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第十五話 女王さまになった竜の子

「泣きながら気を失った竜王は、こんこんと眠り続けておりました。

 夜が明けるまで、身じろぎもせず。


 翌朝、目を覚ました竜王はとても驚きました。

 自分のしたことはたいへんなこと。もう殺されていても、牢屋に入れられていても不思議じゃない。

 なのに、ここはあたたかなベッドの上。

 目覚めを待ってくれていたのは、自分の愚かさから傷つけてしまった、誰よりだいじな人たちです。


 竜王は問いかけます。

 どうして? どうしてわたしは生きてるの?

 どうしてあなた方は、わたしを生かしてくださったのですか?


 王子さまは優しく言いました。

 あなたは僕の心の友です。

 僕の居場所をつくるため、命を懸けて戦い抜いてくださった。

 そんなにも愛していただいた僕が、どうしてあなたの命を取れるでしょう。


 若武者は照れたようにいいました。

 俺の友達がそういってるんだ。俺に殺せるわけがない。

 友の友ならやはり友、どこかの男も言っていた。

 俺には友は殺せない。それじゃあダメかと問いかけます。


 ううん、ううん、そんなことない!

 ありがとうふたりとも。こんなわたしを友達だといってくれて。

 竜王は涙をぬぐいます。

 そうして、うっ、と頭をおさえます。

 原因はそう、二日酔いです。

 いくらお酒好きの竜人族とはいえ、きのうが生まれて初めてのお酒。

 それを、酒樽一杯飲んだのですから、しかたありません。


 若武者はきれいな小瓶を取り出しました。

 そして、いたずらっぽく問いかけます。

 こいつは、王子の国の宰相たちが、酔い止めにと俺たちに持たせた魔法の薬だ。

 どうする、こいつを飲んでみるか、と。


 竜王は迷わずそれを飲み干します。

 すると、竜王の小さな体は光に包まれ、ひとりの少女へと姿を変えたのです。


 おどろく王子にむけて、少女もいたずらっぽく笑います。

 そうして、再び問いかけます。


『宰相様方はどうあっても、あなたをわたしに嫁がせるおつもりだったようですね。

 でも、こうなってしまったら、仕方ありません。

 わたしが女に身を変えて、あなたを婿にと求めましょう。


 ――王子さま、わたしのお婿さんになってくださいませんか。

 たいせつな母君様も、この方も。二度と城から追い出させません。

 みんな一生、幸せにして差し上げます』


 枕元に置かれていた真っ赤なりんご。

 それを少女は差し出します。

 王子さまにはわかりました。これは求婚のあかし。

 古くから、北の国に伝わるならわしです。


 自分を幸せにするために、まさしく全てをなげうってくれたひと。

 その申し出を、どうして断ることができましょう。

 いいえ、断らなくっていいのです。

 王子さまは、あまいりんごをひとかじり。

 いとしい少女の手をとって、『はい』とにっこり笑います。


『よかったな、二人とも。

 これからはお前たちの騎士として、二人を守ってやるからな』


 若武者は二人の肩をたたいて祝福します。

 すると少女は――竜の女王さまは笑って言いました。


『何を言ってらっしゃるのですか、あなた。

 あなたはすでにわたしの夫です。

 戦いのさなか、あなたはわたしの口に、神のしいたけを投げ込んだ。

 わたしはそれを飲み込みました――業炎の息で香ばしく焼けたしいたけを、とてもおいしくいただきました。

 そのときからわたしは、あなたの伴侶となっていたのです。


 相手の口に食べ物を投げ込むことは、この国では嫁取りの儀式です。

 それを飲み込むことは、すなわち妻となることの了承なのです。


 ……愚かですね、わたしは。

 こんなことなら、怒って暴れたりなどせずに、最初からすっぱりと、女になってしまえばよかった。

 けれど、それもきっと、無駄ではなかったのでしょう。

 なぜならそれで、あなたがたとわたしの絆がよりかたく、しっかりと結ばれたのですから。


 おふたりとも、必ずや幸せにいたします。

 どうか末永く、よろしくお願いいたします』


 ああ、なんという偶然でしょう。

 でも、若武者はそれを受け入れます。

 なぜって彼も、そのとき竜の女王さまに、恋をしてしまっていたからでした。



 それからのち、王子さまのふるさと南の国と、竜の女王さまの北の国は、平和条約を結びました。

 もう、戦争はしない。あぶないときには、助け合う。

 そうしてずっと、仲良くしよう。

 そう誓い合って、王さまと女王さまで握手をします。

 平和になった二つの国は、まえよりずっと豊かになって、国の人々もずっとずっと、幸せになったのでした。



 ――そういえば、あのすごいおじいさんたちとシバはどうしているでしょう?

 かれらは北の国の復興を成し遂げると、『メゾン・ド・ハム』に戻り、若武者直伝のおいしい料理を、みんなに作っているそうです。


 いちばんの人気メニューはもちろん、『ロック鳥のももにくローストと金剛不壊のとりハム盛り合わせ~業炎の息で香ばしく焼いた神のしいたけと性別変更ポーションを添えて~』です。

 おじいさんたちも時々おばあさんになってみたり、またおじいさんにもどってみたり。

 じつはおばあちゃんだったシバも、ときにはおじいさんシバになってみたりして、今日もわいわいにぎやかに、シルバーライフをエンジョイしているということです」



 私は思います。この者は本当に天才だと。

 なぜってこんな内容で、どうして客席のご婦人方はむせび泣いているのでしょう。

 これはお子様向けのおとぎばなし、あくまで笑えるおはなしのはずです。

 いくら見目も声も麗しく、語りも絶妙といえど。

 解せません。

 しかしこれは、現実です。

 齢528の堅物男が持ち合わせえぬ感性というものが、世の中には確かにあるのでございます。



 ――あれからミルディン様には『死んで』いただきました。

 これまで、名もなき歌い手たちから詐取した歌は数知れず。残念ながらその罪は、謝罪ですむレベルではもはや、なかったのです。


“歌神の申し子”ミルディンは、名を棄て、吟遊詩人を廃業し、公の劇場に足を踏み入れることもかなわぬ身の上となりました。

 それどころか、なまじ有名だったがために、表通りを歩くことすらできなくなり――


 町を出てさまよっているところを、どこかのレアモンスターに食べられたとか。

 はたまた悪い方々にかどわかされて、どこかのお金持ちに売り飛ばされ、籠の鳥として不遇な日々を送っているとか、いないとか。


 ですので、この者はミルディン様ではございません。

 過去も、行く当ても、名もなき若者。

 与えられた名をマーリンという、当家専属の歌い手にございます。

 詩作は当家の詩人に頼り、私有の劇場<プライベートシアター>で歌うのみ。

 そんな駆け出しではございますが、声と歌とは本物と、不肖私をしましても思わざるを得ぬ、天才歌手にございます。


 なお彼の詩を編む詩人は、彼の兄弟子であった男です。

 その男は、いまも私たちに謝るのです――

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