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7月 12日 金曜日
相変わらずジリジリと照りつける太陽に、空一面に広がった入道雲。朝方なので暑さはマシな方だが、蝉の鳴き声がうるさいおかげで、やたら暑苦しく感じてくる。
そんな夏日和の中、私は今日も重い足を運び、校門をくぐる。
ふと、何やら大勢の生徒たちが群がっている様子が目に留まった。
登校してそのままの状態なのか、自転車に跨ったままの生徒もいる。自転車くらいさっさと止めてくりゃいいのに。
群がっている生徒たちは、昇降口前に設置された、移動式の掲示板に貼られた一枚の紙を見つめ、それぞれ一喜一憂したり、無言でその場を離れたり、その反応は十人十色だった。
私は彼らの反応から、何があったのか一瞬で察した。もうすぐ夏休み、その前に起こる、学生にとって最大の試練。
そう、期末の定期テストだ。
彼らが見ているのは、恐らく一週間前に行った定期テストの結果だろう。
この学校では、テストの結果は各学年一斉に、その日一日貼り出される。つまり、点が良かった者は自信がつき、その逆の者は公開処刑される、というわけ。
勉強は、どちらかというと得意な方だ。順位も常に学年全体より上ぐらいをキープしている。その辺の順位なら、特別目立つこともなく、かつ成績に支障が出ることもない。
掲示板の前は、今も生徒の群れがひしめき合っている。
とてもじゃないが、あの暑苦しい空間の中に埋もれるのだけは勘弁。順位ならまた後で、人気が無い時に見に来よう。
私がそっとその場を立ち去ろうとすると、
「あっ、おはよーマナちゃん、ふわぁ……」
ふと眠そうな欠伸とともに、甘ったるい声が聞こえてきた。
「……おはよ冬架さん」
私は軽く挨拶をし、また昇降口の方を向く。
久我 冬架。茶髪ボブの天然ゆるふわ系女子だ。
スリ犯の件以来、私は一時的にすっかり有名人となってしまった。
ニュース等で報道はされたものの、私の名前は匿名で出されたため、黙っていればそこまで注目されることはなかったのだが、何せ詩音が
「うんうん! マナちんはスーパーヒーローだよ‼︎ 詩音たちの財布を取り返してくれたんだもん‼︎ 」
とバカな事を口走ってくれたお陰で、犯人を捕まえた張本人が私だという事になり、早くも平和なスクールライフが危うい状態になっている。
彼女もまた、その事件をきっかけに、私に興味を持ってしまった人物の一人。大きな支障を来す危険性は無さそうだが、常に雰囲気がふわふわっとしている。
読書が好き、という共通の趣味も見つかり、今のところ唯一の友達ということになっている。あくまで仮だけど。
冬架は自転車を私の近くに止め、ポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭う。
「テストの結果来たみたいだね。マナちゃんは見たの? 」
薄目で眠そうにしながら言う冬架。私はすかさず答える。
「まだ見てない。どうせ同じような順位だろうし」
嘘は言ってないと思うが、本音を言うと、あの中に入りたくないという思いの方が強かった。
「ねーねー、一緒に見に行かない? 」
「私はいいよ、また後で人が少なくなってから……って、ちょっ冬架さん!? 」
言い終わらないうちに、冬架は私の手を引っ張り、掲示板の方へとゆっくり歩いて行った。
意外とこの子……いや、ただ天然なだけだと信じよう。
まだ多数残っている生徒の群れの少し後ろで、私たちも掲示板を確認する。
「うわぁぁぁぁ‼︎ 順位めっちゃ下がってるしぃ‼︎ 」
「20位も上がった…フッ、ついに俺の才能が開花したのか……」
てかうるさい。一喜一憂してないでさっさと教室行け。
ぐんと背伸びしながら、自分の名前がないか探す。しばらくして、"水園 マナ"と書かれた場所と、点数を無事見つけることができた。
225人中63位……うん、まぁまぁかな。前回とほぼ同じだ。
因みにここでは、文系理系だのと細かいことはナシで考えることとしておく。
「マナちゃん、分かった? 」
すぐ横にいた冬架が、足を震わせながら一生懸命に背伸びして言う。
私が「あったよ」と簡潔に答えると、
「私もあったよ。ほら、あそこ」
冬架が掲示板を指差し、私はその先を見つめる。
「あっ本当だ…………えっ⁉︎ 8位⁉︎ 」
凄い……冬架って頭良かったんだ。やっぱりこう言う天然キャラ、テストでは成績優秀っていうからなぁ、にしても凄すぎる。
あまりの衝撃的な順位に唖然としていると、
「前回よりちょっと下がっちゃったんだよね……お母さんに怒られちゃうなぁ…」
冬架がポツリと呟いて、少し俯く。
いやいやいや、十分すぎるでしょ。何一ケタ取っといて怒られようとしてるんですか。
「じゃ、順位も確認できたし行こうか。もうチャイム鳴るし」
「あれ? マナちゃんは何点だったの? 」
「んー? 大したことないって。ヒミツにしとくよ」
「あはは、何それー」
冬架と他愛もない話をして、教室に戻ろうと踵を返した、その時、
「フッ……フハハハハハハ‼︎ また僕の時代は続くようだなァ‼︎ 」
突如、凄まじい声量と共に、大きな高笑いと自信満々なセリフが響き渡った。
掲示板に釘付けになっていた生徒たちも、一瞬ビクッと反応し、一斉に声のした方を向く。
うわぁ……まーた朝から嫌な予感するよコレ……。




