(4)
「いいか? ここの英文読解で重要なのは……」
教科書を見ながら声を張り上げる英語教師。
その説明を聞きながら、必死に板書を写すクラスメートたち。
普段、授業を荒らしている詩音は絶賛居眠りタイムのため、教室内で聞こえる声はほぼ教師のもの、あとは机や椅子を動かす際の軋む音、誰かが欠伸をする声だけだった。
こういう時は、私も落ち着いて授業に参加できるというものだ。
しかし、今日の私は違っていた。
「ハイここだ、仮定法の形になってることを見逃すな。これの意味を取り違えると、大分内容が違ってくるからな」
重要事項だからと、チョークで黒板をカンカンと叩きながら説明する教師。
私はその声を上の空で聞き流し、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
窓側の一番後ろ。教師から見て最も目立たない、
つまりこうしてボーッとしていても高確率で気づかれない、絶好の特等席。
暑さや陽射しがキツい日も、カーテンを閉めれば無事解決。幸い今の時間は、暑さも陽射しもほどほどなので、こうして外の世界を眺めていられるというわけだ。
そう呑気に、物思いにふけっている暇もなく、
……マズいな、このままだと本当に取り返しがつかなくなるかも知れない。
授業の傍ら、私はあれこれと考え事に勤しんでいた。
そもそもの話、私はごく普通の女子高生。
ごく普通の、目立たない"空気"のような、平和な生活を送ることを理想としていたはず。
一年の頃は問題なし。二年に進級した当初も問題なかった。更につい最近までも順調にそんな日々を送れていた。
……私の平穏は、いつから崩れ始めたんだ……?
答えはとうに出ていた。
詩音にいきなり連れられて、ショッピングセンターで犯人逮捕の協力をしてしまった時からだ。
呑気に眠っているアイツのせいで、私の評価は一変。
今日は何故か『麦わら帽子に赤い上着、短パンにサンダル』という、どこぞの海賊王を彷彿とさせる格好をしている。
評価が一変したと言ったが、正確には『無』から『プラマイ0』に変わったというだけ。
プラスの部分というのは、先程も言った通り、スリの犯人を捕まえたこと。
おかげで一気に人気者扱いされてしまい、いい迷惑だ。現在は大分落ち着いてきているが。
ちなみにマイナスの部分は、私と詩音が仲良しだと思われていること。
無論、これはまったくの誤解なのだが、それらの要素が色々と噛み合い、今に落ち着いている。
あの時から、私は確実に厄介ごとに巻き込まれてしまっている。
そして今日、期末テスト結果発表の時。
ハイスペックな下衆男子、永井 綜次郎に目をつけられる。これも決して例外ではない。
目をつけられるというか、実際は「話がある」という雰囲気を出され、その話とやらを寸止めされたというだけなのだが。
クラスが違う為、一日中粘着されることは無い。
しかし、彼も一度関わられると面倒は避けられない。
詩音と永井、どちらにしてもここ最近薮から棒に、私に絡んできた。
どこの風の吹きまわしか知らないが、
ともかく、これ以上私の平和な高校ライフを邪魔されないためには、まず彼らから遠ざからなければならない。
あの二人以外にも、絡んでこないだけで鬱陶しいと思う奴は何人かいる。
ソイツらが私に関わってこないことを祈りながら、私から彼らを隔離するしかない。
そのために、今の私には何が出来るのかーーー
「コラ水園! 何をボーッとしとるんだ!! 」
「ーーーっ⁉︎ 」
教師のその一言で、私はふっと我に帰る。
慌てて周囲を見回すと、教師が私の机の横に腕組みしながら立っており、クラスメートがクスクス笑いながら、私一点に注目する。
冬架は、苦笑いとも戸惑いともいえない、何とも微妙な表情でこちらを見ていた。詩音は相変わらず居眠り中だが。
その光景を見て初めて、今が授業中だということを思い出す。
…………やらかした。
「今は大事なところだと言っただろ、テスト明けで気が弛んでるんじゃないのかね? 」
「……す、すみません」
消え入りそうな声で、力無くそう答えるしかできなかった。
冷ややかな嘲笑は、しばらく止まることを知らずに連鎖した。
まさに火が出そうなほど顔を真っ赤にして、頭を真っ白にしながら、私は昼休み突入のチャイムが鳴るのを呆然と聞いていた。




