表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空気少女のトラブルダイアリー  作者: しろまる
第1話:おつかいは手短に済ませましょう
17/36

(15)


「ソイヤァァァァァァァァァァァァ!!!! 」


 私のスクールバックが、リョウの渾身の女の子投げにより宙を舞う。


「っしゃー!! くたばれクソ泥!! 」


 大袈裟にガッツポーズをしてみせるリョウ。

 

「オレの最強奥義の前にひれ伏すがいい!! 」


 最強奥義を下らんことに使うな。それただの女の子投法だからね? もっと見栄えが良くなるように特訓しといてください。

 決して勢いがあったわけでもなく、コントロールが良かったわけでもないが、女の子投げにしては結構な飛距離があった。

 犯人は、今にも息をゼェゼェ切らしながら、私たちの前を通過しようとしていた。


「……!!? 」


 その眼前に、ナイスタイミングでバッグが出現。予期せぬ事態に驚いた様子で、犯人がバランスを崩してフラつく。

 それとほぼ同時に、バッグの口が開いていたらしく、その中からは、大量の色鮮やかなビニールボールが。

 …そう、あの時影武者が背負っていた袋の中身だ。

 犯人はそれらの上に乗っかってしまい、またもやバランスを崩す。そこからベルトコンベアの如く、流れるように運搬されていく。

 大きな悲鳴をあげ、ばいんばいん揺れ動きながら運ばれる犯人は、追っていた者たちを始めとして、周囲の客に口々に笑われ、煽られている。中にはスマホで動画を撮っている人もいた。 SNSにでもアップするつもりか。


「や、やめろォ! こっちを見るんじゃなぁぁい!! 」


 泣きそうになりながら、必死に腹を隠す犯人。いや、腹よりも顔隠せよ。全国中の晒し者になるぞ……って、どっちみち捕まるから関係ないか。

 私はそんな犯人を、ほんの少しだけ、消しカス程度には哀れんでいた。まぁ自業自得ってやつなんだけど。


「凄いなぁ、あんな漫画みたいに綺麗に決まるもんなのか。持っといてよかった」


「姉ちゃん感心してる場合じゃねーって! 早くアイツの写真撮っとかねーと! これでフォロワー倍増だ……ブフッ」


 スマホを取り出し、一緒になって撮影する気になっているリョウを無視して、私は落ちていたバッグを回収し、犯人を追っていた。


 やがてボールが全て無くなり、犯人の運び出しが終わった。

 すっかり伸びてしまっている犯人。いつの間にか、羽織っていた着物が脱げており、辺りに大量の財布が転がっていた。

 着物がなくなった犯人の体格は、かなり痩せ細っていた。着物があった時とは見違えるほどだ。


「あった! 俺の財布だ! 」


「よかった、これでまだ買い物できる! 」


 私を追ってきた人々が、その中から自分の財布を見つけては取り返していく。


 さらに、通報を受けて駆けつけた警察によって、スリの犯人、及び影武者達も全員無事に逮捕された。

 影武者は合計3人いたらしく、残った1人の袋には、可愛らしい動物の人形が沢山入っていたらしい。さらにその男は、やたらキッズコーナーの周辺を見張っていたとか何とか。

 まさかとは思うが……いや、深く考えるのはよそう。


 ☆★☆★☆★☆


 犯人たちが連行されて数分、ひとまず根本的な騒ぎは収まり、今はモール内の買い物客の一部が、警察から事情聴取を受けていた。

 私とリョウは、今までの疲労感が一気に押し寄せ、先程のソファーにぐったりと腰掛けていた。

 体温が上がり、汗もだくだくで制服もぐっしょり。これで明日も普通に学校なんだから、たまったもんじゃない。


 ……まぁとにかく、これでやっと帰れる。


 明日も学校という絶望はあるが、これで終わって楽になる。

 安心して、ほっと溜息をつくと、


「……っ!? 」


 突如、キンと冷たいペットボトルが、私の頰に当たる。思わずびくっと肩をすくめる。


「ほらよ、2人ともご苦労さん」


 顔を上げると、そこには腕捲りしたワイシャツにズボンを着たガタイのいい男性ーーー私たちの父が、にひっと笑っていた。


「……父さん、何でここに? 」


 私は父からペットボトルの炭酸水を受け取り、キャップを開けながら質問する。


「何でって、このショッピングモールにスリ犯が出たって通報があったから、犯人とっ捕まえに来たんだよ」


 そうーーーうちの父は、市内の警視庁に勤めている警察官仕事熱心で、部下の信頼も厚いらしい。らしいが……、


 父さんはそう言って、私にしたように、リョウの頰にもペットボトルを押し付けた。「うひょあぁぁぁぁぁぁ!? 」とかいう情けない悲鳴が、すぐ隣で聞こえる。


 私は炭酸水を一口飲んだ。火照った身体に弾けた冷たい感覚が心地良い。


「最終的に犯人逮捕までしてくれるとは……やっぱり俺の自慢の子供達だな! ハッハッハッハッハ!! 」


 父さんの笑い声が、轟音となって響き渡る。やめてください、また悪目立ちしてしまいます。

 危うく、飲んでいた炭酸水を吹き出しそうになった。

 ……こう、稀に暑苦しくなりすぎるのがたまに傷。ただでさえ暑いこの時期にはいい迷惑だ。

 この性格で、部下の人に変に迷惑をかけていないかだけ、心配になってくる。


「しっかし驚いちまったよ。まさかお前らも、姉弟揃ってここに来てたなんて」


 父さんはそう言うと、「ちょっといいか」と私とリョウの間にどっかりと座った。


「え? 何でオレらが来てるって分かったんだよ? 」


 リョウがペットボトルをがぶ飲みしてから、大袈裟に驚いてみせる。ラベルを見るに、あちらはオレンジジュースっぽい。正直あっちのがよかった。


「いや、事情聴取してたら、姉弟っぽい2人組が積極的に犯人探ししてたって話を聞いたから、もしかしたらと思ってな」


 父から見て私は、どんなイメージを持っているのか。少なくとも私は、自分からそんな事するほど勇敢ではないと思うけど。


「……まぁ、私は無理やり連れられた身なんだけどね」


 私は苦笑しながら言ったが、父さんには聞こえなかったのか、リョウとの話を続けていた。

 私としてもその方が有難い。突っ込まれたらそれはそれで面倒な事態になりそうなので。


「んじゃ、俺はまだ仕事残ってるからまたな。先帰ってていいぞーーーーー」


 部下に呼ばれたらしい父さんが、ソファーから立ち上がり、仕事に戻ろうとした途端、



「マーーーーーナちぃぃぃぃぃぃん!!! 」



 これまた凄まじい無邪気な高音が、モール中に木霊(こだま)した。

 おそるおそる右側を見ると、そこには、既に私にダイビングプレスをキメる態勢に入っていた、詩音の姿があった。



 ……忘れてた。完全に忘れてました。


 

 スリの件で忙しく、もはや忘却の彼方へ置き忘れていたこのバカが、たった今、彼方から帰ってきたのだ。

 私は抵抗どころか、目を逸らすことすらせず、されるがままになっていた。当然そのまま2人一緒にソファーの真ん中へとダイビング。


「んなっ!? こっちは色々あって疲れてんだよ、用があるなら次回にしろ! ってかもう来んな! 」


 リョウが慌てて立ち退きながら、声を荒げる。

 そんな怒りが届くはずもなく、詩音は嬉々としてはしゃぐ。

 ってか、おつかいは無事に済ませられたのか?

 ……いや、やめよう。リュックが小さく、レジ袋も何も持っていないと言うことは、そういうことなんだろう。


「ねえねえ2人とも! 詩音いま鬼ごっこやってるんだけど、一緒にやらない!? 」


「はぁ!? 鬼ごっこって……まだ続いてたのか!? 」


「えっと詩音さん、とりあえず、降りて……」


 苦しそうにして頼んでみると、詩音は軽やかに私から飛び下りる。これだけの時間が経っても、まだまだ疲れてる雰囲気が見えない。流石の体力バカ。


「見つけたぞっ! あそこだ! 」


「もう何時間追い続けたことか……」


 突如、どこかから怒鳴り声が聞こえる。これも数時間前に聞いている声だ…ってか、やっぱりぶっ通しでやってたのか。

 ああ、また面倒な事に巻き込まれそうだなぁ……と、心内で頭を抱える。


 しかし、不思議と嫌な感じはしなかった。


 思えば、この詩音という奴。

 やってることは普通に犯罪級だし、人の意見聞かないし、勝手に振り回して言ってるけど……、

 それはある意味、この限られた"学生時代"を純粋に、心から楽しんでる…って事になるのかもしれない。

 未来をどうこうよりも、まず今を楽しむという、ただの楽観主義者なのかも分からない。


 ……やってることは幼稚園児並みだし、こうなりたいとは断じて思わないが。


 コイツと一緒にやっていくのも、少しは悪くないかもな………。

 いつのまにか私の中で、詩音の評価がミミズからダンゴムシ程度にまで上がりつつあった。


「やっとこさ見つけたぞイタズラ娘…。そこの2人も共犯か? 」


「「えっ? 」」


 前言撤回。最低最悪だな。

 周りの客も、一斉にこちらを振り返る。乾いた視線が痛すぎる。

 ま、まぁ? これで詩音が否定してくれればーーー


「うんっ!! マナちんとリョウちんって言うんだ! この2人も鬼ごっこやりたいんだってー!! 」


 デスヨネー。

 よっしゃ帰ろう。コイツとは二度と付き合わない方針で。

 目を見合わせ、速攻で帰ろうとする私たちの手首を掴み、詩音がいきなりダッシュしだした。

 私とリョウはは成すすべなく、勢いに任せて引っ張られるように走る。


「……?? まぁ何でもいいや、お前らまとめてとっ捕まえてやらぁ!! 」


 ちょっとー!? 私たち無実なんですけど!?

 そんな心の叫びは届くはずもなく、従業員たちが殺意を持って追っかけてくる。待って日本刀とか持ってる人いるし、ガチで殺す気じゃないですか。


「マナ…リョウ…いい友達を持ったなぁ! ッハッハッハッハッハッハッ!! 」


 父さんやめて! 背後から笑いながら友達認定しないで! こんな奴と同類にしないでいただきたい!


「待ちやがれぇぇ!! このコソ泥共がぁ!! 」


「やっほーーー! 鬼ごっこたーのしー‼︎ 」


「何なんだよ!? オレら何もしてねーし……おいコラ離せよ幼稚園児!! 」


「………帰らせて」


 その後、私たち3人は、誤解が解けるまで散々追い回された。



 私が空気になれる日は、到底先になりそうだなぁ……。




 第1話 〜((完))〜

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ