第十四話 竜王のなみだ(下)
『あれは、暴走……
皆逃げろ! 俺の力でなんとか鎮める!!
いまは生きろ! 民衆を連れて王都から避難するんだ!!
俺はあいつを生かして止める。絶対絶対、絶対だ!!』
若武者が立ち上がります。
彼はもう、元暗殺者ではありません。
殺すためでなく生かすため。そのために命を懸ける、真の神の申し子でした。
『僕も残るよ!
これは、僕の責任だ。あの子は僕が、止めてあげなきゃ……!!』
王子さまも立ち上がりました。
彼ももう、かつての彼ではありません。
それが必要なときには、愛するものにも剣を向けることのできる、本当の優しさをもつ若者へと、彼もまた成長しておりました。
――そうして始まった戦いは、それは壮絶なものでした。
北の国最高峰の騎士・円卓騎士<ナイツ・オブ・ラウンド>たちの全力をもって抑えても、すさまじい衝撃が北の王国をゆらします。
おじっちさんは流れるように短剣をふるい、シバは氷の息を吐いて、竜王の炎が町を焼かないよう、防ぎとめます。
おじ次さん、おじ三さん、おじ代さんは、鋭い剣で、重い拳で、大きな戦斧で、城から飛んでくるがれきを粉砕していきます。
しかし、竜王とふたりが激しく打ち合う衝撃までは、とても抑え切れません。
おじコさんは叫びます。
『だめだ! このままじゃ、一時間もしないうち、この国全体が崩壊してしまう!
なんとか、国外に出られないか!
北の旧城跡まで出られれば、後は俺たちで何とかする!!』
しかし、王子さまと若武者には、とてもそんな余裕はありません。
なんとか、城や王都にとばっちりが行かないようにと、力をセーブしながらの戦いなのです。
そのとき、ここまでずっと眠っていた、夢想仙人おじむーさんがぱちりと目を開けました。
同時に、南国妖怪王おじむなーさんも、おじむーさんのなかで覚醒します。
おじいさんたちのなかで最強の法力をもつおじむーさん、最大の妖力を持つおじむなーさん。
いつもは仲の悪い二人でしたが、このときだけは協力し合います。
竜王と王子さま、若武者を大きな結界で包み込み、強引に郊外へと飛ばしたのです。
それはまさしく、命がけの行動でした。
おじむーさん、おじむなーさんは力を使い果たし、がっくりとその場に崩れ落ちました。
『おじむーさん、おじむなーさん……!』
『あの二人なら大丈夫だ。今は俺たちにできることを!』
『……そうだね。
ここならもう、力を抑えなくっていい。
止めるよ、全力で!』
『おう!』
崩壊してゆく旧城跡を舞台に繰り広げられるのは、もはや人知をこえた戦い。
人々は、息をのんでその行方を見守りました。
竜王が炎を吐けば、若武者の召還したしいたけがそれを受け止めます。
繰り出されるツメと牙を巧みな剣技でしのぎつつ、王子さまが必死の説得を重ねます。
それでも、愛する人のためにと血のにじむような努力を続けてきた竜王、その力と怒りは絶大です。
二人は徐々に傷を負い、追い詰められていきます。
このままじゃだめだ。若武者は竜王の前に躍り出ます。
必殺の一撃・業炎の息を吐くために、大きく開かれた竜王の口――
そのまんなかにむけ、癒しのしいたけを投げこみました!
一瞬、竜王の動きが止まりました。
しかし、一度準備されてしまった業炎の息は止まりません。
しいたけの壁をつくりだし、なんとかしのごうとした若武者でしたが、大きすぎる炎の力のまえに、ついに倒れてしまいます。
……しかし、次の一撃はありませんでした。
王子さまが剣を棄て、自ら竜王の前に進み出たのです。
『さいしょから、こうすればよかった。
君に勘違いをさせてしまったのは僕。だから、その責任は僕が取らなきゃ。
僕の全てをあなたに差し出します。だから、他のみんなは許してあげてください。
そうしてあの日の、優しいあなたに戻ってください。
どうか僕を食べてください。そうすれば、あなたと僕はひとつになれるでしょ?
大事な友達だったあなたを止められるなら、それでいい。
お嫁さんには、なってあげられなかったけど、生まれ変わってきたならきっと……』
大事な友達のためとはいえ、怖くないわけはありません。
王子さまの体は震えていました。
それでも、いやだからこそ王子さまは、にっこり優しく笑うのです。
怖さで涙があふれても、だからこそ笑って手を差し出すのです。
竜王の瞳から、再び涙が溢れ出しました。
すうっと、潮が引くように、怒りの色が失せていきます。
禍々しい巨体は砂山が崩れるかのように消えてゆき、あとにはぼろぼろの子供が一人。
正気に戻った竜王でした。
――ごめんなさい。
小さな竜王は、深く頭を下げました。
ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい……!!
何度も何度も、泣きじゃくりながら詫びるのでした」
「う、……うわあああん!
おうじ……りゅうおう……わあああ!」
そのとき坊ちゃまが泣き出されました。
なんと、旦那様と抱き合って号泣しております。
使用人たちもその多くが目元を隠したり、天井を仰いだりしております。
まさか、素人が必死で作っただけのおはなしに、ここまで泣いていただけるなんて。
むしろ、私のほうが涙してしまいます。
「ぐすっ……ううっ……なんてことなの……
ごめんなさい、わたくし、顔を洗ってまいりますわ……」
奥様が、ハンカチで顔を隠して席を立たれます。
これはいけない。旦那様の代わりとして、送って参ることにいたしましょう。
今回は、これにて一旦解散。
大団円をかたるのは、今夜と約束されました。
といいつつ、大団円は明日14:00となる予定です……すみませんっ!
次回投稿は17:00=夕方5時の予約投稿(二部分)です。
ついにセバスチャンが吟遊詩人にスカウトされるのか? それとも?
どうか、おたのしみに!
☆ たくさんの方の閲覧、ブクマと評価を頂き、ありがとうございます。
おかげさまで日間ランキング3位までいただきました!
感謝の気持ちで最後まで走り抜ける所存でございます!