第四話 皇子と王子
朝から、お昼寝の時間を待ちわびていらしたのでございましょう。
所用より戻れば坊ちゃまは、私に飛びついていらっしゃいました。
しかしなぜでしょう、すぐそこで笑っている奥様の視線が私に突き刺さります。
何か私は誤解されているのかもしれません。それも、命にかかわるレベルの。
私はとっさに申し上げました。
「今日はよいお天気でございますので、お昼寝はお庭で。
奥様とご一緒に参りましょう」
執事たるもの、空気を読めねばなりません。
つねにスマートに。そしてエレガントに、でございます。
メイドたちに坊ちゃまのためのハンモックと、奥様のためのお茶を頼み、私はお二人を中庭にお連れしました。
風かぐわしき五月。空は青く澄み、雲は白く輝きます。
緑したたるお庭では、夏のはじめのバラがみずみずしいつぼみをつけております。
魔界もこれからが一番よい季節。やはり、今日のお昼寝はお庭にして正解です。
さて、ハンモックとティーテーブルが整えられ、お二人がそれぞれ落ち着くと、私は一礼し、昨日の続きを話し始めました。
「今回は異世界から来た皇子のお話、そのつづきでございましたね。
――皇子は側室たちやその子供たち、そして帝都にあだなすものたちの無道に対し、しいたけを投げて戦っておりました。
『しいたけ召還』は、皇家直系にのみ伝わる秘伝です。
古くはその力で、国民の飢えを救ったとされる神秘の力のひとつ。
しかし時代が下るにつれて、それはただ、戦いの力とのみ扱われるようになっていった。
ついに帝国は神の怒りを受け、皇子は命を、国はしいたけ召還の力を奪われてしまったのです。
しかし、皇子がそうしていたのは、あくまでもてる最大の力で、側室たちや兄弟、国民たちを救い、守りたいという、純粋な気持ちからでした。
彼の召還する神のしいたけには、浄化の力があるのです。だから、しいたけを投げていたのです。
それを知った神は、皇子から力を取り上げることはせず、別の世界に転生させたのです」
「うーん……それだと、その国ヤバく……あぶなくない? 国を守る力がもうないんだろ?」
奥様がちらりとりんどう色の視線をやれば坊ちゃまは、急いで言葉づかいを直されます。
きちんと言い換えもできるとは、やはり坊ちゃまは、できるお子様にございます。
誇りと喜びにひそかに胸を弾ませ、私は答えを返すのです。
「その国にはまだ『ぶなしめじ召還』と『たけのこ召還』の力がございます。
神の手で皇子を奪われ、反省した宰相や側室たちはすっかり心を入れ替えました。
そうして、『きのこ派』と『たけのこ派』の争いをやめ、純粋に国を守るよう、ともに力をあわせるようになったのです」
「そっか! それじゃあだいじょぶだ!
で、皇子は? 転生して、王子と会ったの?
ってこっちもなんかややこしいなあ」
「左様でございます。
では、元の通り、転生してきた皇子を若武者と、彼を迎えた王子を王子さまとお呼びしましょう。
……若武者はもともと、心のやさしい若者でした。
なのに毎日、帝都の闇で戦い続け、城に帰ればいじめられ、その心は疲れ切ってすさんでおりました。
おまけに転生後間もなく、ひょんなことから大怪我をしてしまいます。
それを癒したのが、王子さまであり、王子さまの母上さまだったのです。
王子さまもまた、平民の母上さまから生まれた子でした。
そのため、母上さまと二人、城から追い出され、下町で貧しい暮らしをしておりました。
王子さまと母上さまは、同じ境遇の若武者をほうっておけず、優しくお世話をいたしました。
恩を感じた若武者は、狩りをしたり、召還したしいたけを売ったりして、王子さまと母上さまのために働きました。
そうしていつしか三人は、固い絆で結ばれた家族になっていったのです……」
奥様がちいさくうなずかれます。
その目は優しく潤み、どうやらなぞの誤解も霧散したようにございます。
坊ちゃまの目も潤んでおいでです。
このうえなく美しい、生きた二対の宝石をいつまでも愛でていたいところではありますが、いま私には使命がございます。
そう、坊ちゃまがおねむになられるまで、このおはなしをつづけるという崇高な使命が。
心を鬼にし、私は続きを話し出しました。
「しかし、幸せな日々は長くは続きませんでした。
急にお城から兵士がやってきて、王子さまと母上さまを連れて行ってしまったのです。
なんでも、ほかのお妃さまがみんな、お子様がたをつれて実家に帰ってしまったため、頼りになるのはもう二人だけだから、ということでした。
王子さまと母上さまとしては、若武者も一緒に連れて行きたかったのですが、兵士も将軍も、王さまさえも彼のことを信じず、若武者はひとり、置いてけぼりにされてしまいます。
若武者は、それでもいいと思って二人を送り出しました。
愛する二人が本来いるべき場所に帰ることができ、幸せになれるなら、それで満足だったからです。
しかし、町のうわさからことの真相を知った彼は、怒りに打ち震えます。
――それは、つい三日前のこと。
北の国の竜王が突然、お前の国の姫を嫁によこせ。さもなければ国を滅ぼすと要求してきたのです。
ほかのお妃さまはそろってこういいました。
わが子は全て男子でございます。あの平民の妃を呼び戻し、その子を嫁がせなさいませと。
王さまもなすすべなく、うそをついて二人を呼び戻したのです」
ここまで語って、私は不安になりました。
奥様と坊ちゃまが身を乗り出しておいでです。
喜んでいただけることはありがたく、うれしいことにございます。
しかし、この調子できちんと坊ちゃまを寝かしつけることができるのでしょうか。
ともあれ、ここで続きはのちほどと言い出せば、お二人のご不興を買うことは明々白々。
今はとにかく、続きです。おとしどころは、それから考えることと致しましょう。