(12)
ようやく見つけたスリ犯は、人通りの少ないトイレ付近の看板に隠れて、様子を伺っている。
私は階段の陰からそれをじっと見つめる。その距離、僅か5メートルほど。
まさか本当に出くわすなんて。
予想外の展開に、暑さと緊張が入り混じって汗が吹き出す。ポケット内のスマホが、手汗でちょっと濡れてのが分かる。
通報は勿論そうなのだが、その前に逃がしてしまっては意味がない。ある程度、犯人の場所くらいは押さえておかないと、具体性に欠ける。
…しかし、これでもかというほど分かりやすい服装で、何故ほかの客は怪しげに思わないんだろう?
単純に気づかないのか、ステルス能力でも使ってるというのか?
…だとしたら、その姿が見えている私は、一体何なんだろう? 主人公補正?
今のは自分でも、そんなバカなと思った。くだらん事言ってないで、見張り見張り。
するとスリ犯が、突如素早い身のこなしで、隣の骨董品店の棚に移動した。
そういや、詩音が魔法のつぼとやらを買いたいとか言ってたな。
まぁそんな物はあるはずもないし、どうでもいいので、私も足音を立てないよう、スリ犯が隠れていた看板に移動し身を隠す。
骨董品店なんかにいたら、余計に怪しまれてしまうんじゃ? …と思ったが、実質私以外には見えていないようなので、気にしてもしょうがないのかもしれない。
心臓の鼓動が早くなってくる。スリ犯の後ろ姿が大きく見える。汗が止まらない。雑踏の中、妙に張り詰めた空気に、私は包まれていた。
スリ犯が、再び辺りをきょろきょろと見回したす。刹那ーーー
ブーーーーーーーーーーーーッ!!!
ポケットでバイブ音が響き、焦りからスマホを落っことしそうになる。
「うわひゃっ!? 」
心臓が破裂するかと思った。驚きのあまり、素っ頓狂な情けない声を出してしまう。
スリ犯が私の悲鳴に反応し、こちらを軽く振り返り、そのまま一目散に逃げ出した。
しまった! こうなるんだったらスマホの電源切っとけばよかった。
気付いた時すでに遅し。スリ犯の姿は雑踏の中に溶けていった……。
☆★☆★☆★☆
何事もなかったかのように、他の買い物客が、私の横を通り過ぎていく。
肩の力がひゅっと抜けると同時に、ひどく落胆した気分に襲われた。私はそのまま壁に背中からもたれかかり、大きな溜息をつく。
詩音の意味不明な買い物に付き合わされ、盗難事件の被害者に。挙げ句の果て、せっかく捕まえたチャンスを逃してしまう始末。
スリ犯を通報することすらできず、逃げられてしまった。
「………あれっ? 」
ーーー財布が入った袋を、その場に置き去りにして。




