第九話 もも~もしくは眠れる名探偵(上)
かくして本日のおとぎばなしは、大広間で披露することとなったのでございます。
しかしいったい、どうしてこうなってしまったのでしょう。
いま私の前には、旦那様と奥様、坊ちゃまはもちろん、使用人たちも勢ぞろい。
かわいらしい三毛猫さま親子、先日からご滞在の吟遊詩人さままでいらっしゃいます。
それが皆、私めのつたなき創話を聞きたいと所望しているというのですから、驚きです。
なかでも意外なのが吟遊詩人さまです。
このお方、ミルディン様は魔界いちの売れっ子吟遊詩人です。誰より耳が肥えておいででしょうに、こんな素人の手になる物語をお聞きになりたい、とは……
とはいえ、せっかくお耳を拝借するのですから、至らないなりにベストを尽くさねばなりません。
当家のものの行いは、当家の名誉につながるものです。
私はのどの調子を整え、皆様を見回し、静かに語り始めるのでございます。
「さて、ではお話を戻すと致しましょう。
どこからでしたか……そうでした、『パレス・オブ・ブレイブ』から姿を消した若武者を探しはじめたところからでしたね。
そう、国中の騎士たちで探しても探しても、あの若武者は見つからなかったのです。
ちょうどそのころ、おじいさんたちのシェアハウス『メゾン・ド・ハーレム』では、ちょっとした異変が起きていました。
それはいつものようにおじ三さんとおじ代さんが、うちの前を流れる川にロープを張って、流れてくるものを拾おうとしていたときのことです」
ありがたくも混乱のないよう、全員がお話の復習を済ませてきてくれているとのことです。
ここまでで、特にご質問はない様子。私はそのまま話を続けます。
「上流から、なにやら大きな物体が流れてきます。
どんぶらこっこ、どんぶらこ。
やがてロープに引っかかったそれは、こんがりとローストされた巨大な肉塊でした」
――ざわり。大広間がざわつきます。
「なにそれこわい……」
「うまそう……」
「いやいや! 肉塊だぞ? 川を流れてくる巨大な肉塊って完全にホラーだろ!!」
「あのー、桃じゃないんで?! 桃じゃなくってまちがいないんで?!」
「はい。
それは身の丈3mのおじ三さんでも抱えるほどの、大きな鳥の骨付きもも肉でございました」
「なんだそれ――!!」
「食いたい!!」
「何で部位までわかるんだよ!」
「つうかどうしてもも肉『だけ』が流れてくるんだいっ!」
これだけの人数ともなると、突っ込みの量もかなりのものです。
しかし、わたくしとて伊達に長年、執事を務めているわけではございません。
これらは全て、想定済みのご質問。よどむことなくこたえます。
「まずは、見た目でございます。
誰かがさばいて下処理をし、ほどよくあぶった骨付きのもも肉――それは見た目でお分かりになりましょう?」
「そりゃそーだけど……っていうかなんで料理されたもも肉が川を流れてくんだっつーの!!」
さすがはコック長クーリオ、料理のこととなるとツッコミがキレッキレでございます。
ですが、それこそが私のねらい。
カミソリの刃のように鋭く無駄なきがゆえに、狙わせた場所を過たずえぐってくれる。そんな攻撃をこそ私は、ありがたく利用させていただくのでございます。
「同じことをおじ三さんとおじ代さんも思いました。
そこで、お昼寝をしていた名探偵・おじコさんを起こしてきました。
おじコさんの見立てはこうです。
『――この大きさ。まったりと滋味溢れつつもさっぱりと口の中にとけてゆく味わい。雪解けを迎えたばかりの草原の朝を思わせる、野趣溢れる香り。
これは、巨鳥ロックのもも肉に相違ない。
この川の上流において、ロック鳥が生息している場所はただひとつ。試練の山プロクスの六合目。
昨日はちょうど、プロクス山で『せんたく』が行われていた。『せんたく』の参加者ともなれば、プロクスの魔獣・ロック鳥を倒すことも不可能ではないだろう。
だが『せんたく』には登頂時間の制限がある。たとえロック鳥と戦い、これをしとめたとしても、その巨体を首尾よく解体する暇などない。
ましてこのように下処理を完璧に終え、外はこんがり中はジューシーにローストすることなどは不可能。
つまり、犯行は『せんたく』の開始より後。犯人は『せんたく』参加者のなかの誰かであると推測される。
やっぱり予約投稿になりました……