やっぱり僕は小説が書きたい
「はぁ、また落ちた...」
昼休みのチャイムが鳴り、僕は意気消沈しながら一通のメールに目を通す。
『残念ながら今回は文文章様の作品は入賞いたしませんでした、またご応募お待ちしております』
「『今回は』じゃなくて『今回も』だろ!」
うわぁ...。自分で言っておきながらなんと悲しい。作家の道は狭く険しいなんてことはとっくにわかっていたことだけど、ここまで一度も入賞すらしないとなると僕の文章力はまるでないということになる。
おまけに総評は
『ストーリーもテンプレで他の応募作品とあまり変わらず、文章力もこれと言って目立つものがない』
まさに酷評。ねぇ、僕まだ17歳なんだけど。『お前は作家には向いてないから諦めて他の道を探せ』って言われている気分。気分どころか多分言われてる。
次に送ったらなんて来るだろうか。『もう二度と送ってこないでください』とか言われそう。
ははは...。読まずに破り捨てられたりして。
作家を目指そうとしたきっかけは本当に単純で、アニメにはまってた友人から原作面白いよと勧められた小説が面白かったから。
主人公の葛藤とか、バトルシーンの迫力とか、心理描写の巧みさとか。
かっこいい!!って思った。僕もこういうの書きたい!人の心を動かす文章が書きたい!そう思って流行りのライトノベルを40冊くらい買って読み漁っていざ、初応募!あわよくば新人賞!とか思ってたけれど現実はそんなに簡単じゃなかった。当たり前だけど。
帰ってくるのは酷評に次ぐ酷評。薄々分かってた。僕みたいに趣味でやってる作家もいれば本気で売れる作品を昼夜考え続ける本物の作家もいる。そんな中に半年やそこらでポンっと売れる作家がいてたまるか!!僕だったらそう思う。
で、今回のがなんと記念すべき(?)10回目の応募だったわけで。
話を戻そう。そう、僕には才能がない。欠落しているといっていいほどに足りてない。
多分ドジっ子神様が僕を作った時にうっかり置いてきちゃったんだと思う。
神様、転生したらドジっ子とかやめてください、ほんと洒落にならないんで。
てへぺろとかした瞬間地獄に突き落とすぞゴラァ。
「で、どう思う?僕やっぱ才能ないのかな...。」
「「ないね」」
即答。口を揃えて言う僕の親友たち芥川真理と来栖友介はまるで容赦を知らない。
練習でもしたかのような息ぴったりの攻撃に僕は少し怪訝そうな顔をして見せた。でも10回目ともなれば嫌でも同じタイミングになってしまいそうだ。
そう思うと僕の頬は自然と苦笑いを浮かべていた。
「まあまあ、これでも食べて元気だしなされ、夢見る素人作家さん」
そう言って真理は購買で買ってきた焼きそばパンを僕に無償で恵んでくれる。僕は労いの言葉をかけてくる彼女を横目に少し不貞腐れながらパンをやけくそに口に頬張る。
2回3回と噛んで異変を感じた時にはもう遅かった。
「かっっっらああああああああああああああ」
僕は口から出そうになる焼きそばパンとむせて鼻から出そうになる焼きそばパンを同時に両手で抑え込み悶え転げる。あまりの辛さに僕の涙腺は崩壊を始めた。
「ふっ、どうよ。私の渾身の激辛わさび焼きそばパン、略して『わさびパン』は!」
このぉ。真理のやつ一生呪ってやるぞ!!
僕が必死に口の中で辛さと押し問答を繰り返していると慌てたもう一人の親友が僕に紙コップに入れた水を提供してくれる。グッジョブ!!
「あっっっまああああああああああああああ」
今度は甘味の応酬だ。吐きそう。口の中が未知の体験。『まるで宇宙創成の渾沌やぁ』
......。僕の小説が酷評されるその一端を垣間見た気がした。
思わず友介の持っているお茶を奪い取って全部一気に飲み干す。
「見事にコンボ決まったな」
「決まったわね」
僕はハイタッチしている親友たちを横目に、嗚咽交じりで涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった自分の顔をティッシュで整える。感情もめちゃくちゃに入り乱れてなんだか目頭が熱くなる。溢れ出る鼻水を抑えながら僕は真理と友介を睨んでやった。
「で、次どんなの書くわけ?バトルもの?それともラブコメ?ミステリーに初挑戦とか!」
「おい真理。さっき才能ないってはっきり言っただろうが」
うーんと僕は少し考えて
「もう応募するのはやめようと思うんだ、10回ってキリ良いしさ」
「才能ないのと、書きたくないのはまた別でしょー。『書きたくなくなった』っていうなら仕方がないとは思うけど?」
確かにその通りなんだけど、今の僕には書きたいものが見当たらない。
なんなら、『やはり俺に対する出版社のラノベ評価は間違っている』とか、『私が新人賞に輝かないのはどう考えてもお前らが悪い』とかそんなタイトルで書いてやろうか!
「そうだぞ、『我のラノベで世界を渾沌の淵に誘ってやるわふはははは』って息巻いてたお前はどこへ行った」
「それは2年前の話だろ。おい友介、この分厚い怨念のこもった原稿でお前を死の淵に誘ってやろうか」
「お?お?出るか?『エクスセイバー!』」
「それも2年前だ、というかそろそろやめてくださいお願いします友介様」
「もう!やめなよ友介。今は進歩して『紅蓮の炎に焼かれて消えろ』とかだよ、パクリっぽいけど」
ぐはっ!段々と顔が熱くなってくる。なんで自分で黒歴史を語るより人に言われるほうが恥ずかしいんだろう?何冷静になってんだ、僕は。
「もうやめてえええええええええええ」
「あ、ついに壊れた」
ややあって真理は僕の肩をポンと叩いた。
「でさ、あきくん。ほんとにもうやめちゃうの?」
「お前らに読ませて時間取らせるのも、さ。悪いじゃん?結構読むの疲れるでしょ?」
真理と友介は少し顔を見合わせる。
「そっか。また書いたら仕方ないから読んでやるよ、ふみあき」
「私は」とうつむき加減に小声で言った後
「私はちょっともったいないかなって」
まあ、気持ちはわかる。あんなに馬鹿みたいに夢を語って、何十回も小説を読ませてあーだこーだ言われて言い返してを繰り返すこと何十回。周りから見ればきっと恥ずかしいほどに情熱を注いでいたはずの小説作りをやめると言い出したんだから。
僕も真理や友介が真剣に熱をもって取り組んでいるものを急にやめると言い出したら、同じことを言ったに違いない。
今までだってやめようかと思うはあった。けれど、その度に感動させられる文章を書きたいと挫折以上にその思いが強く僕の背中を押してきた。
それでも今回ばかりはその背中を押す感情がどこかへ行ってしまったようだった。
どちらかといえば「お前には誰かを感動させるような文章なんて書けない」と後ろ指をさされている気分だ。
なんだか感覚がマヒして一体何に感動を覚えるのか、まるで分らなくなってしまった。
昔は面白いと思っていたものがなんだか最近はありきたりになって一気につまらないと思ってしまうのだ。
考えれば考えるほど分からなくなって、思考が迷路から抜け出せなくなってしまう。ぐるぐると頭で回る思考はいつも同じ結論を導き出す。その結論にいつも僕は首を振り続けもう一度と思考を巡らせる。きっとどこかに抜け道があるはず、迷路のゴールは別にあると思いたかった。それでも僕の思考はいつも同じ結論だ。
―僕には小説を書く才能がない。どれだけ書いても人の目に触れることはなく、寂しく処分されていくゴミ山の中の一つ。
だったら書く意味なんてあるのだろうか、と。
今日も学校からの帰路、そんなことを考えながら重い足を必死に動かす。はたから見たら風邪気味でだるそうに歩いているように見えただろう。マスクなんてしていた日には電車で席を譲ってくれそうなほどに。
こういう気分の時は僕は決まってあそこに行く。
学校から20分ほど坂道を上ったところにある高台。ベンチと転落防止の柵と申し訳程度に一台だけ置かれている望遠鏡。休日の夕方になるとカップルがうじゃうじゃと湧き出していて、源泉かけ流し状態だ。流れているのは沸騰した脳みそだろうけど。
この辺りじゃ数年前からカップルで来ると別れないみたいなジンクスがあるらしい。
イチャコライチャコラしおってからに!別に全然羨ましくなんてないんだからね!本当だよ?ちょっとおっぱい揉みたいだけ。
まあ、それでも平日はほとんど人が来ないから、学校帰りに少し寄る分には精神衛生上全く問題はない。カップルが来ることを差し引いても、精神衛生上良いとまで言える。
それほどまでにここから見える景色は荘厳で美しく、僕の心を憂鬱から少し拾い上げてくれる。左には湖岸と夕日に染まり宝石のように輝く湖、右には青々と生い茂る緑に染まる山々。そして正面には僕らの住むこの町の風景。歩いているとせせこましく騒々しいこの町も、この高台からは絵画のような風景を彩るちっぽけな一つのピースだ。
今日は珍しくベンチに座っている女の子がいた。良く見慣れた制服、僕と同じ学校だ。いきなり女の子に声をかけたりなんてまるでナンパのような真似事はできない僕は、仕方なく坂を上った高台の入り口で少し様子を見ることにした。
ここからでも充分に景色は眺められるし、知らない女の子と二人きりで無言のまま景色を眺めるなんてあまりに気まずい。想像するだけで僕は耐えられそうにない。
夕日が少し傾き、山々に少し顔を隠し始めた頃。黄昏時、僕は何ともたそがれた顔でその光景を眺めていた。世界が夕闇に近づいて行くその光景がいつだって僕の心をきゅっと掴んで離さない。
「綺麗」
発せられた女の子の言葉は空中を漂って景色に溶け込んでいく。
綺麗だ。僕も思った。いつも思っているけれど僕は決して口に出さなかった言葉。
女の子の言葉が欠けていたピースをはめるように風景にはまったその瞬間、僕の心はひどく揺さぶられた。
頬をつーっと滴る水滴。それが僕の涙だと分かったのはしばらく経ってからだった。僕が泣いているなんてまるで思わず、雨でも降ってきたのかとしばらくは気づかなかったから。
けれど、なぜか涙が溢れて止まらないのだ。堤防が決壊したかのごとく淀みなく溢れる涙は抑えていた感情を乗せて下流へと流れていく。胸の奥が熱くなって苦しくなってすべてをさらけ出さずにはいられなくなる。
―感動。
―間違いなく僕の忘れていた感情。
思い出すのは初めて読んで胸躍った白熱のバトルシーン。
こんなにも文章だけで表現できるものかと、圧倒された。
主人公の葛藤と苦悩、心の叫びを辛辣に綴られ思わず涙が溢れた感動のシーン。
映像では決して記すことのできない心の内側。文章だからこそ伝わる感動に心震えた。
今まで同じ景色を何度眺めてもこれほどまでに心揺さぶられることはなかった。
僕はこの景色を一生忘れない、ベンチに佇むその女の子の後ろ姿と共に。
なんだかこれだけは確信を持つことができた。
そして決意した。
―もう一度、ラノベを書こう。
―例え誰にも読まれなくったって今僕の目に映ったこの光景を、この感情を文章にしたい。
涙はもう止まっていた。波のきらめきももう残りわずかだ。
僕が涙を拭いたところで女の子はこちらに振り向き目が合った。
「ねえ、文くん。私にも見えるかな」
僕はいつの間にか女の子の隣まで来てしまっていたようだった。黒髪は胸までかかるほどで、瞳は随分と悲しそう。
僕の名前を知っていることに驚くと同時に僕はその言葉の意味が分からず、それに対する返答をすることはできない。
影は色濃く僕らの町を覆いはじめたけれど、女の子の瞳に反射する町に街灯が灯ることはなかった。