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最終話 だから、それでも

「あの頃のあいつはガリッガリに痩せた、そばかすだらけのチビッ子でさ。

 みかねて俺のパン分けてやったら、めっちゃくちゃ喜ばれて。

 にいちゃん、ドナにいちゃん、って、子犬みたいになつかれて……

 かわいくてたまらなくって、つい甘やかしちまったんだ。

 ほしがればなんでも与えてやった。

 パンでも、自作の歌でも。

 たとえ無断で歌われても、許しちまった。

 師匠に幾度叱られても、俺はあいつに強く言えずに……。

 気付けばあいつは姿を消していた。

 結局歌の才能のなかった俺は、あきらめて家に戻り、親父の後を継いで、それからずっと、歌なんか聞きに行ったこともなかった。

 まさか、名前を変えて別の町でデビューして、こんなことになってたなんて。

 俺があいつをきちんと叱ってやればよかったんだ。

 姿を消したときも、捜してやればよかった。

 そうして、とことん支えてやればよかった。

 俺の怠慢があいつを盗作詩人におとしめ、お前たちに迷惑をかけてしまったんだ……」


 こうべをたれる我が友に、今日も私は言うのです。


「だからそのぶん、働いてもらっているではありませんか。

 あなたは歌唱の才はぜんぜんですが、詩作に関しては天才です。

 マーリンは自作の詩はからっきしですが、歌い手としては本物です。

 つまり、あなた方は二人で一人。当家に迷惑をかけたというなら、力を合わせていっしょうけんめいに働いてください。

 次の公演で発表する歌は出来上がりましたか? 坊ちゃまのためのおはなしは?

 もちろん、庭仕事も手抜きは許しませんよ、“ドナ兄ちゃん”?」

「やめろー! おまえに兄ちゃんってよばれるとむずがゆいっ!

 おまえはドニでいいから! ドニで――!!」


 私も驚いたものです。

 ガードナーは家業を嫌って家出をしていたことがあるのですが、一年後戻ってきたときには、やけに大人びてしまっていて。

 何があったのか、そのときは聞いても話してはくれませんでした。

 ただ、大好きだった鼻歌をすっかり歌わなくなっていたので、そのあたりなのだろうなあとは思っておりましたのですが。

 それがまさか――世の中とは、広いようで狭いものです。


 * * * * *


「それでもさ、」

 坊ちゃんはおっしゃいます。

「オレはセバスチャンのおとぎばなしのがすきだなあ。

 そりゃー、マーリンの歌はちょーうまいし、ドニの作る詩や話もちょー面白いけどさ。

 なんていうのかな、うん……味?

 手のこんだご馳走みたいな感じじゃなくて、もっとそぼくな、じっくりあぶったとりもも肉みたいな、なんかちょっと、ほかほかしたさ……」


 ああ、坊ちゃま!

 なんと嬉しきお言葉でしょう。

 当世きっての天才よりも、私めの話を喜んでくださるとは!

 万一これが、計算だったら――

 いいえ、坊ちゃまに限って、そのようなことはございません。

 もしそうだったとしても、不肖私めの全力を持って、次代魔王の座を坊ちゃまに献上申し上げることとなるまで。ひとつも、問題などございません。


「ほらほら、はやくおはなしして!

 セバスチャンのおはなし聞かなきゃオレおひるねしなーい!」


 けれど、さくら花のようなくちびるをとがらせて可愛らしいご命令をなさる、そのご様子はひたすらにかわいくて、かわいくて。


「……しかたありませんねえ。それでは、お話をいたしましょう。

 何のお話をご所望でしょうか、坊ちゃま?」

「えっとねー、んとねー、新しいやつ!」


 困ったなあと思いつつ、私はいつも折れてしまうのです。

 坊ちゃまのお昼寝用ベッドのわきに静かに腰をかけ、さあ、お話をいたしましょう。


「かしこまりました。

 むかしむかし、あるところに……」




 おしまい

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