(2)
「フハハハハ‼︎ どきたまえ凡人ども‼︎ 」
高らかに叫ぶ一人の男子に、一斉に釘付けになる生徒たち。
その視線の先には、背が高くすらっとした、青髪で黒縁眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな男子生徒が、ドヤ顔で腕組みしながら立っていた。
「ハッ…この2年B組、永井 綜次郎様が、今回も堂々の1位のようだな……」
芝居掛かったように、群衆をかき分けて歩み進める永井。そして、"永井 綜次郎"と書いてある場所を、無言でズバッと指差す。
その先を見てみると……なんと満点。
永井の言う通り、2位と20点以上も差をつけて、堂々一位に君臨していた。
えらく鼻に付くけど…素直に凄い。
永井を見つめる生徒たちは、ただ呆然として彼を見つめるのみ。
冬架が、私を見てそっと呟く。
「永井君……凄いなぁ、中間に引き続き期末も満点で1位なんだ」
その言葉に、嫌味は全く感じられなかった。
凄いね冬架さん。そこまで人を素直に褒められるなんて、あなたやっぱいい人ですわ。
あの永井 綜次郎という男は、成績優秀、スポーツ万能、品行方正、さらに次期生徒会長候補という、とんでもないハイスペック男子だ。
当然、この高校には首席合格。聞いた話だと、有名腕利き医師の一人息子で、将来も約束されているんだとか。
何から何まで普通な私とはまるで大違い。私とは縁の無い男だろう。
しかし……そんなハイスペック男子にも、一つだけ、致命的すぎる弱点がある。
「注目せよ愚民どもォ‼︎ くれぐれも、この僕に楯突こうなど思わないことだ。いずれ僕は世界に名を残す名医師となる! サインを貰うなら今のうちだぞ! フハハハハハハ‼︎ 」
いつの間に登ったのか、掲示板の上に仁王立ちしながら宣言する永井の姿が。
……そう、性格が最悪すぎるのだ。
あのスペック故の自信なのだろうが、あそこまで行くとただの残念な人。
なぜあの性格の悪さで、人望があり、周りからの評価が高いのか謎でしかない。
彼を分かりやすく説明すると、頭が良くて良識もあるが、表裏がありまくる詩音みたいな感じだ。
……人に不快な思いをさせるという点では、むしろ同類なんだろうか?
「まぁ、性格に難はあるけど…ね」
「あはは……まぁ…ね」
顔を見合わせて苦笑いをする私たち。すると、
「………」
掲示板の上に立ったまま、無言でこちらを凝視するする永井が見えた。
「‼︎ ……ど、どけクソ雑魚ども‼︎ 」
直後、いきなり下にいる生徒たちに怒鳴りつける。
彼らが慌ててスペースを空けると、永井はアクロバティックに掲示板から飛び降りて、しゅたっと着地を決めた。
……だんだん罵倒の言葉が雑になってる気がする。
「えっ……? こ、こっちに来る? 」
冬架が戸惑いの声をあげる。
こちら側を真っ直ぐ見つめ、悠然と歩み寄ってくる永井に、私はちょっとした畏怖の念さえ感じた。
てかやめて。来ないで。この醜悪男と仲間とか思われたくないんですけど。
永井は私と冬架の前で、ピタリと足を止めた。
ギャラリーの視線は勿論、私に浴びせられている。
うわぁ…何かまた変な注目浴びちゃってるし……もう帰っていいかな?
「やぁ水園。君と話すのはしばらく振りだね」
たった今初めて話したんですけどね。
「……何か? 手短に済ませてくれると助かります」
最低限の応答だけはしておく。こういう奴の場合、無視が後々一番厄介なのだ。詩音のような単細胞とは違う。
先に断っておくが、私は彼と一切面識はない。
特に因縁をつけられることをした覚えなど無いし、一体何の用があるんだ……?
冬架は、困惑した様子で私と永井を交互に見回し、どうすれば良いか分からない、といった様子であたふたしている。
永井はしばらく両目を瞑っていたが、やがてゆっくりとその目を開く。
「さて、単刀直入に言わせてもらうが……」
低い声が響き、私は息を飲む。
あたりには、蝉のじりじりとした鳴き声だけが響き渡っていた。




