(7)
一時の淡い期待に撃沈させられたが、何とか詩音を自動ドアから引っ張り出し、おつかいを再開させることができた。
例によって、周囲からの視線がチクチクと刺さる…。
このバカと一緒にいるだけで疲れるのに、躾のなってない保護者とでも思われたらたまったもんじゃない。
…子供を見る母親の気持ちって、こんな感じなのかな…?
「あれ自動ドアって言うんだ、初めて知ったよ! マナちん物知りだね! 」
まだ言ってる。ってか、自動ドアすら知らないのは流石に酷い。今に思うことじゃないけど、こいつ本当に高校生か?精神年齢だけ見れば、小学生以下だよホント。
私はキャーキャー騒ぐ詩音の右手をつかみ、更にモール内へと歩いていく。
「そうそう! 詩音、忘れないようにママからメモ、貰ってきたんだ! 」
突然ポンと手を打ち、小さなリュックのポケットに手を突っ込む。
よかった、当初の目的まで忘れてなくて……。
そういえば、まだ何を買うのか聞いてなかったな。
「え〜っとね……」
詩音が取り出した紙切れには、"買うものリスト"と大きな文字で書かれていた。それを横から、ちらっとのぞいてみる。
さて、どんな事が書いてあるのか……
ーーーーおはなが なんほんも はいるような、
でっかい まほうのつぼを かってきてください。
……は?
私はその内容を、思わず二度見三度見しかけた。
……子供が子供なら、親も親ってわけですか。
「魔法のつぼかぁ……よーし分かった!! 」
いやいやいや! 分かっちゃダメだって!
何だ魔法のつぼって!? おつかいで頼むモンじゃないだろ!! 絶対ヤバみなやつじゃん!! しかもつぼ? 花瓶じゃなくて? ……普通の花瓶を買うって選択肢は無かったのか?
なんなの? 分かっちゃいたけどバカなの?
頭イモムシなの? そのまま燕にでも連れ去られて食われてしまえ!
……うう、ツッコミが追いつかない。
心の中とはいえ、ここまでツッコミが突発的に湧き出てくるのは初めてだ。
「そうと決まれば、いざ! れっつらごー!! 」
私の苦悩をよそに、詩音がメモをぽいと放り投げてダッシュする。
まずい…あの様子じゃ他の買い物客に迷惑をかけかねない、止めないと!
私は慌ててメモを拾い上げ、詩音がダッシュした方向へ走る。周囲の人々に、申し訳なさそうに頭をペコペコ下げながら。
ーーーこの隙に、帰ってしまえばよかったのに。
その考えは、当時の私の脳内からは、するりと抜け落ちていた。
☆★☆★☆★☆
ーーーー見失いました。
階段を駆け上がった時には、詩音の姿は人混みの中に消えていた。
……ってか、体力おかしいだろあの子。一日中私に飛びかかり、机に顔面ぶつけ、暑さの中30分も歩き続けて、なぜあそこまで元気でいられるのか。
走り過ぎて息切れを起こした私は、2階のゲームセンターの前で休んでいた。
スクバを下ろして、制服の胸元をつまんで風を送る。夏場ということもあり、すぐに汗をかいてしまって気持ち悪い。
そこでしばらく、呼吸を整えていると……
ーーードンッ
「あ…ご、ごめんなさ……? 」
背中に何かがぶつかると同時に、少し高めの少年の声が聞こえた。
……いや、この声は。
「あれ? 姉ちゃんじゃんか。こんなとこで何してんの」
……私の一個下の弟、同じ高校に通う水園リョウの声だ。
栗色の髪、赤色のヘッドホンを首にかけている。背は低め。詩音よりちょっと大きいくらいか。
「ちょっと付き添い。あんたこそどうしたの」
聞き返すと、リョウは待ってましたと言わんばかりに、持っているビニール袋を差し出して言い放つ。
「オレ? ここのUFOキャッチャーの景品総取りしてた」
さらっととんでもない事言ったよこの人。
改めて見ると、凄い量の景品が入っている。これ出禁くらっていいレベルなんじゃないか?
「……いくら使ったの? 」
「6500円‼︎ 」
「堂々と言うんじゃない。まーた無駄遣いして…」
「いーじゃん、小遣いの日もうすぐなんだし」
「そういう問題じゃないでしょ」
呆れながらやり取りをする。
この水園リョウという男は、自他共に認めるかなりのゲーマーである。
ゲームの為なら、いくら大金を使おうとも小物程度にしか思わない無駄遣いマンだ。家庭でも、やり込んでいる対戦ゲームの話を、毎日嬉々として語り続けている。
おっと、こんな事してる場合じゃなかった。
「そうだリョウ、人探ししてんだけど、あんたも手伝ってくんない? 」
私はリョウに協力を促す。早く詩音を探し出さなければならない。とっとと見つけて、ぱっぱと買うもん買って、さっさと帰りたいのだ。
「えー? やだよ、オレ関係ないし…あっ、次あの音ゲーやってきてもいででででででで!! 」
アホか! 6500円も使ってまだゲームやる気だったのか!
断るリョウの首根っこをつかみ、ゲーセンを離れる。
弟という仲間も増え、私達は追加クエスト『はぐれた問題児を連れ戻せ! 』に出発した。