表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女は百合  作者: 小野寺 大河
6/30

六話

新人賞の応募原稿を、最初から最後まで、定期的に少しずつ上げていきます。

 入部届けをもらってくるという静森さんとは、自習室の前で別れ、帰途についた。

「ついて行こうか? 待ってるよ」

 と俺が言うと、

「クラブ活動について聞きたいこともありますから」

 とやんわり断られた。

 校舎を出ると、外はすっかりオレンジ一色になっていた。

 長く伸びる影法師をぼんやり見下ろしながら、静森さんのどこか寂しげな表情を思い返していると、聞き覚えのある声が耳朶を叩いた。

 耳を澄ますとその声は、校舎の物陰から聞こえていることが分かった。

「校長先生~いいですよ、お食事。今日の十九時から駅前で待ち合わせましょう。今すぐ向かいますね。え~、お寿司屋さんに連れて行ってくれるんですかぁ? 嬉しい~~! 今から楽しみです。それじゃまた後で~」

 ピッ――。

「教頭先生~今日のお食事楽しみにしてますよ。二十一時からですよね。酔いすぎちゃったらどうしよ~~。え、先生が介抱してくれるんですか? 嬉しいな~でも、ちょっとドキドキしちゃいます~~」

 不穏当な会話に変な胸騒ぎを抱き、そっと声の主を覗き見る。

 声の主は我がクラスの担任、白姫先生だった。

 男なら誰しも腰が砕けそうになる甘え声で、通話している。

 内容から察するに、校長と教頭のダブルヘッダーらしい。

 俺はようやく、とんでもないものを目撃してしまったのだと自覚した。

 もうしばらく観察しようか、すぐさま立ち去ろうかと逡巡すると、タイミング悪くポケットのスマホが振動する。

「誰かいるの?」

 冷然とした鋭い声色。

 それを発したのが白姫先生だと、すぐには分からない豹変振りだった。

 とても先程と同じ人間から出た声とは思えない。

 剣呑な雲行きにたじろぎ、得体の知れない恐怖に襲われる。

 身を翻し逃走一歩目を踏み出すのと、殺意を有した五指が左肩にめり込むのは同時だった。

「テメェ、……私のクラスのやつか。どうやら今の会話聞いちまったようだな。チッ」

 自己紹介で見た柔和な笑顔など、そこには存在しなかった。

 舌打ちし、眉間に何重も皴を作り、胸倉を掴もうとしている女が、俺の知っている白姫先生と同一人物だとは、とてもじゃないが信じられない。

 その尊大な雰囲気は、第一印象とのギャップで余計に怖い。

 白姫先生は遠慮無しに俺を校舎の影に引きずり込み、高圧的に体を壁に押し付け、

「チッ。おいッ、このまま平和に高校生活送りたかったら、誰にもチクるんじゃねェぞ? 分かったかッ! 聞いてんのか? おらッ!」

 睥睨する白姫先生は乱暴に声を荒げて、力任せに俺の体を揺する。

 舌打ちが癖のようで、俺はそれを聞く度全身が震えた。

 ママ、助けて!

 何かしらリアクションするべきなのだが、喉がカラカラに渇いてしまって、上手く言葉が出てこない。

 どんどん鋭利になっていく白姫先生の眼光に、「早く何かを……」と気持ちばかりが急く。

 自由にできる箇所を探した結果、コクリと首を縦に振るのが、精一杯だった。

 完全に固まってしまっていた俺の僅かな反応に、先生はしばらく思案顔だったが、

「チッ……まァいい。テメェみたいなバカにはしては、上出来だ」

 粗暴に掴んでいる制服から手を放した。

 支えがなくなった俺は、力なくその場にへたり込む。

 悪魔のような顔を慄然と見上げると、制圧的な瞳がゴミ同然と言わんばかりに、俺を見下ろしていた。

 有無を言わさない、圧倒的な威圧感を残して悪魔は去っていく。

 結局俺は、徹頭徹尾震えていただけだった。

 白昼夢にうなされた心地。

 虚脱感の抜けない中、今しがたの恐怖体験の契機となったスマホに目がいく。

 中学一年生になった妹の小冬こふゆからだった。

 兄よ、女の人が自分を良く見せるために、表向きは可愛く演じることを何というのだっけ?

 まだ若干震えている指をぎこちなく動かし文字を打つ。

 妹よ、それは腹黒と言うんだよ、と。

 打った文章を読み返しつつ、先程の悪魔のごとき形相を思い出し、再び背筋を凍らせた。

何かのご縁で、この小説を読んでくださったあなた、ありがとうございます。

またお会いできることを祈っています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ