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海尊曰く  作者: 高坂喬一郎
第1部
2/32

僕の話 2、3

「会話の内容がサイコパスなのよ」


 僕の机に弁当箱を置いて小松沙仲こまつさなは言った。


「僕の弁当をどうして沙仲が」


「発馬が忘れたって、私がおば様から預かってきたの」


 そう言えばと朝の風景を思い出す。確かに弁当を鞄に入れた記憶がなかった。


「申し訳ない」


「そう思ってるならもう少し態度に出してよ。もうお弁当開けようとしてるし」


「確かにその通りだ。礼儀とは身近な人への感謝から始まると海尊かいそんも言っていたことだし」


 ありがとう、沙仲の目をまっすぐ見て真面目な顔で言った。


「真剣すぎて逆に嘘くさいわ」


「どっちにしてもダメじゃないか」


 天邪鬼あまのじゃくめ、と呟くと彼女は僕をキッと睨んだ。


「とにかく、弁当は確かに渡したから」


 それから、沙仲はパタパタと自分の席に戻ってしまう。


「小松さんにお弁当を届けてもらうなんて贅沢な」


 沙仲の後ろ姿を見ながら雄索がそんなことを漏らす。


「贅沢と言うのは言い過ぎじゃないか」


「美少女にお弁当を届けてもらう。これを贅沢と言わずして何と言うんですか、至福ですか極楽ですか」


 何も分かってないと言わんばかりにため息混じりに首を振った。あまりにも大げさな言い分に僕も肩をすくめる他にない。


「真に幸福を教授している人ほどその価値に気づかないものですね」


「まさか、海尊の言葉か」


「これは俺の言葉ですよ」


「嘘だ。全ての名言は海尊から生まれるんだ」


「海尊は何者なんですか」


「ちなみに今の言葉も海尊のものだ」


「嘘だ」


 そうして雄策はふうふうと荒れた息を整える。ツッコミダイエットか、存外流行るかもしれないな。Yシャツの上からでも分かる彼の贅肉の波を見て思った。


「そんなことより、小松さんとはどんな関係なんですか。まさかもう恋仲なんですか」


 恋仲というのもなかなか古い言い回しだなと思う。


「ただの幼なじみだよ」


「幼なじみにただのなんてものはないんですよ。俺が見てきた男はみんなそう言って、幼馴染を連れ去っていきましたよ」


「それは現実の話か」


 それは雄索がそういう風に進めているだけなんじゃないのか。


「この主人公が」


 僕の問いかけに答える気はないらしい。


「それは罵倒になっているのか」


「この勝ち組め」


「この飽食の時代の日本に生まれた時点で既に勝ち組だと思うけどな」


「そういう元も子もないことを言わない約束でしょうに」


 とにかくと彼は言う。


「富める者は税を支払うべきですよ。これは国民の義務ですよ」


「それは」


「海尊の言葉じゃないですよ」


「なんだ違うのか」


 雄策は僕の手元に視線を落として言う。


「美味しそうな弁当ですね」


「となりの芝生が青く見えるだけだろう」


 事実、僕の弁当よりも雄索の弁当の方が豪華なのは明らかだった。


「美味しそうな上に今日は輸送経路がいつもと違うじゃないですか」


 沙仲のことを指しているだろう彼の発言は清々しいほどに気持ち悪かった。


「配送業者が美男美女を売りにするみたいなもんか」


「まあ、そんなものですね」


「結局、人は見た目なのか」


「どれほど知能が発達しても本能には抗えませんからね。生存競争を生き抜くために美人に惹かれるのは人間的に正しいことでしょうに」


 理性軽視の中々に辛辣な意見である。


「でも、見た目なんて簡単に変えることが出来ますしね。判断基準をそれだけにするっていうのもどうかと思いますけど」付け加えるように彼が言う。


「その辺の整形事情はよく分からないけど」


「整形手術もまあ、そうですね」


 二人そろってしばし口を閉じる。これ以上のこの会話は不毛であると二人とも思った。


「話が逸れましたが、その卵焼き一つくれませんかね」


「その体で、それだけの弁当があって、まだ食べる気なのか」僕は呆れた。


「この体だからこそ食べるんですよ。太っていて小食の方がよっぽどおかしいでしょう」


 そうして箸を僕の方に向けて言う。


「いいですか。アインシュタインも言っていましたが、質量の大きい物体の前では時空が歪むんですよ」


 言うが早いか雄索は綺麗な箸捌きでさらりと僕の弁当箱から卵焼きを奪っていった。


「あげるなんて一言も言ってないぞ」


「俺の意志じゃありませんよ。時空が歪んで口の中に卵焼きが勝手に入ってきたんです」


 これは物理法則にのっとった、宇宙の意思ですよ。とそんなことまでのたまう。


「時空が歪むほどの太ってないだろうが」


「あるいは、俺の口の中に卵焼きが自然発生した可能性もあります」


「なら僕の卵焼きが減ってるのはおかしいじゃないか」


「発馬の卵焼きが同時に自然消滅した可能性もありますね」


「その可能性よりも、雄索が盗んだ可能性の方が高いんじゃないか」


 僕の指摘に対して動揺もせず言い返す。


「これ以上は水掛け論ですね。ここは穏便にいきましょうよ。ほらこれあげますから」


 それから彼は自分の弁当から三種類ほどのおかずを僕の弁当に移した。明らかに玉子焼き一個とは釣り合わない豪勢な内容だ。


「そう言えば友達とのおかず交換なんて生まれて初めてですよ」


 とどめと言わんばかりに、そんなことを言われると怒るに怒れないものだ。


次: 2017/09/18

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