(3)
「単刀直入に言わせてもらうが……」
の一言から、一向に喋ろうとせず、無駄に私をじっと見据える永井。
隣であたふたしながら、心配そうにしている冬架。
永井の背後で、次第に人数が増えていくギャラリー。
「おい、何の騒ぎだよ? 」
「いやぁ、何か永井が水園に話があるみたいでさ……でもずっと黙ってるんだよ」
「は? 何で次期会長候補が、あんな何の取り柄もなさそうな奴に用があるってんだ? 」
同感です。
ギャラリーもざわざわと賑わってきている。
真夏の朝から、この樹林高には妙な緊張感が漂っていた。
「……あの、もうチャイム鳴りそうなんですけど」
そう言いかけたとき、ようやく永井が、黒縁眼鏡を指でくいっと押し上げ、一言、
「君……」
「コラそこ何やっとるかぁ‼︎ もうHR始まるぞ、早く教室入らんか‼︎ 」
言おうとした時、校門から戻ってくる体育教師の怒鳴り声が。
「やべ、体育教師兼生徒指導の若山だ‼︎ 急がねーとまた絞られるぞ‼︎ 」
それを聞いた生徒たちは、一斉に逃げるように昇降口へと入っていく。
その途端、タイミングよくHR五分前の予鈴が鳴った。
「永井、久我、水園、お前らもだ。早くしろ」
若山は私たちをちらっと一瞥してそう言うと、そのまま去っていった。
話そびれた永井が「くっ…」と不服そうな表情を浮かべ、目を逸らす。
……助かった。面倒そうな話を聞かなくて済んだ、生徒指導を受けなくて済んだという、二つの点で。
私が心の中で安堵していると、永井が再びこちらを向いて一言。
「……まぁ、この話はまた逢う日までのお楽しみ、という事にしておこうかな……では、さらばだ! 」
あ、結構です。もう関わることないと思うんで。
それだけ言って、永井も昇降口へと進んでいった。
その後ろ姿をしばらく見ていたが、まだまだ自信満々、むしろさっきより増したかのように、悠然としていた。
「……マナちゃん、私たちも入ろう? 」
ずっと隣で一言も話さずにいた冬架が、ようやく口を開く。
無理もない。あんな変人との会話に平然と割り込めるほどの強靭なメンタルは、彼女には無さそうだから。
「うん、そうだね」
素っ気ない返事を返す。
私はまだ、その場を動けずにいた。
永井の話……何だったんだろ? あんなギリギリで中断されると、逆に気になってしまう。
何か私にとって重要な話なのか、それとももっと別の何かか……。
いやいや、何考えてんの私。
あんな醜悪男、これからもう関わることもないんだから、そんな気にかける必要もないのに。
大体、今の件のせいで、またみんなから変に注目を浴びてしまった。私はただ目立たないように、平和に学校生活を送りたいだけなのに……。
何故こんなにも私の理想が、悉く第三者に崩されていくのだろう……。
「マナちゃーん? 早く、また怒られちゃうよー? 」
後ろで呼びかける冬架の声に、私はハッとする。
……まぁ考えても仕方ない。まずは最低限、アイツに遭遇しないようにしなければ。
私は慌てて、既に昇降口を抜けようとしている冬架の後を追う。
焦りのあまり、何かに左足の爪先をガンとぶつけ、ぶつけた"それ"は、鈍い金属音を立てて倒れる。
「……ちょ、冬架さん! 自転車置きっぱなし‼︎ 」




