ようやく僕らの物語が始まる
男子高校生にとっての一番のステータスとは果たして一体何だろうか。
おおよその男子高校生のステータスは「彼女がいる」ことだろう。
詰まる所、「リア充」か否かである。
勿論人それぞれ主義主張は違えど、少なくとも女子にモテることは生物学的な雄としての性なのだろう。
では男子高校生の「彼女がいない」ことはステータスになりえるだろうか。
彼女がいないことは決してステータスにはなりえないはずであるのに、イケメンと呼ばれる顔立ちの整った彼らはどちらをとってもステータスとなりえるのである。
顔立ちの整っている彼らは彼女がいないのではなく、「作らない」ということに対して他者がステータスを感じるのである。
つまり、真のステータスとは彼女がいることではなく、「モテること」であるということである。
結論。
『リア充もイケメンも爆発しろ』
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文芸部の部室は決して広くはない。むしろ狭いといっても過言ではない。
なにせ、文芸部の部室は一般教室の半分ほどのスペースに有難迷惑な先輩方からの蔵書物、一面に置かれたどうでもいいオタクの集めたフィギュアや明らかにそぐわない可愛らしいひよこのぬいぐるみが所狭しと置かれている。
なにより一番は日当たりが悪いことにあるだろう。可愛いひよこのぬいぐるみでさえ、その日当たりの悪さから憂鬱な五月病のような陰鬱顔をしている。
初見では一体何部なのか、そもそもここが学校なのかどうかすら怪しい物置と化しているのがこの文芸部部室だ。
そしてそこに既に三人の人物の姿がある。扉を開けただけでひどい圧迫感に襲われる。
「で、なんでお前らここにいる」
僕もぬいぐるみのような陰鬱顔で気怠さを全身に露わにしながら見覚えのある二人と一人に問いかけた。
「お、やっときた。遅いから先に始めてんぞ」
爽やかな笑顔に爽やかな手の上げ方。お菓子の食べ方すらも爽やかそのものだ。
どのくらい爽やかかといえば、柑橘系の炭酸飲料くらい爽やかだ。飲んだ後「クーー」って言っちゃうほどだ。別に青くはないしアホ毛もないけど。
この男、来栖友介は高身長高成績、更には運動神経抜群ときた。何をやらせても高スペックで僕の知る限りこいつ以上にラノベ主人公に向いている奴はいない。
ただし、唯一欠点を挙げるとするならば、だ。
こいつは相当なオタクだ、正直僕がドン引きするレベルで。この部屋にあるフィギュアも全部友介のものだ。それほどのオタクにも関わらず女子からのモテっぷりといったら殺意の湧くレベル。イケメンはどんな趣味を持っていてもイケメンなのだ。所詮恋愛なんて顔だ。
それはそれは残念な顔立ちの僕はイケメン様を僻んでみたりもする。
「何をだよ」
「見ればわかるでしょう?」
見れば言ノ葉さんと真理はおいしそうにもぐもぐポテチを食べている。
なるほど、友介がやめるんだなそうに違いない。そしてここは俺のハーレムに!絶対なりませんね。
「送別会か?」
「誰もやめないわよ!」
真理は不機嫌そうに目の前のお菓子を口いっぱいにむさぼる。
「言ノ葉さんの歓迎会に決まってるじゃないか」
「どうも」
「あ、ど、どうも」
新入部員の女子って言ノ葉さんだったのか。
真理以外の女子となんて普段ほとんど話さないせいか、コミュ障っぷりを露わにしてしまう。
高台で会った時はよく見えなかったけれど、言ノ葉さんすごくべっぴんさんだ。
真ん丸の目は二重で大きくパッチリとしていて、鼻筋は綺麗に通っている。それだけで育ちの良さが窺え、どこかのお嬢様然としていた。真理の童顔の丸顔とは対照的で、細いすらっとしたどこか大人びた面影がある。
「それにしても普段、お前ら部室になんて滅多に来ないくせにこういう時には必ず顔出すのな」
普段何の手伝いもしない真理と友介に僕は嫌味ったらしく言ってやった。
「当たり前だろ。お前しかいないこの部屋に来る理由なんて、フィギュア鑑賞するか昼寝するかくらいしかないからな」
「友介、さすがにそれはひどいんじゃない?もっと他にあるでしょ。ほら、宿題やるときとか原稿急かすときとか」
「おい。僕を遊びに誘うという選択肢はないのか?」
二人ともはっとした顔で顔を見合わせる。
「「......携帯で済むじゃん」」
それこそ誘いに来いよ!あと言ノ葉さんその憐れむような目はやめて!
真理はこほん、と一つ咳払いをして
「じゃあ、ひとまず全員揃ったことだし自己紹介でも始ましょうか」
さすがは、優等生で新聞部部長だけあるな。仕切るのは相当に慣れているとみえる。
「皆同じクラスだから知ってるかもしれないけど一応名前から。私は芥川真理。新聞部部長で廃部にならないようにここには籍を置いてるだけよ。分からないことはこいつらよりも私に聞いてね」
最後の一言は本来僕が言うべき言葉だろ。でも僕よりも色々詳しいだろうから質問担当は彼女に譲ろう。
「俺は来栖友介。漫研所属だけど理由は真理と一緒。文章を書くのはあんまり得意じゃなくてほとんど読むの専門だけど、イラストなら任せてくれ」
「僕は文文章。え、えっと、ここの唯一死んでない部員で一応部長。そ、それと、学校新聞の短編小説は僕が書いてるから、も、もしよかったら読んでみてくれると嬉しい......かな」
本格的にコミュ障がばれた。ただでさえ目を見て話すのは苦手なのに相手は女の子だぞ!
僕は初めて友介を尊敬した。
ただただじっと僕を見つめてくる言ノ葉さんと目を合わせては逸らしを何度か繰り返す。
「知ってる。読んでる」
たった二言。彼女はなかなかの人見知りらしい。通常会話に支障が出るレベルで人見知りのようだ。
「私、言ノ葉言葉。......よろしくお願いします」
それ以上は話すことはないと言わんばかりに頭を下げる。
変な礼儀正しさにコミュ力の高い真理ですらおどおどしている。
「あ、うん。こちらこそ」
さっきまでの和気あいあいとした空気から一変して気まずい空気が流れる。
友介と真理と僕の三人はアイコンタクトで
「ほら、なんか話せよ」「いやよ、あき君部長でしょ!?何とかしなさい」「そんなこと出来るわけないだろ!コミュ力無いのお前らが一番知ってるだろ!?」
と話し合う。四角いテーブルの上にひし形に座る僕らの三角形のキャッチボールは一分ほど続いた。
真理は額に指を当て呆れた様子で僕を見る。その様子は品行方正を絵にかいたような振る舞いだ。
「え、えーっと言ノ葉さんはなんで文芸部に入ったの?」
友介は真理の質問を待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がる。
「はいはい、ストーップ!」
「友介、何よ急に」
「文章。俺はお前がミステリーを書いているという情報を得たのだが本当か?」
「ん?ああ、絶賛執筆中だ」
友介はうんうんと随分と嬉しそうに頷いてこう告げた。
「じゃあ、推理ゲームをしよう」
はぁ?何言ってんだこいつ。とそこにいた全員が顔を歪めた。
「推理ゲームって一体何を推理するのよ」
全くだ。推理するものなんてないだろう。誰かの趣味とか、好きなものとか、カバンの中身とかか?
「もちろん言ノ葉さんがここに入部した理由だよ」
「そんなの直接聞けばいいじゃない、ね?言ノ葉さん」
言ノ葉さんもこくりと首を縦に振る。
「折角文芸部に入部したんだから文芸部っぽいことの一つや二つしないと。推理ゲームはある種言葉遊びみたいなものだろ?もちろん言ノ葉さんが嫌ならやめるけど、どうかな?」
たしかに友介の言うことも一理あるな。文芸部って言ってもこれといって何かしている訳じゃないし。......そもそも何してるんだこの部活?僕が言うのもなんなんだけど。
「......嫌、じゃない」
言ノ葉さんは表情を変えなかったけれど、僕には渋々承諾したように見えた。
友介は満足げに嬉々としてルール説明を開始する。
「よし、じゃあルールを説明するよ。まず一つ、『質問は一人三つまでできる』。二つ、質問は『はいかいいえで答えられる質問のみとする』。三つ、『同じ人が二度続けて質問をすることはできない』。これでどうだろう」
なるほど。悪くないかもしれない。案外面白そうだしネタに使えるかもしれないな。
それにしてもなかなかよく考えられているな。
『はいかいいえで答えられる質問にする』というのは詰まる所、初めに真理が言った「どうして文芸部に入ったの?」という質問をできなくするということだ。
それをされれば推理もくそもあったもんじゃないからな。
それにしても最後の『同じ人が二度続けて質問をすることはできない』には何の意味があるんだろう?
僕はその質問を友介に投げた。
「なあ、友介。なんで二度続けて質問しちゃダメなんだ?」
「ああ、それは下手すると三回の質問で正解に辿り着く可能性があるからだよ」
「「「??」」」
思ってもみなかった友介の答えに僕たちは戸惑いを隠せないでいた。
それは逆に言えば俺なら三回で結論を導き出せる、と。
考えをまとめるのに必死な僕らを横目に、友介は間髪入れずにスタートしようとした。
「じゃあ始めようか」
「ちょっと待って、はいかいいえで答えられない場合はどうするの?例えばどっちでもない場合とか」
まだ考えのまとまっていない真理は、考えのまとまっている質問だけを友介に投げかけた。
「その場合は無回答でもいいことにしよう」
「それじゃ、今度こそ推理ゲームスタートだ」