(5)
「ねえ何で逃げちゃうの〜? 一緒に帰ろーよーー!! 」
一緒に帰りたくないから逃げてんだよ!
心の中で叫びながら、私はひたすらに疾走する。スリッパの走りづらさに苛ついてきたが、それでも走る。途中途中、廊下にいるほぼ全ての生徒から注目された。
「オイ、あいつ! 2年A組の芳村じゃねーか! 」
「追われてる奴は…えと…確か同じクラスの水沢だっけ? 」
水園です。
「やべぇ! あの"常識人殺しの喋る危険物"に狙われちまったら、ただじゃ終わらねーぞ…」
なんて二つ名ついてんだよ。誰がつけたか知らないけど、命名した奴のセンスに絶望するレベルでダサい。
流石に他クラスに迷惑をかけるわけにはいかないので、階段を利用して撒こう。そう考えた矢先、
ーーーーーーーーカンッ。
…嫌な音がした。
つま先に何かが引っかかり、身体が一瞬宙に浮き、そのまま地面に勢いよく倒れ込んだ。
☆★☆★☆★☆★☆
「…でね、ママったらこう言うの。『アシカよりもカワウソの方が可愛いでしょ?? 』ってさー! 」
…で、今に至ると。
あの時ほど、己の運動神経の悪さを恨んだことはなかった。
冷静に考えると、どのみちインドア派の私が、体力バカな単細胞から逃げられるわけがなかった。スリッパの所為だと言ってしまえば、最早それまでなんだけど。
それで、私がーーーいや、私達がいま何をしているのかというと…
あの後、当然といえば当然だが、私は無事詩音にキャプチャーされ、こうして連行されている。
詩音曰く、母におつかいを頼まれていたので、付き添いで来て欲しいん(半強制的)だとか。
というわけで私達は、7月になってから新しく開店したという、樹林市内の大型ショッピングセンターに行こう、という話になった。
まだ私も言ったことは無かったんだけど、まさか初入店がこのバカと一緒になるとは……。
そもそもおつかいなんて、詩音といえど一人で行けるでしょ。
人が沢山いる中、わざわざ私を連れてきた理由くらいは聞かせてもらおう。まぁまともな返答には期待してないけど。
「あ、あのー…芳村さん? 」
歩みを進めたまま、詩音に質問を投げかけてみる。思えば初めてこいつに自分から話しかけた気がする。
「どうしたのマナちん? あと、詩音でいいよ? 」
キョトンとした顔で、詩音がこちらを見る。
「詩音さん、あの…何で私と一緒に行こうと思ったのかな? 」
「え? うーんと…マナちんだからかな? 」
ほら、全然答えになってない。話したくないのに自分から話しかけた私の勇気を返して下さい。
「パパもねー? カワウソの方が可愛いって言うんだよー? 絶対ミミズが一番可愛いのにー! 」
そして何事もなかったかのように、自分の話を広げる。よくもそんな話題が尽きないなぁと、ここまでくると感心するまである。
…まぁ内容は凡人の私には到底理解できないので、全スルーさせてもらうんですが。
☆★☆★☆★☆
ーーー学校から歩いて約30分。
ーーー着いてしまった……望まない目的地に。いやまあ望まないというのはちょっと違うけど、来るならせめて一人きりで来たかった…。
平日だというのに、結構多くの乗用車が駐車されていて、客の出入りも賑わっている。一部の駐車スペースに"満車"のボードが立っているのが見えるほどだ。
……大丈夫か? みんなちゃんと学校とか仕事行ってるのか?
看板や壁の至る所に、お洒落な字体でJASPAと書かれている。ポスターにも、レンガ通りにも、敷地内道路にも、さらには、車の通行誘導をしている人の被ってる帽子にまで。
少し店名を主張しすぎなんじゃないか? とも思ったが、新設で浮かれる気持ちは分からんでもない。
外観の雰囲気は…まあ悪くないかな。
全体的にピンク、黄色などのカラフルな塗装が明るい雰囲気を醸し出している。
とか考えていると、ついに自動ドアの近くまで歩いてきた。
私はこれから乗り込まなければならない。
問題児のおつかいの付き添いとかいう、超絶面倒なクエストへ。
「よーし! 初めてのお店におつかい! れっつらごーーー!! 」
うう…もう帰りたいんですが…。
既に精神的にクタクタになってしまった私は、抵抗する気力もなく、目をキラキラさせた詩音に手を引っ張られて、モールに入っていった。