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深海のピースサイン

「12:35。予定時刻より二分早く海底に到着。深度は9530メートル。前方にはX-004海底火山が見える。すべての計器に異常なし。これより海底のサンプルを採取し、その後海底火山を調査する。」


日課の散歩をしていると、遠くに強く光る何かを発見した。いつものように地面に絵をかいたりクラゲと遊んだりするより面白いことが起きそうだ。みんなはそういう怪しいものには近づくなというけれど、そんなつまらない忠告より好奇心が勝った。近づいたっていいじゃないか人魚だもの。


「12:38。新種の魚のようなものを発見した。窓の前方1,2メートルほど離れた場所にいる。8時の方角から近づいてきた。体長は人間ほどで体表の半分にのみ鱗がついており、長い手のようなひれをもっている。また人の頭のような器官を備えており、まるで、というかおとぎばなしに出てくる人魚そのもののような外見をしている。」


その光る物体は一つ目の大きな魚の形をしていた。図体のわりに小さい手のようなひれがついている。指が二本しか生えていない。私は見たことのないものを前にしてすごくテンションが上がった。昨日まではこんなものなかったのにいきなり現れたもの。ところでさっきからおなかのあたりの口から泥をすすっている。おいしいのかしら。目の前の魚?も気になるけど今度は泥の味が気になってきた。


「少し落ち着いてきた。サンプルの採取をしながら人魚の観察を開始。カメラにも映っているとは思うが一応見えているものを報告していく。まず人魚の頭部から外観を説明する。髪は白。チョウチンアンコウのような発光する突起が額の位置から生えている。表情は髪が邪魔でうまく読み取れないが笑っているように見える。上半身は人間の女性そっくりにみえる。乳房は小さめ。体色は白人の肌の色をしている。また手に球形の石を持っている。下半身は魚のようになっていて鱗は青色で金属光沢がある。今泥を手にとって口のあたりに運んだ。食事をしているようだ。アームを動かして意思疎通を図ることにする。」


泥をちょっとなめてみたが予想通りめちゃくちゃまずかった。こいつの味覚どうなってるんだ。顔の周りの土煙が晴れると、魚が手を振っていた。正直泥を食べるようなやつとはあんまり仲良くしたくないがとりあえず手を振り返す。すると次は手を前後に動かし始めた。こちらも手を前後に動かす。次はピースサイン。こちらもピースサイン。何をやってるんだ私たちは。そうそう、こういうときのためにこれを持ってきたんだった。


「アームの動きを真似し始めた。どうやらある程度高い知性を持つ生き物のようだ。泥を食べてるからと言って原始的な生物と思ってちゃいけない。また今のところ敵意はなさそうだ。ただこちらがアームを開くとあちらはピースサインをした後持っていた石で顔を隠した。彼女らにとっては何か意味のある行為になっていたのかもしれない。引き続き観察を続けたのち定刻になれば本来の任務に戻り、海底火山の調査を行おうと思う。」


しばらく見ていたがそろそろ飽きてきた。と思っていたら魚は近くの火山に向けて進み始めた。時間も遅いしそろそろ帰らないと。私は魚に背を向けて泳ぎだした。そういえばあの火山あたりには鉄を食べるやっかいな虫がいるけどあの魚は大丈夫かしら。まぁ鉄が動いて手を振ってくるなんてありえないし心配ないか。


「12:50。緊急事態発生。黒いもやに船体を覆われたと思ったら、複数の計器が異常を示しだした。ライトの明滅やアームによる除去も試してみたが効果がない。この状態が続けば間違いなく航行は不可能になる。だが脱出機構が発動すればサンプルを持ち帰ることができなくなる。最悪の場合……いやその可能性は考えないことにする。アームはもう動かないのでせめてライトの明滅を続けて……あ。」


なんかチカチカしてると思って見に来たら奴らに襲われてるんだもの、びっくりしちゃった。まさか本当に鉄でできてたなんて。でもこんなときは私の歌を聞かせてやればすぐに悪い虫をどっかにやることができる。助けてあげる理由はないかもだけど。今日一日楽しめたからそのお礼ってことで。特別だからね。


「歌が聞こえる。笛のようなハープのような音だ。不思議な優しい音色で人魚が歌っている。歌が聞こえたと同時に船を覆っていたもやも消えていった。まさに奇跡だ。アームが壊れたので火山の調査はできなくなったがサンプルは無事に持ち帰れそうだ。それにしてもいい歌だ。船に記録装置がついていないのがもったいない。」


魚が上へ浮かび始めた。上に行き過ぎると爆発しちゃうって聞くけど大丈夫なんだろうか。でも鉄でできた体なら案外平気なのかもしれない。魚に手を振り今度こそ帰ることにする。私も体が鉄でできてたらどこまででも泳げたのかな。泥を食べないと鉄の体になれないんだったらこのままでもいいけど。




帰還した後一週間は施設から出ることもできなかった。その間レポートを書いたり精神の検査を受けたりした。また人魚の声に近い音を探す作業が最も時間がかかった。徒労に終わったが。結局人魚の話は再調査が終わるまで秘密にすることになった。記録した映像や俺の声も非公開となる。初めて人魚に会った人物として有名になるのはもう少し先の話になりそうだ。そうそう秘密を守る代わりに一枚の画像をもらえることになった。人魚のピースサインだ。


「もー、そんなに怒らなくたっていいじゃない。ずーっと城の中じゃ退屈しちゃうんだもの仕方ないわ。爺やは心配性よ。もうちょっと自由なお姫様がいてもいいと思うの。そりゃ勝手にカメラを持って行ったことは悪かったけどさー。でもいい写真撮れたからいいじゃない。ほら、これこれ。鉄の魚のピースサインよ。」

海の深いところでは光が届かないので暮らすの大変そうですね。あんまり深くなると魚すらいなくなるらしいよ。

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