(13)
私はしばらく、眼前に置かれた袋を見つめていた。盗まれた財布が大量に入っている袋を。
一体どういう意図があったのだろう?
金は諦めて、自分の身の安全だけでも確保しようとしたのか?
それとも、驚きのあまり手が滑って袋を落としてしまったお間抜けか。
どちらにせよラッキーだ。これで財布を取り返す事に成功した。
私は看板の陰から立ち上がり、せっせと袋を両手で抱えて、近くのトイレの個室に入った。流石に人の目につく場所で、怪しい袋を探る勇気は私にはない。
人ひとりとそれなりの大きさの袋が入っても、まだスペースには余裕がある。広い個室で助かった。
袋口に右手だけを突っ込み、ガサゴソと中をかき回す。しかし、何だか感触がおかしい。
財布にしては、妙に丸みを帯びたものが多いような。それにちょっとツルツルしてる。
不審に思いながら中を見てみると、そこには私の触れたものが、袋いっぱいに詰まっていた。
ーーーーーーボールが。
大量のボールが。それもただのボールではない。
片手に乗るサイズで、赤・黄・青・緑など、それぞれに違う色が付けられている。
キッズコーナーとかでよく見る、ボールプールに敷き詰められてるそれだ。
「……やられた」
影武者だ。見事に偽者をつかまされてしまった。どうりで如何にもな格好だったわけだ。
追っ手の注目を集めて、真犯人から遠ざける作戦だったのか。分かりやすいグループ犯行の例だ。
入っていたのはそれらのボールのみで、財布のさの字も無かった。
これらのボールをどういう経緯で手に入れたか知らないが、大方盗んできたとかそんなんだろう。細かい事は言いっこなしだ。
まぁじっとしてても仕方ない。とりあえずトイレを出よう。早急に財布を取り返さなければ。
私らしくもなく意気込み、個室を飛び出した。
☆★☆★☆★☆
『姉ちゃん! オレ、犯人見つけた!! 』
『プロレスマスクに黒タイツ』
『背中に袋背負ってるし、絶対そうだよ』
『およよ? 姉ちゃん? どしたったぁ〜〜〜?? 』
トイレを出て歩いていると、ふとリョウのチャットを未読スルーしていた事に気付く。最後の一文で一瞬スマホ投げそうになったが、何とか未遂で済ますことができた。
『私も見つけたけど偽者。ボールしか入ってなかった』
軽く返信しておいた。
格好は、私がみたものとほぼ同じか。
『オレも袋の中見たんだけど、こっちにはガムテープが大量に入ってたんだよ』
返信はやっ。
お前あれでしょ? 通知届いた瞬間に文字打ち始めるタイプの人でしょ?
そういった人間は、遅かれ早かれ周りから孤立するって聞いたから、注意した方がいいよ? という話をネットで聞いた気がする。真偽は知らんけど。
まぁそんな事はどうでもいい。もう少し話を聞こう。
『え、捕まえたの? 』
『うん。でもすぐ逃げられちった』
『…一回合流した方がいい? 』
『確かにその方がいいかも』
『分かった、じゃあちょっとこっち来て。私一階エスカレーターの近くにいるから』
『……え? オレが行くの? 』
『私は色々あって、疲労が溜まりに溜まってるんですー。誰かさんがバイブ鳴らしたおかげで、犯人逃しちゃったし? 』
『うぅ……それはゴメンって。そっち行くから』
『疲労回復する努力はするから、若干ゆっくりめに来てもいいよ』
『ハイハイ』
小ざっぱりとした文字のやり取りを終え、スマホをポケットにしまった。
リョウが来るまで、私は近くにあったソファーに腰掛けて、少しでも体力回復するよう努める。
詩音に連行されるわ、弟に変な奴と知り合いだってバレるわ、財布盗られるわ、その犯人を捜す事になるわ、今日1日だけで相当な骨折りをしたからなぁ。
……まぁ、まだ犯人を見つけたわけじゃないけど。
因みにあの袋は、スクバの中に詰め込んでおいた。少し嵩張ってパンパンになっているが、何か役立つかもしれないので持っておく事にした。
あまり長い時間かからず、リョウがエスカレーターを駆け下り、私の所へやって来た。意外と近い場所にいたのかな。
ずっと走ってたのか、肩が揺れ、額は汗で薄く濡れていた。首にかけてた赤いヘッドホンも、カバンの中にしまったらしい。
「お疲れ様」
「いやお疲れ様じゃねーって。何分かかって走ったと思ってんだよ」
「…どれくらい? 」
そこまで長くないでしょ。5分くらいかな。
「2分だよ! 」
歩いて来いよ。
その近距離からダッシュしろとは言ってない。
「姉ちゃん、流石に疲れた? 」
隣に座りながら、リョウがそんなことを聞く。まぁ事実と言えば事実だけど。
「……まぁ」
「やっぱそうかぁ。姉ちゃんが体力ないのもあるけど、色々大変だったっぽいからなぁ」
バカにするような表情で言うリョウ。どちらも本当の事なので、下手に言い訳はできない。
「…うるさい、言うほどアンタも変わんないでしょ」
「ハハッ、まぁ大体家かここでゲームしてるからなぁ」
私の方を見ながら、家にいる時と変わらず、嬉々として話し続けるリョウ。
っていうか、こんな所でくっちゃべってる時間はないと思うんだけど…。
「まぁとにかく! さっさと犯人捕まえて、財布取り返さなきゃな。もう少しがんばろーぜ、姉ちゃん」
ソファーから立ち上がり、私に手を差し出しながら笑顔で言う。
何だ、こいつもやる時はやる男じゃーーー
「んでもって、学校中で自慢されるんだ!! 」
やっぱり下心付きか。
そして私は、なるべく目立たず穏便に済ませたい派なんですが。
犯人探しですっかり忘れていたが、私は決して目立ちたくない、平凡な人間なのだ。
さっさと財布を取り返さないと、最悪我が家に帰れないこともある。
私がリョウの手を取り、ソファーから立ち上がろうとした時ーーー
「しっ! 姉ちゃん静かに! 」
突如、リョウが私の口に指を立てる。
じっと耳を澄ませてみると、何処からか、中年男性らしきガラガラ声が響き渡った。
今回は、作者しろまるより、ちょっとしたお知らせがあります。
活動報告を読んで下さった方は知っているかもですが、今日から一週間強、多忙により更新ペースが急に落ちると思われます。
具体的にどのくらいかと言うと、三日に一話投稿できるかできないか という感じのペースでございます。
そのため、しばらく更新ペースが落ちる、更新できても文が雑になってしまうかも、とだけ伝えておきます!
まぁ文の方は、落ち着き次第、その都度修正していくつもりです。
ですので、なかなか更新されなくても離れていかずに、これからもこの小説を宜しくお願いします。




