第二話 おじいさんは、山へ『せんたく』に
その晩坊ちゃまは、今日は早くねる! とおっしゃって、夜のお食事が済むや否や、寝所へ走ってゆかれたのでございます。
いつも元気がありあまり、寝かしつけに苦労するほどの坊ちゃまがです。
旦那様、奥様も、使用人たちもみな驚いております。
そんなに、私のお話を気に入ってくださったのか。そう思うと、なにやら目頭が熱くなって参ります。
と同時に、これは下手をすると、逆に眠れなくなってしまうのではなかろうか。そんな心配も胸をかすめます。
ともあれ、まずは坊ちゃまです。
皆様に手早く事情を説明し、あとをいったんメイド長らに預けると、私は急ぎ足で坊ちゃまを追いかけました。
* * * * *
お召しかえを済ませ、おふとんにもぐった坊ちゃまは、きらきらと目を輝かせて続きを催促なさいます。
私はベッドサイドの椅子に腰を下ろし、ゆっくりと語り始めました。
「二番目のおじいさんは、山へ『せんたく』に行きました。
『せんたく』というのは、王宮につかえる新たな騎士――いわゆる王宮騎士<ロイヤルナイト>を選びだすための、年に一度の試練のこと。
その試練が行われる場こそ、おじいさんの向かった山・プロクスなのでございます。
プロクスはそれはそれは、恐ろしい山です。
険しい山道、灼熱のマグマ、極寒の吹雪。そして、群れを成して襲い来る巨大な魔獣。
王宮騎士<ロイヤルナイト>を目指すものは、まずその全てに打ち勝たねばなりません。
制限時間は六時間。その間に、山頂に設けられた闘技場にたどり着くことが試練の第一段階です。
闘技場『パレス・オブ・ブレイブ』にたどり着いたものたちは、そこで御前試合を致します。
まずは挑戦者同士で戦い、勝者は試験官たち、すなわち王国きってのつわものたちと戦います。
これを繰り返し、最後まで勝ち残ったただひとりだけが、その年の新たな王宮騎士<ロイヤルナイト>となれるのです」
「おおー!
あ、でも、『シバ』をソロで狩っちゃうおじいさんの仲間だったら、そのくらいちょろいよな?」
「ふふふ。おじいさんは挑戦者ではなく、試験官として行ったのですよ。
実はこのおじいさんは、国でいちばん強い剣闘士でした。
今日は王さまのご命令で、王宮騎士<ロイヤルナイト>になりたい者たちの実力を試すため、試合相手をつとめる予定でした」
「こんどはどっかの少年マンガのウラ舞台みたいになってきたなあ……
っていうかそんなに強いなら、そのおじいさんが王宮騎士<ロイヤルナイト>になっちゃえばいいのに!」
もっともです。私も子供のころは、そういう風に思いました。
ですが、そうはいかぬのが世の中です。
なぜなら……
「正規の王宮騎士<ロイヤルナイト>はとても大変なお仕事なのですよ、坊ちゃま。
齢を重ねれば、多くのものは衰え、その職務を果たすことが難しくなってまいります。
ですので、1500歳で定年退職することと定められているのです。
おじいさんは一度退職しましたが、再雇用制度でパートタイムの王騎士補<エクスナイト>となり、新人の選抜や育成に尽力しているのでございます。
なお勤務は週三日、一日四時間の契約。
その他の時間は、シルバー人材センターから依頼があるときに剣闘士として働き、あとは悠々自適に修行をしておりました」
「えー……」
予想通り坊ちゃまは、生ぬるい表情になられます。
致し方ありません、ここであまりテンションをあげてしまうと、いろいろな意味で大変です。
「なんか……生々しいなあ。
で、なんか事件ないの?」
「ございますとも、坊ちゃま。
いままさに御前試合が始まろうというそのとき、ひとりの若武者がとつぜん乗り込んできたのでございます。
他の者たちは彼の無礼をとがめましたが、おじいさんだけはその気概を買って、彼を挑戦者たちに加えたのです。
――はたして彼は獅子奮迅の戦いぶりをみせました。
巧みな剣さばきと体術で、なみいる挑戦者や剣闘士たちを、ばったばったとなぎたおします。
勝って勝って勝ち抜いて、ついにはおじいさんとの死闘をも制し、さあ、最後の一戦が始まりました。
これに勝てば、晴れて若武者は王宮騎士<ロイヤルナイト>となれるのです!」
「でっでっ、結果はっ?」
「……なんと、彼は負けてしまいました」
「え?」
「激しいしのぎあいのさなか、ふとしたはずみで対戦相手のかぶとが吹き飛びました。
あらわになったその顔をみると、若武者は立ちすくみ、剣を落としてしまったのです。
『どうして……お前がここに?!
俺には、お前を殺せない……っ!』
そしてそのまま、『パレス・オブ・ブレイブ』を逃げ出してしまったのです」