める。
ジェイデンはおじい様と一緒に飛び立ったが気配を消して戻ってきていた。
過去に起きたことがない規模の雪崩で、天候的には起きるタイミングではない。人為的なものならば狙いは私。
おじい様達竜人族は雪崩程度では死なないし、うっかり雪に埋もれても意識があれば脱出できる。魔法が得意でなくとも腕力で重い雪を吹っ飛ばす。
竜人族には重力とか水圧とか、重さ何キロのものの落下速度が、衝撃が…なんて計算、必要ない。。
重い、吹っ飛ばす、邪魔、吹っ飛ばす、とにかくヤバイと思ったら吹っ飛ばす。
そして地道な捜査よりは囮捜査。ターゲットの守りを緩めたらのこのこと出てくるんじゃね?という単純な作戦に『ターゲットの護衛、メイドだけじゃん、今がチャーンス』と、本当にのこのこと現れて捕まった。
ちなみに別荘に残っていたおじい様の使用人は四人で、全員が元騎士団員だったのでまったくの非戦闘員ではない。ただ外見だけで判断すると初老なのであなどられたかもしれない。
ともかくジェイデンの強さはラノベによるとエイブラムズ王国の国家戦力相当である。
ヒロインの姑息な罠の数々で負けたが、単純な戦闘力ならスーパーなんとか人…には負けても、その辺のゴロツキに負けるわけがない。
捕まった男達が悔しそうに顔を歪めていた。
「それで誰の指図ですか?ザーサイ子爵家ですか?それとも別の者ですか?まぁ、答えても貴方達の罪は変わらないので黙秘でもかまいませんが」
辺境伯家にも隠密はいるので今頃は雪崩を起こした魔道具の回収や、残党がいないか念押しで調べていることだろう。
捕まったうちの一人…、こちらもなかなかのイケメンが悔しそうに言う。
「辺境伯領は誇り高き竜人の領地。それを、人族になど明け渡すことはできん!」
「そうですか、ちなみに私の婚約者ですが王兄殿下であるジェイデン様です」
「それが…」
「私達が結婚すれば、辺境伯としての実務はジェイデン様が握ることになりますよね、年齢的にも、経験的にも、領地としての損得や王室とのつながりを考えても」
五人ともが『な、な、なんだってーっ』という顔をしていた。
「私はまだ十一歳でジェイデン様は五百歳ですよ?どう考えても実務はジェイデン様ですよね?王兄殿下ですよ?対外政策でも元王族の肩書を使ったほうが良いですよね」
五人がオロオロと顔を見合わせてこそこそと話し出す。
「確かに…、王兄殿下の強さは大陸一と言っても良いし、竜人の中の竜人だ」
「しかし小賢しい人族が本当に権利を殿下に譲渡するかどうか…」
「結婚すれば夫婦は対等だ。人族だけが利を手にすれば城の側近共も黙ってはいないだろう」
「我らは竜人の血脈を守る事を信念に活動している。結論を出すのが早すぎた…か?」
そんな感じで十分ほど話し合った結果。
「ファルファッレ男爵当主カルボに、貴殿が辺境伯領の掌握を狙っていると相談を受けた。それにより、我らは行動に移した」
実際、領地での私の知名度は爆上がりした上に事業も興している。あれこれ活動している表面だけを見ればそういった印象になるのも…、脳筋だしなぁ。地道な調査とか裏付けとか難しいか。
「あなた方の行いで被害を受けた集落の方達がいます。彼らは家や財産を雪崩で失いました。すべて正直に話すのなら、労働刑で許してもらえるように交渉しましょう」
集落の立て直しだけでなく山の修復もしなくてはいけない。
心根まで腐っていないのなら、労働力になってもらいましょう。
実行犯よりファルファッレ男爵だ、なにがカルボだ、イタリアンも食べたくなったぞ。
ファルファッレ男爵がこの場にいたわけではないため、地味に裏付け捜査が行われることになった。
実行犯達はジェイデンの強さを目の当たりにし、すっかりおとなしくなった。格の違いというヤツ?ドンマイ、気にするな、ジェイデンはラノベのラスボスだから、強いに決まっている。
雪崩のせいでなんだか雪山を楽しむ雰囲気でもなく、仕方なく家に帰った。
一休みして厨房に向かう。
「料理長、カルボナーラを作ってください!」
ちなみに小麦粉を使った麺料理はあるので、パスタに近い麺を用意してもらう。
確か材料は…、牛乳、卵黄、チーズ…でいっか。塩コショウと、具は玉ねぎとベーコン。料理長に伝えると『似たような料理がある』とささっと作ってくれた。
「似たような料理があるということは、もしかしてピザも?」
「それはどんな料理だ?」
丸く広げた生地に具材を乗せて焼くものだと言うと、詳しく、詳しく、もっと詳しく…とのってきたので、思いつく限り説明をする。
「手で食べられるものなら騎士団の朝食や会議中の軽食で出してもいいな」
手が汚れないような工夫は必要だが、形状はどうとでもなる。カルツォーネとか、イタリアンではないがタコスも好きだったなぁ。あれ、トルティーヤだったか。クレープみたいに巻くやつは…、ハッと気づく。
クレープ!まだ、食べたことがない、なんたる失態、気付くの、遅すぎだよ。
料理長に一方的にリクエストをして部屋に戻る。夕食には上品な見た目のピザで、薄焼きの生地の上にチーズやお肉、野菜が彩りよく並べられていた。ピザではないが、これも美味しい。
中華、イタリアンときたら次は何かな。個人的にはカロリーの暴力、ネットで話題になったジョージア料理に挑戦したい。
前世では年齢的な問題で好きなだけ食べるのに勇気が必要だったが、子供の身体ならいける、余裕でいける。チーズたっぷりのハチャプリは騎士達にもウケると思う、濃厚なチーズ、バター、半熟卵にパンをつけるわけだから、お腹にもガツンとくる。シュクメルリはご飯でも美味しく食べられるし。
夕食後、自室でミルクを飲んでいると、ジェイデンが隣に座った。よしよしと頭を撫でられる。
「あんな事があったのに…、怖くないか?もちろん、危険な目にはあわせないが恐怖心というヤツはオレではどうにもできないからな」
怖く…、危険な目?
ちょっと考えて、雪崩の事かと思い出す。料理長と話すのに夢中で忘れていた。
「今回は割れた山を見ただけですし…」
怖いというか、ヤバイと思ったのは前世の記憶からイザベルの末路を思い出した時。ガリガリに痩せて発狂死なんてお断りだと、本気で震えた。
そこからは慎重に慎重を重ね、防御重視で行動していた。私は異世界転生チートを楽しみたいわけではない。結果的に異世界転生チートに突入するのは良いが、自分から戦いに行く気はない。
見た目は少年だが、中身は女の子だ。軟弱だ、ひ弱だと言われても気にならない。そもそも人族は獣人に比べて身体能力が低い。実際、高い水準の人達から『低い』と言われても、種族特性なので『当たり前』としか思わない。
弱いと自覚している。
だから辺境伯…お父様に本気で向かってこられた時はめちゃくちゃ怖かった。
人生で最高に怖かった出来事だ。
死ぬのも怖いし、痛いのはもっと怖い。
「あの時、ジェイデン様が『オレの番』って登場した時は、それはもう、ほんとときめきましたよ、白馬に乗った王子様に見えましたが、一瞬でどん底に突き落とされましたね」
「うっ…、あの時は、本当に悪かった」
「かまいませんよ。代わりに素敵なお父さんとお母さんができました」
「そう、か」
「産みの母も優しい人でしたが…」
前世の記憶のせいで、幕がかかったようなおぼろげな存在になってしまった。
「オレの…、母親とも会ってみるか?先代の王と王妃ももれなくついてくるが」
「そうですね、婚約したのだから一度、ご挨拶に伺うべきですよね」
手土産、何にしようかな。餅と小豆の開発が間に合ったら、塩豆大福とかどうだろうか?私が食べたいだけだが。
年末になるとおじい様とおばあ様が辺境伯地の城にやって来て、なんと先代の王、王妃、そしてジェイデンのお母様まで来ることになった。
『明日、行くから』
という、まったく意味のない連絡があり、阿鼻叫喚の騒ぎである、使用人達が。急いで客室のチェックをして料理の確認をする。
料理といえば、じゃじゃーんっ、おせち料理を現在、準備中である。
四角い器にこういった感じでいろいろな料理を詰めて…と説明をすると、日持ちするおかずなら事前に準備が整うので、そりゃ、いいかも。と、なった。
相変わらず理解と仕事の早い料理長である。
年末は城内で年越しパーティ、新年は各家族でまったり過ごすのが習わしだ。ちなみに一人暮らしや寮暮らしの人達にも新年のご馳走が配られる。
今回はその一部をおせち料理形式にした。
和風ではなく洋風おせちで、揚げ物、焼き物、煮物と準備が進んでいる。
忙しく働く人達の邪魔にならないよう、ジェイデンと一緒に城の中を見て回る。
「新年の準備が進むの、わくわくしますね」
「そうだな。それにしても我が番は本当に凄いな。いつも思うが、どこからあの発想がくるんだ?料理の本を読んだにしては…、完成した状態を知っているような説明だ」
「あぁ、それは…」
転生者だから。
今までは隠してきたが、もう言ってもよさそうな気がする。
「ジェイデンに真っ先に話すとお父様とお母様が悲しむと思うので、お父様達の都合を聞いてから一緒に話します」
「そうか。親を大切に思う我が番は本当に優しい子だな」
前世でもよく目にした番設定だが、これって割と私の性格にはあっているな。
リアル恋愛を忌避していたわけではないが、オタ活が楽しすぎて後回しにしているうちに何らかの理由で死亡した。今もどうしても恋愛をしたいわけではない。
まず美味しい物が食べたい。そして、本を読み、あとは趣味。スクロール作り等の物作りは趣味の一環だ。結果的に国境都市としての事業になっているが、聖人君子になりたいわけではない。
前世でも仕事で疲れていたらバスで席を譲らなかったし、迷子の子供が泣いていても急いでいる時は素通りした。
自分本位でやりたい事しかやらない、ヤバイと思ったら保身に走る。小心者で矢面に立ちたくないし、魔物など一生、目にしないままで良い。
そんな私でもジェイデンは『番だから』盲目的に愛してくれる。
いつか飽きて捨てることも浮気することもない。私が趣味に夢中になっていても『真剣な表情の番可愛い』と本気で言っている。
これは凄いことだよ、放置プレイでも許されるし、怖いなと思えば盾にもなってもらえる。魔物だって暗殺者だって、他国の権力者でさえもゴリ押しできない。
だってジェイデンの力業でのゴリ押しのほうが何倍も厄介だ。
「ジェイデンは私が何を言ってもやっても褒めますね」
「悪さをすれば叱るぞ?」
「ふふ…、そうですか」
「………何か企んでいるのか?」
訝しがるジェイデンに『あなたが私の番で良かった』と告げると。
「そ、そんな、誘惑するような事は言ったら駄目だろう、いいか、男というものは…」
と、説教をされた。何故かミールとタフィも加わって。




