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彼女は百合  作者: 小野寺 大河
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五話

新人賞の応募原稿を、最初から最後まで、定期的に少しずつ上げていきます。

「好きな色は?」

「赤とか黄色かな。明るめの色」

「好きな教科は?」

「体育だよ。家庭科は苦手だな」

「好きな服装は?」

「よく着るのは動きやすそうなの」

「好きな食べ物は?」

「タコさんウインナー、唐揚げ、トンカツ、コロッケ、カレー、ハンバーグ――とにかく、味覚が子供なんだよ。あとはやっぱり甘いもの。和菓子よりは洋菓子の方が好み」

「好きな動物は?」

「動物は全体的に好きだよ。その中でも、小さいの。猫とか犬、ハムスターなんかは目を輝かせるな」

「趣味は?」

「とにかく身体を動かすこと。休みの日は、家にいられないタイプだね」

「えっと、最後は…………好きな女の子のタイプは?」

「聞いたことが無いから、分からないな」

 ここまでの質疑応答。

 質問者は今日も見目麗しい俺の女神様、静森百合花ちゃん。

 回答者である俺は、彼女の質問の一つひとつに如才なく答えた。

 言うまでもないが、俺のことを聞かれていたわけではない。

 静森さんから、愛子について聞かれたのだ。

 静森さんは愛子に興味津々なようで、それがどういった種類のものかは、あえて説明しない。

 説明したくない!

 認めたくない!

 がるるるぅぅぅぅ~~!

 俺は一つ息を吐き、椅子に深く座り直す。

 時刻は放課後。

 場所は自習室。

 無駄に広々とした空間に、相当数の机と椅子。

 俺たちは窓際、最奥の席に座った。

 室内を見渡すとノートを広げていたり、雑誌に目を通していたり、集団で週末遊ぶ予定を立てていたりと自由に利用している。

 多目的な部屋なのだ。

 正面を見やると、入学式の朝、一目惚れをした美少女の姿がきっちり視界に収まっている。

 静森さんは、向かいの席で一生懸命メモを取っている。

 静森さんから「愛子ちゃんのことを教えて欲しいんです!」とお願いされたのは、授業終了後の掃除が終わり、体験入部に行くという愛子が、教室から出て行った後だった。

 入学式の日以来、静森さんから音沙汰がなく、協力ってどうするんだろ、何を手伝えばいいんだろ、とぼんやり考えていると、教室のドアから手招きしている彼女の姿を発見したのだ。

 突如現れた美少女にクラスメートたちが、

「誰の知り合い?」

「か、かわいい……」

「き、巨乳!」

 と騒いでいるのを尻目に、俺は静森さんの元へ駆け寄った。

 件の依頼を聞き、詳しい話をするべく自席へ案内しようとすると、

「何で左塔と……」

「灯下さんはどうなるの?」

「まさか付き合ってるとか?」

「あんな彼女欲しい~」

 と、クラスメートたちが騒いでいるのが聞こえた。

 教室の至る所から向けられる疑惑やら、羨望やら、嫉妬やらの眼差しに身の危険を感じ、静森さんの手を引いて逃げるように教室を後にした。

 適当に座れて喋れる場所を探した結果、学校案内を思い出し、校舎二階の端に位置するこの自習室に目を付けた。

 そして、それから質疑応答が始まったのだ。

 そういうわけで、俺は静森さんと向かい合わせに座っている。

「ちなみに、俺の好きな食べ物は、甘い卵焼きだよ」

「おいしいですよね。私の愛情いっぱいの卵焼きを、愛子ちゃんにあ~んしてあげたいです」

 俺の「作ってくれないかな~」というサインを見事に見落とし、激しく脱線した。

 野球部なら三年間スタメン落ちくらいのサインのスルーっぷり。

 バントせず、笑顔で意気揚々とバットを振り回している静森さんを思い浮かべる。

 入学式の日も思ったけど、静森さんってちょっとじゃなく、かなり天然?

 卵焼きを諦め、適当に話の接ぎ穂を探す。

「ところで静森さん、あれから愛子に会いに行ったの? 入学式の朝、口約束っぽいことしてたけど」

「いえ、それが……」

 むにゅむにゅと言葉に詰まってしまう静森さん。

 聞くところによると、初対面時の自身の奇行に羞恥を覚え、上手く間合いをつめられないらしい。

 先程も愛子が教室を出るのを待ってから、俺を呼んだのだそうだ。

 どうやら静森さんは、基本的には恥ずかしがり屋で、奥手のようだ。

 冷静になった今、いきなり一対一は勇気がいるというわけか。

「そう言えば、陸上部に入るっぽいよ。今日も体験入部に行ってる」

 俯き加減の静森さんが顔を上げ、手のひらをぽんっと叩く。

「それで左塔くんを残して、教室から出て行ったんですね」

「常に一緒にいるわけじゃないよ」

 中学時代、時間が合えば二人で下校したり、寄り道したりすることもあったけど、毎日一緒はさすがにない。

「でも、早めに左塔くんが一人になってくれてよかったです。それまで、ずっと待ち続けるつもりでしたから」

 その行動原理が俺への好意なら、今の発言はどれだけ嬉しいだろうか。

 しかし、なんだろう。

 微妙に怖くもある。

 俺と愛子の後ろをねっとり尾行する静森さんを想像して、ストーキングとか嗜まないよなと懸念する。

 ……大丈夫、だよな?

 断言できないのが申し訳ない。

 俺の妙にリアルな心配などは露知らず、静森さんはメモしていたノートを閉じる。

「早速入部届けもらってきますね」

 どうやら愛子を追いかけて、陸上部に入るつもりらしい。

「静森さんって、運動神経良いの? 見た目と違って力持ちとか、足速いとか?」

 おっとりした彼女からは、イマイチ想像ができない。

 静森さんは「そうですね~」と、考え込むように顎に手を当て、

「運動会では、私がゴールテープを切ると、何故だか万雷の拍手が沸き起こりますし、球技では私がいるチームには、必ず一番上手な人が入る上に、ゲームバランスが崩壊する程の革命的なハンデが与えられます」

 この典型的な運動音痴!

 何そのぽっちゃりくん、ぽっちゃりさんのあるあるみたいな経験談!

「ですから、マネージャーとして入部しようかなと。愛子ちゃんのことを身も心もサポートしたいんです。二人で支え合う青春の一ページ。愛子ちゃんはふとした瞬間に私を意識するようになっていき、お互いかけがえのない大切な存在になって、いつしか激しく求め合う関係に――きゃああああああああああああああああああああああああああ」

 色白のしなやかな手で顔を覆い、首を左右にぶんぶん振る静森さん。

 俺、何でこの子のことが好きなんだろう?

 諦観した気持ちで彼女を見ていると、一人で勝手にヒートアップしていく。

「あぁ~~、愛子ちゃん。あの幼いお顔に強気な瞳。腰なんかも折れそうなくらい細くって、そして何といっても完璧なまでの脚線美! さらには、教科書に載せたい程の絶対領域! スカートから伸びる決して細いだけじゃない、黒のニーソックスに包まれた程良く引き締まったあのライン……あれで蹴られたり踏まれたりしたら――ああああああああ~~、考えただけでも頭がぼんやりしちゃいます。それにそれに、この前抱きしめたときに強く体感した、胸にすっぽり収まる体。そのとき確認できた案に違わないもう一つの魅力、控えめなあのお胸! 愛子ちゃんの全てが、私の理想です!」 

 そんなに好きかね、おみ足が。

 そして、絶対領域が。

 一体何の本に載せる気なんだ?

 さらには、貧乳好きなのか?

 そこもマイノリティに溺れるのかい。

 そうか、君はどこまでも茨の道を突き進むんだね。

 俺は静森さんの意志に、現代最後の侍を見た。

 不審に思われないか、念のため周囲を見回すが、それぞれ自分たちのことで夢中になっている。

 放置しておくのもあれなので、あわや涎を垂らしそうになっている静森さんに、

「お~い、戻っておいで~」

 と、声をかけて現実に引き戻した。

 自分の醜態に気づいたのか、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せる。

 俺はどんどん小さくなっていく姿に苦笑いを浮かべつつ、気になっていることを尋ねる。

「静森さんって、やっぱり男の子より女の子の方に興味あるんだよね?」

「あ、はい。それは、そうです」

 こくんと可愛く頷いた。

 愛子だけ、ってわけじゃないらしい。

 入学式の日も、正門でパンチラ及び脚チラ? を狙ってたみたいだし。

 つまりそういうことなんだろう。

 俺は突発的に頭に浮かんだ質問を投げかける。

「だったら、女子校に行こうとは思わなかったの?」

 女の子が好きならその方がいいだろう。

 何せ、全校生徒が恋愛対象になり得るのだから。

 まさにパラダイス、ハーレム状態だ。

「いえ、私は別に女子校でも共学でも、どちらでも良かったんですけど」

 言ってから、困ったような笑顔を作る。

「母親が強く共学を勧めたので」

「それって何か――」

 と聞こうとして、俺は急いで言葉を飲み込んだ。

 目の前の少女が、とても悲しそうに笑っていたからだ。

 そこから先は言及しなかった。

 家族のことで話しにくい何かがあるのだろうか。

 だとしたら、興味本位で家庭の事情に立ち入るのは、良いことではない。

 静森さんは、自習室に設置されている時計を一瞥する。

 時刻は十八時を回っていた。

「左塔くん、今日は本当にありがとうございました」

 微笑を湛えてお礼を述べた後、静森さんは席を立った。

「いいから、気にしないで」

 彼女の無理に作り上げたであろう表情から、そっと目を逸らす。

 詮索するのは良くない――でも、気にならないかと言われれば、大嘘になる。

 もう一度だけ静森さんの顔を見やり、窓ガラスから差し込む西日を浴びる、その笑顔に隠された真意を探る。

 俺は漠然と思う。

 ――静森さんが女の子に好意を寄せるようになったのも、もしかしたら何か理由があるのかも知れない。

何かのご縁で、この小説を読んでくださったあなた、ありがとうございます。

またお会いできることを祈っています。

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